【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
六十八時限目 ダンデライオン交渉戦 ③
「実を言うと、宿題が終わらねえんだ……マジで」
この通りだ! とテーブルの額を押し付けた。
「ガチで頼む! 俺を男にしてくれ!」
「その言い方はちょっと嫌かも……」
なんかえっちっぽいのが気持ち悪い。
「俺一人の力じゃどうにもならん状況まできてるんだ……お前なら、お前の中の人ならわかるだろ!?」
「私は計画的に課題をこなすタイプだから、夏休み後半になって焦る気持ちを理解してあげられないかも」
「マジ……かよ……」
佐竹君の絶望っぷりが、ちょっとだけ心に刺さる。少しだけなら手伝ってあげてもいいかなという気分にさせる。でも、教師目線で考えれば、課題は自分の力で解くからこそ学力向上に繋がる、とも言える。
どうしようかと首を傾げていると、常連客が帰ったタイミングで、照史さんが声をかけてきた。
「夏休みの課題の話かい?」
「そうなんスよ。俺、まだ終わってなくて……」
「優梨ちゃんは、もう終わったの?」
「私はあと一科目を残すのみです」
ふむ、と顎に手を当てる照史さん。
「じゃあ、二人でやればいいじゃいか。優梨ちゃんは残りの課題をやりながら佐竹君の勉強を見る。他人に勉強を教えることで知識が深くなることもあるよね」
「さすが照史さん! マジそれっスよ! お互いにどすこいどすこいってやつだ!」
「どすこい……? まあ、お互いに利点があるんじゃないかな」
それを言うならどっこいどっこいだし、どっこいどっこいは『力や勢いがほぼ互角なさま』を表現する言葉だ。佐竹君はとてもわかりやすく意味を履き違えてる。
「なあ優梨、この通りだって! ここの支払いは俺が持つから!」
図々しいのは承知の上での頼んでいるのは、両手を合わせて必死に頼み込んでいる姿から想像に難くない。でも、アイスコーヒー代より往復の電車賃を請求したいところ。それは酷だよね、と私は呑み込んだ。
「佐竹君。私の〝中の人〟は厳しくするつもりだけど……それでもいいの?」
佐竹君の言葉を借りて〈中の人〉と言ってみたけど、私としては中も外もないわけで、あまりしっくりこなかった。
「おうよ。大船でタイタニックする気分でいてくれ」
「ああうん。もうツッコまないから」
「エンディングに流れる曲が、映画の物語を深めているよね」
「えんだああああああ!」
我が生涯に悔いなしと言わんばかりに拳を突き上げる、佐竹君。
「それは映画違いだし、ちょっとプロレスのノリが混じっているよ。あと、あまり大声を出して欲しくはないかな……」
「そんなあああ……」
怒られてしょぼくれた。
「佐竹君のことがとても心配になったから。優梨ちゃん。しっかり勉強を教えてあげてね」
「……善処します」
ノリと勢いだけでごり押しするような佐竹君に、私はしっかり勉強を教えてあげられるんだろうか不安で堪らなかった。
* * *
胸の支えが取れたようにすっきりした表情になった佐竹君は、照史さんがサービスで出してくれたクッキーを頬張っていた。
「照史さんマジ神……ごぼうが刺さってるように見えたぜ。ガチで」
照史さんはごぼう農家ではない。
「それを言うなら〝後光が差す〟だよ」
しかも『ごぼうが刺さってる』ってなにごと? 勉強会をするにあたり、早くも暗雲が立ち込めるようなパワーワードを平然と言ってのけるとは……夏休みが終わるまでに課題を終えられる自信がなくなってきた。
「今日は俺の奢りだ。じゃんじゃん飲んでくれ」
「ああうん、ありがと……」
佐竹君はお代わりしたアイスココアを手に取り、ぐびぐび喉を鳴らして飲んだ。こういうノリは琴美さんの影響じゃないかな、とか思いながら、私は二杯目のアイスコーヒーをストローで一口分飲んだ。
自分の願いが叶ったことで上機嫌みたいだけど、私には腑に落ちない点があり、佐竹君の軽いノリが鬱陶しくて仕方がない。
──なにかを見落としているんじゃないか?
と、私の中で〈彼〉が囁く。
頭の中でダンデライオンに到着してからの流れを呼び起こし、なにを見逃しているのか自分に問いかけていく。出入口にある振り子時計や常連さんは関係ない。佐竹君が実行したプランは、紆余曲折があったものの実現されることになった。そのカラクリ自体は、私の中で腑に落ちている。
では、それ以外についてはどうだ──。
再び視線が照史さんに向いた。
今回、佐竹君の願いが叶えられることに運んだのは、照史さんが佐竹君に情けをかける具合で協力したからに他ならない。そう考えると、上手く丸め込まれたという感覚がびびびっと電流のように体を駆け巡る。
佐竹君は今回の件を引き受ける報酬として、この会合の支払いを引き受けると言った。そのことがあって、私は『勉強を教える』を了承したけれど、照史さんの『勉強を教えてあげて』に対しては、依頼料を貰っていない。場所代や珈琲の提供というのは店のサービスであって、照史さん自身の依頼を埋める依頼料にはなり得ないはずだ。
「照史さん」
私が呼ぶと、照史さんは手に持っていたお皿を食器棚に戻して振り返った。
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