【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百六十七時限目 さまにならないサマーキャンプ ④


「リアカーを借りてきたぜー!」

 かなり年季の入った手作り感満載のリアカーを引きながら、宇治原君が戻ってきた。雨ざらしにされていた物だろうリアカーの車輪部分は錆が目立ち、板部分はところどころにかびが生えている。触ったらぬめぬめしそうだ。だが、宇治原君が持ってきた荷物を鑑みると、リアカー無くしては運べそうもない……というか、僕は絶対に持てないと思う。

「おお! 宇治原ガチでナイス!」

「いい物見つけただろお?」

 宇治原君と距離を取るように数メートル後ろを歩く流星に、宇治原君はドヤ顔をしながらサムズアップした指先をくいくいっと向けた。リアカーの使用許可を取ったのも流星に違いない。小屋の裏辺りに置いてあったのを見つけて、キャンプ場スタッフに確認を取ったのだろう。宇治原君だったらスタッフに確認を取らずに、勝手に持ってくるまであるからなあ。

 不良ぶっている割に律儀な流星と、悪ふざけが過ぎる非常識な宇治原君……普通、立場が逆なのでは? メイド喫茶で働く流星は、ローレンスさんの教育が行き届いているだけあってしっかり者だ。

「よく見つけたね」

 流星に訊ねる。

「元々そのつもりで宇治原を誘ったからな。ほとんどのリアカーが貸し出されていてボロしかなかったが、ないよりはマシだろ。使い終わったら元の位置に戻しておくだけでいいそうだ」

 気が利くのもまた、メイドという仕事の柄だろう。

「手回しが早くて助かるよ」

 その点、佐竹はなにも考えてなさそうである。もし、流星たちが手ぶらで戻ってきて『荷物をどう運ぶか』と議題にあがったら、真っ先に「往復して運べばいいんじゃね?」って言い出しそう。脳筋というかなんというべきか。これは難というべきなんだよなあ。

 宇治原君が持ってきた荷物を手分けしてリアカーに乗せ終わると、佐竹がリアカーの持ち手部分を跨ぎ、「よいしょっ」と持ち上げる。宇治原君は後方から押す係を自分から買って出た。僕と流星の体格を見て、力仕事は自分たちの仕事だ、と察してくれたたのは有り難い。が、流星はこう見えて鍛えているから、僕よりも力はある。

 あれれ?

 この中で一番の役立たずって僕なのでは?

 だが、人には適材適所というものがある。僕が活躍できるのは〈料理〉だ。それまでは音楽の授業で「ちょっと男子いー!」と文句をつける女子役に徹することにしよう……流星が元は調理場勤務だったことは、この際なかったことにできないだろうか。できないよなあ。

 塗装されていない砂利と土の道は、リアカーを押す二人の体力を余計に奪う。最初こそ軽快に進んでいたのだが、キャンプ場本部が小さくなるほどに悪路になっていった。時折、地面の泥濘みに足を取られたリアカーを「ファイト!」、「いっぱあーつ!」、と押し出す姿も見て取れたけれど、いまでは「またかよ……」、「クソが」、なんて悪態を吐きながら乗り越えている。

「そろそろ限界みたいだな。木陰もあることだし、ここらでいいんじゃないか」

 流星が周囲を左見右見して言う。川沿いのスペースで木陰があるのはなかなかない条件だ。道中にそういう場所がなかったわけではないが、そういう好条件の場所は全部埋まっていた。本部からはちょっと遠くて不便だけれど、二人の疲弊ぶりを見るとこれ以上は進めそうにない。

 なだらかな斜面の下には雑草が茂り、その先に砂利と土の地面が広がる。川が近くに流れているのは涼しげでいい。ただ、暑さがネックだ。気温は既に二十五度を上回っているはず。午前中からこの暑だ。午後には過酷な暑さになっている、と予想される。二人の体力が無尽蔵なら心配無用だけれどテント張りもあるし、これからも馬車馬の如く働いてもらうには、ここで体力が尽きるてしまったら困りものだ。

 僕はバックパックから黒糖塩飴──我ながら渋いチョイスである──を二つ取り出して、佐竹に渡した。

「はいこれ。熱中症になったら大変でしょ」

「サンキュ……二つ貰っていいのか?」

「別にいいけど、片方は相方に渡してあげたら?」

 佐竹は一瞬『お前が渡せばいいだろ?』という目を僕に向けたが、直ぐに「そうするわ」と宇治原君の元へ歩いていった。その様子を傍で見ていた流星の「面倒臭いヤツらだ」、と呟くのが訊こえた。

 テント張り──まさかファミリー用のドームテントとは思わず悪戦苦闘した──も終わり、ようやく休憩ができると折り畳み式の小さな椅子を木陰に持って座り、さらさらと流れる川を見ながら水筒のお茶を一口飲む。水筒のなにがいいって、コップに注ぐときに内部の氷がぶつかり合って、がらんと小気味よい音が鳴るのは堪らない。

「テントも張ったことだし、とりあえず川行くべ!」

 そんなことを言い出したのは、佐竹。

「オレはいい。水着を持ってきてないしな」

 流星が断ると、宇治原君が「ノリ悪くねえ?」と絡んだ。

 流星が水に入ろうとしないのは、水着を持ってこなかったという理由だけではないのを、僕と佐竹はすぐに察した。雨地流星の体は、女性なのだ。学校の教職員たちはそれを把握してるけれど、流星の秘密を知っているのは、僕、佐竹、天野さん、月ノ宮さん。八戸先輩はどうだろう……思わせぶりな態度を取ってはいるが、真相は定かではない。

「アマっちも川で遊ぼうぜー?」

 しつこく絡む宇治原君を、佐竹が止めに入った。

「入りたくないって言ってるんだから別にいいだろ? それよりも川で泳いでる魚を取って焼いて食おうぜ」

「ちぇ……まあいいか。つか、食える魚泳いでるんかなあ?」 

 宇治原君はぶつぶつ言いながら、テントの中へと入っていく。

 テントに入る手前で、佐竹が立ち止まって僕を見た。

「優志はどうする?」

 言わずもがなではあるが、僕も川で遊ぶ気分ではなかった。

「いや、僕はここで流星と眺めているよ。それに、昼食の準備もしなきゃならないし」

 昼食の準備とは言っても、メインは火起こしになるだろう。着火剤と木炭を上手く扱える自信はないけど、そこはきっと流星がなんとかしてくれるはずだ。

 火遊びは流星のだもんね! と流星を見やる。

「油ぶっかけりゃ燃えるだろ」

 ああ……やっぱり僕がなんとかするしかなさそうだ。


 

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