【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

六十四時限目 月ノ宮楓は単刀直入に切り出す ③


「信頼できる筋ってどんな筋だよ」

 しつこく訊ねると、楓は呆れた顔をした。

「GPSに決まってるではありませんか」

「衛星回線を悪用だとお!?」

 決まってると豪語しているが、そんな決まりごと俺は知らない。

 いや、一度だけ、つい最近、そんな経験をした。

 記憶に新しい。

 恋莉は俺の件を知って、携帯端末の位置情報機能を切ったはずだ。目の前でオフにしていたから、ちゃんと覚えている。然し、楓は『GPSを使った』と言明した……どうやって?

 どうやって恋莉の携帯端末の位置情報を手に入れられる?

 ──楓、お前やったな。

 アウト寄りのアウトなことを、俺の目の前にいる女子高生が容易くやってのけたかと思うと、背筋がぶるりと粟立ち、冷や汗が垂れた。

 これ以上詮索したら、俺の身が危険だ。黒服に拉致られ、地下施設で肉体労働の日々に明け暮れるとか、死んでも御免だ。勘のいいガキは嫌われるので、もうやめておこう。

 優志も優志だ。それならそうと教えてくれたっていいのに水臭いな。塩対応も程々にしてほしい……海だけに!

「海デート、かあ」

 優志は恋莉とデートしたのか──。

 デートだったら、第三者に伝えるのをはばかるのは当然だけど、なんだろうこの感じ。

 誘って欲しかったとかじゃなくて羨ましかった? 海に行ったことがじゃない……嫉妬だ。俺は、恋莉に対して激しく嫉妬しているんだ。優志に対しても、酷く怒りが込み上げている。

 俺は、選ばれもしなかったんだ──。

 恋莉と俺の差がそこまで開いていたなんて、考えもしなかった、考えたくもなかった。

 ──ああクソ!

 ついさっき『知りたいと思う気持ちが大切』とか、偉そうなことを考えていたばかりなのに!

 俺が無駄に夏休みを浪費している頃、恋莉は優志のことを真剣に考えて、気が狂うくらい悩んだに違いない。営業スマイルをしながら姉貴の本を売る暇なんて、俺にはなかったんだ。この時点で、俺と恋莉の差はかなりの距離が開いたと思っていい。

 だけど、俺が恋莉に勝てる要素は初めからなかったんじゃないか?

 優志が俺を好きになる確率なんて、それこそ地下施設の博打勝負に勝って地上に生還する、くらい難しいことだ。奇跡は偶然に起こるもんじゃなくて、死の瀬戸際まで追い詰められてもなお、諦めなかった者に与えられる権利なんだ。

 そこまで考えて、俺は両頬を思いっきり叩いた。

 気合いを入れ直す。

 今回は恋莉が選ばれた、それだけの話だ。

 まだ、完敗したわけじゃない。

「佐竹さん、大丈夫ですか?」

 心配そうに俺を見つめる楓に、

「大丈夫だ」

 と、虚勢を張った。

 俺だって楓に〈対抗手段〉として選ばれたんだ。その事実がある限り、負けてない。トランプで喩えるならジョーカー……なんて、そこまで格好いい役目じゃねえし、俺ができることなんて高が知れているかもしれない。そうだとしても、与えられた役目くらいは果たしてみせる。

「仲の深まったアイツらに対して、どう抵抗する?」

「ふふっ。心境に変化でもありましたか? 佐竹さんらしい目になりましたね」

「男にはな、格好つけなきゃいけないときがあんだよ」

「女性にだって、意地を見せなければならなときがあんです」

 お互いに顔を見合わせて、思わず失笑する。

 辛気臭いのは、もうおしまいだ。

「その〝女の意地〟ってのに乗っかってやるよ。俺はどうすればいい」

 ──俺らも二人で海にいくか?

 ──馬鹿ですか? 佐竹さんと海に行く理由がありません。

 馬鹿じゃねえよ! ってツッコミは、喉から出てこなかった。




「これまでの私たちはじょうの空論ばかりで、実行力が不足していました。燃料を積んだところでアクセルを踏まなければ車が発進しないのと同じで、それらしいことだけを論い、成果を出した気分になっていたのです」

「な、なるほど……つまり、どういうことだ?」

「手段を変えます」

 アイスココアはとっくに飲み終えて、代わりに水を飲む。

 楓はアイスコーヒーを最後の一滴まで飲み切って、コースターに置いた。

「佐竹さん、そろそろ本気を出しませんか」

「本気と言われてもな……具体的にどうすればいいんだ? ガチで」

 いままで本気じゃなかった、と思われていのは不服だ。俺だって、自分ができることをやってきたつもで、ここにいる。考え方や手法が浅過ぎたのは認めるにしても、これまでの俺を否定するのは違うだろう。

 不満そうな俺を見て、楓は眉を顰めた。その顔が憎たらしいと思ったけれど、逆を言えば俺に「まだまだそんなものではないでしょう?」と訴えているようにも捉えられる。いいや、この場合は絶対に後者だ。

 俺はまだ、こんなもんじゃねえ──。

「私が言いたいことは、おおよそ見当がついたみたいですね」

「まあな。でもなんつうか……はっきりとはわからない」

「優志さんに恋莉さんを奪われれば、佐竹さんだって、優志さんを恋莉さんに奪われることになります。それは、必ず阻止しなければならないこと。であるならば、どうすれば風向きをこちらに吹かすことができるか」

 北風と太陽の話を思い出した。

 砂漠を渡る男の服をどうやって脱がすか、を競うことになった北風と太陽の話。北風は男の服を吹き飛ばそうとしたが、失敗する。男の服を脱がすことに成功したのは、熱を放つ太陽だった。

 この話が伝えたいことは、適材適所だけではない。北風と太陽が手を組めば、男の服を更に脱がすことができたってことだ。

 サウナで喩えるなら、高音に熱した部屋でじいっとしているのも苦しいけれど、慣れた人には耐えらないことはない暑さだ。でも、そこに風が加わったらどうなる? じいと耐えているだけでも暑い部屋なのに熱風が生じれば、熱に変化が発生する。熱風は目と鼻と喉を焼き、とてもじゃないが、耐えられる環境ではなくなるだろう。

 まあ、これはサウナのサービス──ロウリュと呼ばれる──で、サウナで体を整えている人々に苦行を強いているわけじゃないんだけどな。

 とある温泉施設では、焼いた石にシャンパンを浴びせてから大団扇で扇ぎ、その熱を浴びせることで香りを楽しんでもらうらしい。リラクゼーションの一つだ。

「そこで、佐竹さんの力が必要なのです」

「それは理解してるけどよ……具体的な話をしようぜ?」

「その前に、抽象的なことを言わせて下さい」

 これ以上に、まだあるのか。


 

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