【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

六十四時限目 月ノ宮楓は単刀直入に切り出す ②


「あ、来ていたんですね。お呼び立てしてすみません」

「気配か!? 気配を察知したのか!」

 さすがはストー……いや、現代に生きる忍びだ。女の場合は〈くノ一〉って言うんだっけ?

 どっちも犯罪者であることに、変わりはない。

「いいえ。お兄様とお話する声を訊いていたので」

「だったら振り向くくらいしろよ、普通に」

「すみません。キリがいいところまで読んでおきたかったんです」

「そうかよ」

 楓の口調には、俺を呼び立てたことに対する申し訳なさなんて微塵も感じなかった。

 真向かいに着座する。

 楓の手元には、さっきまで読んでいた本が置いてあった。緑の紐栞が挟んであるのは、ちょうど真ん中辺り。

 本のタイトルは〈飛躍〜激動の時代を切り抜けた敏腕社長たちの言葉〜〉と黒字で書いてあった。やっぱり、硬っ苦しい本を読んでいたんだな。

 楓の服装は、避暑地に訪れたお嬢様のような格好で、どことなく服のセンスが紗子さんと似ている。恋莉と結婚する、を目標しているところもそっくりで、俺の周りにいる清楚系女子は、ガチで野心家ばっかりじゃねえか。

 そんなことを考えながら背筋を伸ばして座る楓を見ていると、ちょっとした違和感を感じた。

「楓、もしかして前髪切ったか?」

 言うと、楓は嫌そうな表情を俺に向けた。

「どうしていの一番に佐竹さんが気づくんですか。お兄様だって、まだお気づきになられてないのに……気持ち悪いです」

 たしかに。どうでもいいと思っている相手が自分の些細な変化に気がつくのは気持ち悪いな、と思った。でも、思ったことをそのまま相手に伝えるのはどうなんだ? 俺だってミリは傷つくぞ。

「真っ先に気づいたのが俺で悪かったな、ほんと。生きててさーせん」

 頬杖をついて、外を見ながら言う。

 さっきまで煙草を吹かしていた爺さんが、駅方面へと歩いていくのが見えた。気がつかなかったが、爺さんは杖をついていた。腰か足を悪くしたんだろう。それでもダンデライオンに通い続けるのは、ダンデライオンに強い思い入れがあるからだろうか。

 他人の心を読み解くことはできないが、爺さんには爺さんの、今日まで生きてきた物語がある。それは楓もそうだし照史さんだって……自分のことしかわからなければ、相手の気持ちがわかるはずもない。ただ、わからないからわからないままにしていると、本当の気持ちには絶対に届かない。

 知りたい、と思う気持ちが大切なんだ。

「そこまでは言ってないです……変ではありませんか?」

 楓は右手で前髪を弄りながら、上目遣いで俺を見る。そういう仕草は俺じゃなくて、意中の相手にするべきだろ……可愛いけどな! 可愛いって認めるのが悔しいくらい可愛いけどなあ!?

「まあいいんじゃね? 普通に」

「佐竹さんならその程度の感想しかでませんよね」

「うるせえな。俺の語彙力の低さを舐めるなよ?」

 冗談を言ったつもりだったが、楓は真面目くさった顔で頭を振る。

「前髪を整えたことに気がついたのはさすがです。でも、女性を褒める際に〝普通〟なんて言うものではありませんよ」

 ガチめの説教をくらった。

 理不尽だろ、マジで。

「男には〝照れ隠し〟ってのがあんだよ」

「女性には美に対しての〝プライド〟が……あんです」

 あんですって、恥ずかしいなら真似するなよ。

 


 照史さんが作ってくれたアイスココアを飲みながら、楓はアイスコーヒーを飲みながら、腹の探り合い然とした雑談を、かれこれ三〇分以上している。その間に客が三人来店して、俺たちの隣のテーブルに一人、カウンターに二人、二つ席を飛ばして座っている。時々、照史さんとテーブルに座る客の話し声が訊こえるけど、店内音楽のほうがまだボリュームが大きい。

 隣のテーブル席に座ったのは、珍しく若そうな女性客だった。若いと言っても、二〇代後半くらい。その女性客がなにをしているかは、俺の席からでは見えなかった。

 ダンデライオンのテーブル席は、隣同士が見えないように、敷居が高くなってるのだ。

 テーブル席に座るサラリーマン風の男性は、照史さんと談笑するくらいには顔見知りで、もう一人の中年男性は、店内に飾られているアンティークな小物類を、物珍しそうに眺めていた。多分、初見さんだろう。

 俺がダンデライオンに到着してから、およそ一時間くらい経過したはずだが、こっちの空に変化はない。東京は雨が降りそうだったのに、埼玉の田舎はところどころに雲が浮かんでいるだけで、雨が降る気配はなかった。

「佐竹さん」

 いままで駄弁っていた声音ではなかった。表情から察するに、本題を切り出す頃合いだと思ったんだろう。

「おう」

 返事をして、椅子に深く座り直した。

「今日来て頂いたのは他でもなく、例の」

「作戦会議、だろ?」

 そう答えると、楓はこくりと頷いた。

 俺を呼びつける理由なんてそれくらいしかない。これからどうするべきかという具体的な策を講ずるために、俺は呼び出されたのだ。

 とはいえ、これまで数回に渡り開催された会議では、具体的な方針を決めるまでに至らず、単なる座談会に終わっている。今日も今日とて例外ではない、と思っていたけれど、楓はしっかり案を練ってきたとでも言うのか……ヤベえ、俺はまるっきりなにも考えてねえぞ。

「今日、佐竹さんを呼び出したのは、恋莉さんと優志さんの仲が非常に深まりつつあるという危機的状況を、どのようにして妨害するかです」

 妨害とはまた、穏やかじゃない表現をする。

「回りくどいな。つまり、なんだよ」

 冷静を装ったつもりだったが、言葉尻には焦りの色が露見してしまった。

 ──優志と恋莉の仲が深まりつつある。

 この言葉の真偽は、楓が語ってくれるだろう。

 楓は極めて冷静に、緊張感を醸し出しながら続けた。

「最近、くだんの二人が海デートをした、という情報を得ました」

「件の二人って、優志と恋莉のことか……だれ情報だ?」

 それが本当だとすると、二人のデートを目撃しただれかってことになる。が、俺は優志からなんの情報も訊いていない。元より、優志は自分のことをだれかに喋るなんてことはしないタイプだ。じゃあ、恋莉がだれかに喋ったかというと、それもない気がする。恋莉だって自分のプライベートな事情を、第三者に気軽に話はしないはず。

 ──じゃあ、だれだ?

「信頼出来る筋、とだけお伝えします」

「言い方がガチっぽくてこええよ」

 いまのは楓なりの冗談だったんだろうけど、楓が言うと全くもって洒落に訊こえない。

 涼しい顔して平然とストーカー紛いなことをする女だ。

 優志と恋莉が海デートをしたという情報だって、携帯端末の不正アクセスで得た情報かもしれしないし、探偵、或いは橋の下に住む情報屋などを金で動かした可能性も考えられる。

 楓の執念深さは、梅高全生徒の中でもトップクラスに違いない。

 やっぱり、ガチで鬼なんじゃね?


 

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