【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

六十五時限目 佐竹義信はどうしても締まらない ②


 覚悟を決めるのはいいが、俺はまだその方法についてはぴんときていない。覚悟ってのはどう決めればいいんだ? 覚悟がつく言葉は世の中に沢山あるけど……いままでの人生を振り返り、一番新しい記憶の中から掘り起こしたのは高校受験。

 自分の人生を選ぶ、という点において、これ以上に覚悟を決めた出来事は存在しないと思う。多分。

 優志たちは俺のことを「馬鹿」だの「阿呆」だの言うけど、中学までの成績はコイツらが言うほど悪くなかった。高校の授業が中学よりもハードってだけであって、優志たちの質問にとんちんかんな回答をする半分はネタだ。

 アイツらの割とガチな反応は、見てるこっちも面白いからつい、その……ちくしょう。馬鹿だって自覚がある分、自問自答にすら反論できねえ。

「あのさ。覚悟って、どうやって決めればいいんだ? 頭を全剃りするとか?」

 わからないなら訊けばいい、そう思って質問した俺に、楓は目をぱちくりさせる。呆気に取られた顔って、まさしくこのことを言うんだな。

「本気で言っているのですか?」

「ああ」

 深々と溜息を吐く楓。頭痛でもするかのように、左のこめかみ辺りを人差し指で押している。

「その必要はないと思います」

「スーツも着なくていい?」

「頭を丸めてスーツ着る……形から入るのは否定しませんけど、それだと〝覚悟を決める〟というより〝けじめをつける〟になるのでは?」

 マジか、と思った。芸能人が不祥事を起こした際にする記者会見を想像したが、どうやらなにか間違えているらしい。記者会見は覚悟がいると思うんだけどなあ。

 清水の舞台から飛び降りるってたまに訊く言葉だけど、これって『決死の覚悟で』って意味じゃねえの? 舞台から降りるってのも『現役から退く』って意味で使われてるし──後々知ったのだが、『清水の舞台から飛び降りる』は『思い切って大きな決断をする』という意味だと教わった──。

 覚悟とけじめ、と楓は言った。

「どっちも似たニュアンスに訊こえねえ?」

 アニメや漫画で『けじめをつけてくる』と仲間に伝え、敵地に一人で乗り込むシーン──高確率な死亡フラグ──がある。それらを鑑みると、覚悟とけじめは似ている気がした。だって覚悟がなきゃけじめをつけることも叶わないだろ? 違いはいったいなんだ?

「佐竹さんが理解できるように説明すると、厳しい難問に立ち向かう際に必要なのが〝覚悟〟で、挑戦した結果失敗し、その責任を全うするのが〝けじめ〟です」

 あくまでも主観ですからね、と念を押して手元の水をぐいと呷った。

「なるほど。俺がやろうとしていたのは、けじめってわけか」

 始める前からけじめをつけるって、意味不明だな。もっと言えば、まだ始まってすらいない。スタートラインにすら、立っていない。 

「覚悟とけじめの違いはだいたいわかった……でって話だが、俺はどんな覚悟をすればいいんだ?」

「佐竹さんにはゼロから教えなければならないみたいですね」

 声音に疲れが滲み出ていた。

「ぶっちゃけ〝Re:〟が付く可能性もあるな。ガチで」

 ──佐竹さん。

 ──はい、さーせん。

 その目、マジで怖いからやめてくんねえ……?

「佐竹さんが射止めたいのは優志さんですよね? であれば、優志さんを一番に考えて行動するのが当然です。いいえ、それが最低条件と言っても過言ではありません」

「ふむ」

 楓の愛情は、はっきり言って歪んでいるが、恋莉を一番に考えて行動していることはたしかだ。つまり、俺も楓みたいに優志のストーカーになれってことか?

 それが、俺にとっての覚悟……? いやいや、絶対にない。とはいえど、このままだらりと過ごしていても進展がないのもまた事実。俺なりの最低条件がどこなのか、びしっと明確にしておかなければ。

「これは私の考えなので、世間の総意ではありませんが」

 楓の長い髪がはらりと落ち、その髪を耳にかけ直した。

 手持ち無沙汰になった両手をぎゅっと握り、椅子に座り直す。
 
「佐竹さんは、一年生になったら、という童謡をご存知ですか?」

「ああ知ってる。一年生になったら富士山の上で友だち一〇〇人とドッシンする歌だろ?」

 ま、まあそうです、と苦笑いする楓。

「佐竹さんなら、友だち一〇〇人作ることは容易いでしょう。これは、佐竹さんの社交性が他人よりも幾分優れている、と判断して導いた結論です。逆を言えば、それしか取り柄がな……コホン、失礼しました」

「なあ、無理に俺をディスらなくてもいいんだぞ? せっかく褒められていい気分だったってのに、最後の一言で台無しじゃねえか。ガチで」

「佐竹さんのリアクションはとても愉快なもので、つい意地悪なことを言ってしまいます」

 すみませんでした、と頭を下げられても、面白いと言われたら怒る気にもならねえ……。

「わあったよ。もういい」

 一クラス三〇人として、三クラスと一〇人。俺のことを高く買ってくれているのは嬉しいけど、容易いと言い切る自信はない。

 知り合い程度の仲を含めれば、まあぎりってところだ。

「……ですが、友だち一〇〇人作れても、恋人は無理でしょう」

「どうしてだ?」

「簡単な答えです」

 右手の人差し指だけをぴんと伸ばして、上に向ける。

「特別だと言える人を作れないから」

 どういうことだ? 友だちを一〇〇人作れるほどコミュ力が高い人間であれば、魅力だって充分あるはずだ。いや、自画自賛しているわけじゃなくて、単純にそう思う。ハーレムを作れってのはさすがに難しいけど、恋人の一人なら作れるはずだ。

「友だち一〇〇人いたって恋人は作れるだろ。普通に」

 楓は頭を振って否定する。

「ではお訊ねします。一〇〇人か一人か、優先すべき意見はどちらですか?」

「それは」

「数というのはそれだけで力です。ときに、法にもなります。多数決を引き合いに出せばわかりますね?」

「そりゃあ、多数決だったらそうなるだろうけど」

「一〇〇人の中心にいる佐竹さんに、一〇〇人を裏切ることはできません」

 楓は、それが真実であるかのように、ぴしゃりと断言した。

「状況による、と思うけどなあ……」

 そんなことねえよ、と反論できなかった。


 

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