【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百九〇時限目 プラネタリウム 6/7


 おどおどした態度で店内を観察していた楓ちゃんも、時間が経つにつれて慣れてきたようだ。いまは『どうってことないです』みたいな涼しげ顔で、見ているこっちが恥ずかしくなりそうだ。

 楓ちゃんは携帯端末のケース売り場で足を留めて、食い入るような視線を商品に向ける。その様子を近くの商品棚の物陰に隠れ、頭だけを出して窺った。気分的には探偵か、警察の張り込み。ホシの行動観察は基本中の基本だ。

 監視されているなんてつゆ知らずである楓ちゃんは、眉間にしわを寄せながら商品を手に取り、暫くじと眺めてはラックに戻す……それを三度繰り返したところで棒立ち状態になった。──そんなに悩むもの?

 携帯端末のケースに求めるのは、耐久性とデザイン。その両方を兼ね揃えて初めて購入を検討するけれど、こういう店にある物はデザイン重視の柄物が多い。最近は落下防止のリングが付いた物もあったりするのだが、私は手が小さいせいで、リングに指を通すと画面操作が覚束なくなる。

 楓ちゃんってこんなに優柔不断だったっけ? 下着選びのときはすぱっと判断して決めていたのに、携帯端末のケース選びはこんなにも慎重だ。

 ──仕方がない。

 足音を殺しながら楓ちゃんの背後に立って、

「なにかお気に召す商品が御座いましたか?」

 と、店員の振りをして声を掛けた。

 びくん、と肩を震わせる。

「すみません、まだ見始めたばかりなもので……え?」

 振り向き様に硬直する。脳が情報を処理しきれていないようだ。それは、『これ重たいから気をつけてね』と受け取ったダンボールが頗る軽くて思わず上空に投げてしまいそうになる感覚と似たものだろう。AとBのどちらかしか選択肢がないのに、プレイヤーがCという行動を取ったせいで発生した〈バグ〉みたいなものだ。

 目をパチクリさせている楓ちゃん。

 私は種明かしをするかのように、

「ざんねん、私でした」

 と、ふざけた調子で言った。

「もう。驚かすのはやめて下さい」

 ほっとしたとも、怒っているとも受け取れる顔。こういうお店で店員が客に声をかけることはほぼ無いが、〈声をかけられる店〉で買い物をすることに慣れている楓ちゃんにとって、振り向いた先にいる人物が顔見知りだったとあらば驚くことも無理はない。

 そう見込んでの作戦だし、大成功だった。

「一生懸命選んでたから、つい」

 ついもへちまもありませんよ、とぷんすか抗議してくる楓ちゃんは可愛いのだけれど──。

「ケースが欲しいの?」

 訊ねると、楓ちゃんは頭を振った。

「プレゼントしようと思いまして。──恋莉さんに」

 だから目が本気だったのか、と合点する。他人を睨み殺すかのような目。邪眼、もしくは邪視。商品を選んでいるときの楓ちゃんは、「私の眼力を甘く見ないで下さいますか」という掛け声で地獄の炎を顕現し、龍の姿に変えて攻撃できそうな目つきだった。切れ長の三白眼だからこそ、そう思ったのかもしれない。──それもきっと残像だ。

 話しかけられて集中力が途切れてしまったのか、さっきまでの鬼気迫る面影はなく、ああでもない、こうでもないと呟きながら頭上の商品を取ろうとしたり、足元の商品を見ようと屈んだり……まるで屈伸運動をしているかのようだ。

 どちらもお気に召さなかったのか、ちょこんと折り曲げていた膝を伸ばして、

「優梨さんだったらどれを選びますか?」

 徐に訊ねられた。

「うーん」

 どれかな、と棚に並んだケースを上から順々に見ていく。チョコレート板みたいなデザインのケースや、海外アニメのキャラクターをそのままケースにしたやつもあるが、どれもぱっとしない。プレゼントする相手はレンちゃんだし、私の趣味を押し付けるのも違う気がした。

「あのケースなんてどう?」

 私が選んだのは、真ん中からやや右にある真紅のラバーケース。中央に薔薇を小さく象ったくり抜き装飾が施されていて、携帯端末に付けると薔薇が本体の色になる仕組みだ。これなら遊び方次第でいろいろと楽しめるのではないか、と提案したのだけれど、楓ちゃんは難色を示した。

「少々安直ではないですか? 恋莉さんは既に赤色のケースをお持ちですし、被るのは避けたいです」

 奇を衒ったデザインのほうが好ましい、と言いたい楓ちゃんの気持ちはよくわかる。似合う色が赤だからという理由で真紅のソフトカバーを選んだ私だったが、本当の意味でレンちゃんのことを考えていなかったのだろう。反省。

「じゃあ、楓ちゃんはどれがいいと思うの?」

 逆に訊ね返してみた。

「私は、これです」

 さっきまではどれにしようか悩み倦ねていたのに、さっと商品を手に取って私に差し出した。

 いや、さすがにこれは──。

 渡されたケースを見て、「攻め過ぎなのでは?」と。

 それを噯にも出さないようにして、

「どうしてこれがいいと思ったの?」

 楓ちゃんが選んだ物は、白と桃色のスパンコールが大量に散りばめられた、盛りに盛ったデザイン。どちらかというとギャル系女子が好みそうだ……そういった趣向がないレンちゃんがこれをプレゼントされても苦笑いで受け取るだけで、喜ぶとは思えない。

「宝石のように綺麗ではありませんか? 宝石が付いたケースがあればそれを選ぶのですが……」

 やっぱりこのお嬢様、世間と感覚がちょっとズレていらっしゃる。

「あのね、楓ちゃん。一般人は宝石が付いているのなんて選ばないんだよ?」

「そうなのですが」

 どこぞのセレブじゃあるまいし……いや、楓ちゃんはセレブだけど、使っているのは革製の手帳型だ。開くと手鏡になるやつで、数枚のカードを入れられる収納もある機能性と利便性に優れた匠の逸品。オーダーメイドだとしたら、お値段は数万を下らない。

 普段使う物は高価な物を選べ、という言葉をどこかで見聞きしたことがある。一流の商品を使えば一流を知れる、一流を知れるということは一流を目指せる、そして向上心にも繋がるというビジネスの薀蓄的な格言だ。楓ちゃんが高価な物を選ぶ理由もそこからきているのかもしれないし、きてないかもしれない。

「プレゼントには最適かと思ったのです」

 でも、と続ける。

「優梨さんが選んだ物は、やっぱり安直過ぎると思います!」

「携帯端末のケースは、無難な物が一番使いやすいんだよ?」

「ですが!」

 手元に戻ってきた商品を両手で握り、強く反発する。

「プレゼントは気持ちが一番大切だと思うのです!」

 いやまあ……。

「それは」

 そうだね、と思う。

 楓ちゃんの言う通り、プレゼント選びで重要なのは相手への気落ちだ。だけど、受け取る相手の気持ちも慮る必要がある。いくら寛容な人間だって、誕生日プレゼントに一〇円ガムを渡されればどんな顔をすればいいのか困るだろう。そこに、「笑えばいいと思う」なんて言ってくれる人がいないのであれば、ネタで済む話じゃない。これがバレンタインであればまた違う──海老で鯛を釣る的な──のだけれど、プレゼントはそれこそ、渡す人と渡される人の気持ちが最重要。渡して嬉しい、貰って嬉しいが基本の〈き〉だ。

 などなど売り場で問答していると、レンちゃんが楓ちゃんの肩を背後から叩いた。

「どうしたの?」

 ぎょっとした顔で振り向いた楓ちゃんは、さっき私が驚かしたときよりもすごい顔をしていて、心臓が口から飛び出すんじゃないかと思ったくらいだ。

「これはいったいなんの騒ぎ? 注目の的になってるんだけど」

 言われて周囲を見遣ると、店内が騒ついていた。

 かっと耳が熱くなる。

 これは恥ずかしい。

「すみません。少々熱が入ってしまって」

「ごめんなさい」

「もういいから。──いくわよ」

 結局、楓ちゃんはプレゼントの品を買えず、私は恥ずかしい思いをしただけで店を出る羽目になった。


 

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