【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
七十七時限目 彼と彼の宿題 16/16
スーパーマーケット前にあるバス停には、既に数人が並んでいた。その列の最後尾に、佐竹は並ぶ。片手には、バス停にいく前にスーパーで購入した棒状のアイスが。
ソーダ味、ではなく、そぅだ味、らしい。
まさかこのタイミングでアイスを食べるとは……僕だったら『バスがくるまでに食べ終わらないかもしれない』って、絶対に買わないのに。食べ終わった後の棒の処理にも困るし、べたべたしそうで嫌だ。
「それ、美味しい?」
訊ねると、佐竹は難しい顔をした。
「ああ……」
間を開けて、
「まあまあ、だな」
ふうん、と僕。
佐竹の後ろに地元の高校生風の男子が二人並んだ……多分、知らない人だ。
「あ、そうだ」
そぅだ味、とかけて──。
「なにそれ、駄洒落のつもり?」
「ちげえよ!」
と否定しているけれど、本当のところはどうだか。
割と『上手いこといった』とか思ってるんじゃないだろうか? と僕は睨んでいる。
「近日中に打ち上げな!」
突然、佐竹は思い出したかのように手を打った。ぱん、と小さい音に周囲の視線が集まる。が、直ぐに興味を失った人々は、各々の手元に目線を下ろした。
「うちあげ?」
なんの打ち上げをするつもりだ? ペットボトルロケットでも作るのか……理科の課題に? それとも自由工作? 小学生の自由工作の定番〈ペットボトルロケット〉を、いまになって作る度胸には、むべなるかなではある。
……それは、やってもやらなくてもういい課題で、僕はやらない。
やれば点数を稼げるらしいけれど、普段からこつこつ真面目に勉強している僕には、点数稼ぎなんて必要ないのだ。そんなことに時間を費やすくらいならば、本を読んでいたほうがまだ有意義な時間だ、とも思う。
「場所は……ダンデライオンでいいか」
そんな。
ダンデライオンで、ペットボトルロケットを打ち上げる気なのか……わけがわからない。
夏の暑さに、脳を焼かれてしまったのだろうか。
判断能力が著しく低下しているのを鑑みるに、そうとしか考えられない。
「いやいや、やるなら外でしようよ。広いところでさ?」
「外ってことは……BBQだな!」
──はい?
──え?
「自由工作の課題でペットボトルロケットを作成して、打ち上げるんじゃないの?」
「どうして俺がそんな面倒臭いことをしなきゃいけないんだ? あ、お前まさか、打ち上げを違う意味で捉えたのか!」
うわあ、と恥ずかしくなった。
「だって、それしか考えられないじゃん!」
真面目か! とお腹を抱えて笑いだす佐竹の顔に、一撃お見舞いしてやりたい気持ちをなんとか堪えた。
「う、うるさい! 他の人の迷惑になるから、いますぐその憎たらしい笑い方をやめてくれる?」
臆面もなく、がはは、と破顔している佐竹は、その後、ひーひー、と変な悲鳴をあげていた。
「いやあ悪い。まさか勘違いをしているとは思わなくて……く、くくっ」
いつか、痛い目を見せてやろう。
僕は心の中で決意を固めた。
そんな下らないことを話している内に、バスが到着した。
「詳細はまた連絡するわ!」
とだけ言い残して、佐竹はバスに乗り込む。空いている席は反対側にしかなかったようで、佐竹の姿はもう見えない。
帰ろうと踵を返したそのとき、タイミングを見計らったように携帯端末が、ぶる、と振動した。
佐竹からのメッセージ。
『課題を見てくれてサンキュ! また泊まりにいくわ』
僕は、「二度とごめんだ」と返信した。
* * *
数日後。
佐竹と東梅ノ原駅で待ち合わせをして、ダンデライオンを目指していた。
名目上は〈打ち上げ〉となっているけど、差し詰め、課題尽くしの生活に飽き飽きしたと、僕は推測を立てている。
「たまには息抜きしようぜ。な?」
と言い訳を語る佐竹の隣で僕は、早く帰って本が読みたいと思っていた。多分、顔にも出ていただろうけど、佐竹はそんなことなど委細構わずである。僕のあしらい方を学んでいるような……気のせいか。
「すっげえ久しぶりにきた気がする」
「そう?」
がちゃり、とドアを開くと、訊き慣れたドアベルが、からんころん、と小気味よい音を奏でた。入って直ぐに珈琲の香り。こちらもまた、嗅ぎ慣れた匂いだ。隣にある大きな振り子時計に、「久しぶり」と心の中でたけ挨拶して、奥まで進む。
いつもならここで、照史さんが「やあ、いらっしゃい」と声をかけてくれるのだが、今日は「しー」と口元に指を当てて、僕らに注意を呼びかけた。
どうやら、なにかあったらしい。『あった』ではなく、現在進行形で『ある』のかもしれないが。
僕が足を止めると、後ろにいる佐竹が「どうして止まるんだよ」と言いたげに、僕の背中をつついた。
「なんだか、嫌な予感がする」
振り向いて危険を訴えたが、佐竹はここでも大物っぷりを発揮した……無論、悪い意味で。
「しゃーす、照史さん。俺、アイスココア汁だくでオナシャス!」
しん、と静まり返る店内に、佐竹の声がやたらと響いた。
店内に流れている曲は、イーグルスの〈Desperado〉。その意味は、ならず者、命知らず、無法者、犯罪者など。〈命知らず〉という点においては、現状の佐竹を表すのに丁度よさそうだ。
「あ、ああ、うん」
照史さんが気まずそうに僕を見る。実はとっても困っていて、優志君の力を貸して欲しいんだ、みたいな視線だった。もしや、闇金にお金を借りていて、借金取りがきたタイミングに僕らが訪れたとか?
いやいや、まさかね──。
恐る恐る店内を見渡せる位置まで進み、いつもの席に目を向けると……しかめ面の天野さんと月ノ宮さんが、じいっと僕らのほうを見ていた。
「おい優志。これはどういうことだ……」
「知らないよ……佐竹がなにかしたんじゃないの?」
「バカ言え。俺がなにかしてたらあの場にお前もいるはずだろ」
「……たしかに」
認めるのかよ! と矢継ぎ早にツッコミが入る。
「そんなところでコソコソせずに、座ったら?」
僕にではなく、佐竹に向けて放った言葉のようだ。が、僕も例外ではないのだろう。月ノ宮さんがずっと、僕を睨めるように見ている。その視線が「逃がしませんよ」と訴えているみたいで、僕は背中が粟立つのを感じた。
佐竹は月ノ宮さんの隣に、僕は天野さんの隣に座った。
「二人がここにいる理由は兎も角として、だ」
なにがあった? と遠慮がちに佐竹が訊ねると、天野さんは神妙な趣きで重い口を開いた。
「アンタにも、優志君にも、言いたいことは山程あるんだけど」
空気が張り詰めているのを感じる。ピリピリとした緊張感が肌を強張らせて、掌には薄っすら汗が滲んでいた。
尋常ではない雰囲気だ。
『なにかしてしまったんじゃないか』
なんて思ってしまうくらい、心穏やかではいられない。
長い沈黙が続き、そして──
「私たちは、大きな間違いを犯してしまったわ」
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