【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四百十二時限目 佐竹義信はわざとらしい


 翌朝。駅の待ち合い室でにやにや気持ち悪い笑みを湛える八戸先輩に押し付けるような形で、忘れ物の本を渡した。

「たしかに受け取ったよ」

 受け取った本を丁寧に鞄にしまう。ちらと見えた鞄のなかには、参考書らしき物が数冊入っていた。本当に参考書なのかどうかの審議は置いておくとして──。

「ご兄弟がいたんですね」

「犬飼太陽。太陽と書いて〝さん〟と読む。鶴賀君の一つ下だね。──後輩とどう接していいのかわからなかったもので、自分にこの本を託したのかい?」

 小馬鹿にするような口調だ。

 僕は頭を振って答えた。

「僕は犬飼先輩とそこまで顔見知りというほどでもないし、返却される側も見知った人のほうが受け取りやすいですから」

「まあそういうことにしておくよ」

 どうやら僕の発言は『強がり』と受け止めたようだ。僕だって後輩と話はする。天野さんの弟である〈奏翔君〉がいるんだ。たまにメッセージのやり取りだってしている仲なんだぞ、と言い返したところで受け流されるだけだろうからやめておいた。

「太陽ってことは、弟さんですか?」

 さん、ではなく、たいよう、と。

「眉目秀麗で中性的な雰囲気がある美男子だよ。彼はきっと女装したら美しいだろうな……」

「その発言、犬飼先輩の前ではしないほうがいいですよ」

「大丈夫、一度怒られ済みさ」

 このひと、放置していては絶対に駄目な分類だ。

 そんなことよりも──。

「昨日の続きなのですが」

「昨日?」

 なんのことだい? と首を傾げる八戸先輩。

「友情と愛情の違いですよ」

「ああなんだ、その話か」

 どの話だと思ったんだ。

「佐竹君には質問してみたのかな?」

「……いいえ」

 ダンデライオンでその話をしたかったのだが、佐竹が持ち込んだ厄事のせいでそれどころではなかった。結局、言い出すタイミングをことごとく逃し、ついに触れることなく解散に至ったのである。

 僕も僕で、件の質問をするのを躊躇ってしまった。僕のことをすきだと公言している佐竹に、「友情と愛情の違いってなに?」と訊ねるのはどうなのか、と。

「それだと、話の続きはできないな」

「そういうと思いましたよ」

 自分が呈した条件を満たさなければ、次に進ませてくれない。そういったシチュエーションが大好きそうだもんな、は。




 * * *




 ニバスで登校した理由は、八戸先輩に本を渡す理由の他に、もうひとつあった。宇治原君の立ち位置を確認するためだ。イチバスだとだれも教室にいないし、なんなら退屈過ぎて寝てしまう。それを避けるためにもニバスで登校する必要があった。

 教室には既に過半数のクラスメイトたちが登校していて、いつものグループで談笑している。僕は自分の席で我関せずとイヤホンを耳にはさみながらも、無音のまま聞き耳を立てていた。

「最近、宇治原調子に乗ってるよな」

 ほらきた。

 僕の近くで談笑している男子三人組が、宇治原の陰口を叩き始めた。

 ──ええと、なんて名前だったかな。

 一年と数ヶ月、彼らと共に勉強をしていたはずだったが、一向に名前が思い出せない。仕方ない。便宜上、野球部風の丸刈りを〈山田〉、軽音部風のロン毛を〈こう〉、バスケ部風の栗毛を〈藤村〉と呼ぶことにする。──田、繋がりじゃないんかい。

「前からキモいって思ってたんだよねえ、アイツ」

 一番チャラそうな河田君が、あざけるような口調で言った。

「つうか佐竹も佐竹だよな。宇治原に裏切られたのに、それをなかったことみたいにさ」

 藤村君は過激思考の持ち主らしい。ネットで炎上した人に対して攻撃的なリプを送るタイプだな、と僕は勝手に想像を膨らませた。

「まあ佐竹は平和主義者だし、しょうがねえって感じではあるけど、おれらとしては納得できねえって感じはあるよな」

 と、山田。

 納得、ねえ。その意見には大いに賛同できるけれど、この三人組を納得させて利があるのだろうか、とも考える。本人がいる教室でこそこそと陰口を叩いているヤツらを納得させたところで、という話だ。

「オレはもう宇治原と関わるのやめるわ」

 軽音部が尖って捻くれているのは、普段から聴いている音楽の影響だろうことは明白だ。案外、僕と音楽の趣味が合ったりするのかもしれないが、彼と音楽談義をしてもつまらないだろう。偏った思考でしか物を言えないのであれば、音楽性の違いで決別する未来しか待ち受けていない。

「つうか、宇治原ってキモくね?」

 おい、バスケ部(仮)の藤村君。キミはスポーツマンシップをどう捉えているんだ。ラフプレーはせめてコートの上だけにしておくのだよ。指先のテーピングはあの漫画の影響ッスよね? お前潰すよ? とか真剣な目で言ってそうだ──と、三者三様にディスる僕も他人のことを言えた義理ではないが。

「うぃーす、なんの話してんだ?」

「げ、佐竹」みたいな反応をする三人組。まさか「宇治原の陰口を叩いてた」とは言えず、瞬時に黙り込んでしまった。

「なんだよー、俺も仲間に入れろよなあ、マジで」

「い、いや。別に大した話はしてねえよ。な? もっちゃん」

「あ、ああ。うん。べつに……だよな? ノボル」

「そ、そうそう。きょうの一限だりいなー……みたいな感じだよ。そうだろ? 杉田」

 なるほど。

 山田は〈杉田〉で、河田が〈もっちゃん〉、藤村は〈ノボル〉という名前らしい。

 杉田君だけニアピンだった。次は当ててやるぞ、と思ったけれど、そもそも名前を覚えれば事足りる話である。

 佐竹の乱入により毒気を抜かれた三人組は、各々の席に戻ってしゅんとしていた。

「わざと、でしょ」

 どさ、と乱暴に座った佐竹に声をかけた。

「まあな。──つか、優志が止めろよ。ガチで」

「僕は空気だ」

「幻のシックスマン!?」

 似たようなやり取りを以前にもしたような、気がしないでもない。

「僕が注意したところで無視されるだけじゃん。飛んで火にいるなんとやらにはなりたくないものでね」

「ええっと……夏の影?」

 素敵名言みたいにしてどうする。

「夏の虫だよ。──いまのも、絶対にわざとだよね」

「俺は意外性のある男だからな! ガチで」

 意外性がガチで過ぎて、佐竹と雑談するのはほとほと疲れるんだよなあ。


 

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