【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

六十五時限目 佐竹義信はどうしても締まらない ④


「自由っスか」

 照史さんは頷いた。

「そう、自由。この曲の中で問われるものに、ディランは〝答えは風にふかれている〟と歌っている。いい加減な解答に思うかもしれないけど、それは一人一人が問題に対して顔を背けず気がつかなければならないって意味でもあるんだ」

 問題に顔を背けず向き合うこと、か。

「佐竹君は自由ってなんだと思う?」

「自由……フリーダム? なにをしてもいい、とかっスかね?」

 なるほど、と照史さん。

「楓はどうだい?」

「私は、型にはまらないこと、と考えます」

 型にはまらないといえば、自由が付く職種もあったか。フリーライター。フリーアナウンサー。これらに付いている〈フリー〉は〈フリーランス〉の略称だったか?

 日本でのフリーは『自由』と訳される場合が多いけど、海外では『持っていっていい』みたいなニュアンスになるって姉貴が言ってたっけ。

 コミックフェスは海外から遥々やってくる客もいる。和製英語と海外英語の違いから、トラブルが発生したこともあったようだ。

「どちらも正解。じゃあ、自由という言葉自体の意味を考えてみようか。自由、つまり〝自分を由する〟ということ。これだけでは意味がわからないよね。だけど〝由〟という漢字には、よりどころ、寄ってきた筋道、出所、いわれ、などがある。じゃあ、自分を由するとはなんて意味だろうって考えると?」

 楓が素早く手を挙げた。

「自分が辿ってきた道筋の範囲内で行動、思考するという意味でしょうか?」

 照史さんは満足そうに微笑んで、

「佐竹君はどう思う?」

 今度は俺に訊ねた。

「俺は……」

 自由という言葉に対して感じるのは、楓が言う堅苦しさはなく、もっと軽いノリだ。

「自分の中にある答えを探す行動っスかね」

「なるほど、その心は?」

「フリーな時間があればなんでもできるじゃないっスか。漫画読んだりゲームしたり、友だちと騒いだっていい。そのどれかを選べるのが自由って意味なんじゃないかて……違うかもしれないっスけど」

 そう言うと、楓がぐぬぬと唸っているような顔をした。

 楓にとって、なにか不都合なことを言っただろうか? 後が怖い。

「その通りだよ。佐竹君は物事の本質を、野生的に掴む才能があるね」

 そう俺を評価する照史さんに、

「そ、それはあくまでも私の発言を噛み砕いたに過ぎないです!」

 楓は焦りを露にする。

「そうかもしれない。でもね、楓。言葉というのは噛み砕かなければ伝わらないこともあるんだ」

 照史さんは、楓をさとすように語り始めた。

「とある総理大臣が相撲を観戦したんだけど、満身創痍の力士が渾身の力を振るう姿を見て『痛みに耐えてよく頑張った、感動した!』と率直な感想を述べた。理由をああだこうだとあげつらうより一言で表現したほうが気持ちがいいし、伝わるだろう?」

 なるほど。つまり、読書感想文という課題は『感動した』の一言でもいいってわけだ……違うか。読書感想文はあくまでも読解力がどれほど備わったのかを調べる課題だもんな。『感動した』だけじゃ読解力もくそもない。

「楓の答えだって間違いじゃないよ。自分が感じた物事は、あらゆる場面で判断材料になる。でも、それだけではだめなんだ。自由って言葉に隠された意味は、それこそ〝風に吹かれている〟ってわけだね」

 と、照史さんは締め括る。

 自由……問題に顔を背けず、なにができのかを模索する時間。なにをしてもいいではなく、目的に向かうための準備期間だ、と二人は言いたいのかもしれない。俺の覚悟はどうだ。風に吹かれているだけでは、直面した問題から顔を背けているだけなんじゃないか?

 自分自身で答えを見つけ出す時間、と思った。

 俺なりに考えて、辿り着いた答え。

 空を飛ぶにはひみつ道具を使えばいい。が、都合よく猫型ロボットはいないし、俺の部屋にある机の引き出しの中は、捨てるに捨てられないで放置したプリント類や小物でごった返したままだ。

 空を飛ぶには少なくとも、目的地を決めて、資金を貯めて、飛行機の予約をして、空港まで向かって、荷物を預けて、手荷物検査をして、飛行機に乗り込む必要がある。

 そうこうしてようやく空の旅となるが、空を自由に飛んでいると感じる客はごく僅かだろう。

 でも、そこに至るまでの道筋が自由ってわけだ。「やっぱりやめた」って選択もあるわけだし。

 覚悟を決める、それ自体に意味はないのかもしれない。

 覚悟を決めるという言葉の内側にこそ意味が存在している、と考えれば、その内訳を思考するべきだ。

 やっべ、いま割いい感じに頭が回ってたな、俺。

「照史さん、あざっス。まだはっきりとした答えは出せないけど、計算式っぽいのは見えたっぽいです」

「そうかい? あ、次の曲はいいよ。ぜひ聴いてね」

 照史さんは鼻歌をくちずさみながら、隣にある倉庫の中へと消えていった。




「なあ、楓。この曲のタイトルは知ってるか?」

「ライク・ア・ローリング・ストーン。社会的に孤立した厳しい状況を歌った曲です」

 オルガンの音色は陽気なのに、歌詞は随分と反社会的だ。

 正直なところ、ボブ・ディランがなにを伝えたいのかはわからない。どうして反社会的な曲を作っているのかも、ポップな曲調で作ったのかも、その全てを知るには直接会って言葉を交わさない限り不可能だろうけど、問題に向き合えってメッセージは、俺の心にすとんと落ちた。

「楓」

「はい?」

「俺は決めたぞ。覚悟を決めることを覚悟する、ガチで」

 なんですかそれ、と楓は失笑する。

「でも、佐竹さんらしい答えだと思います。わかっているようでわかっていないような。本当に風に吹かれているみたい」

「どうせだったら風を吹かせたいな、マジで」

 ライカローリンすとーんって感じに、全てを丸く収めることは、しなくてもいいんだ。

 心の痛みだって、必要になるときがくる。

 痛いのは嫌でも、ちゃんと痛みを感じなければ前に進めないことだってあるんじゃないか? そう、月ノ宮兄妹と話をして思った。

「二言はありませんね?」

だ」

「この夏休みが勝負です。時間は限られていますが」

 そこではっと顔を上げて、不安そうに俺を見た。

「佐竹さん、夏休みの課題は終わっていますよね……?」

 ──当たり前だろ?

 ──ですよね。

 ほっとした顔をする、楓。

 だが、現実はそう甘くない。

「終わってるはずがないって意味な? むしろ手をつけてすらない」

 開いた口が塞がらない、とでも言いたげな顔だ。

「風に吹かれてどこかに飛ばされてしまえばいいのに」

 ああ、そういう空の飛び方もあるな。

 空を飛ぶってよりも、吹き飛ばされている感がやばいけど。

「先ずは宿題を終わらせましょうか……お手伝いしますので」

「……わりい」

 至れり尽くせりとはこのことを言うのか、なんて、手放しで喜べるはずもなく、ただただ「申し訳ねえ!」と頭を下げるしかできなかった。








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 by 瀬野 或

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