【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
五十二時限目 彼の甘さを佐竹琴美は許さない[中]
運ばれてきたアフォガートに乗せてあるミントの葉を摘み、そのまま鼻の前へ。すーっと鼻から息を吸い込んでミントの爽やかな香りを堪能してから受け皿に置いた。
「ミントとハッカの違いって、日本原産か外国産かの違いらしいわよ? 外国産のをミント、日本原産のをハッカと呼ぶらしいわ。まあ、それだけではないのだけれど」
曰く、ミントとは総称であり、日本原産の物を『薄荷』と呼ぶとか。ミントは大きく分けて、ペパーミント、スペアミント、和製ハッカの三種類に分類される。和製ハッカはペパーミントよりも多くメントール成分が含まれているので、ハッカ油や防虫剤に使われたりしているらしい。……と、琴美さんはドヤ顔で蘊蓄を傾けた。
「モヒートに使われるのはスペアミントが多いみたいよ? ……知ってた?」
未成年者にカクテルの話をされても、「へえ」としか感想がないのは仕方がないだろう。だって、未成年の飲酒は法律で禁止されている。酒の味がわからないのに「ビールうまい」と写真付きで呟いてしまうイキリ未成年アカウントは、アルコール度数が高いせいかよく燃えるんだよなあ。ともあれ、遠路遥々ミント談義を肴に酒を飲みにきたわけではない。
タブレット菓子に使用されるのがペパーミントだとか、歯磨き粉に使われるのがスペアミントだとか、知ったところで披露するタイミングも場もないのだ。それこそ、『ねえ知ってる?』と、某CMのキャラクターのように語り出さない限りは。
「単刀直入にお訊きしますが、女子高生って普段はどんなことをしてるんですか?」
琴美さんは苦々しいミントが口の中に入ったような顔をして、「はい?」と目をパチクリさせた。その様子を見て、これでは『サル並みの性欲を宿した男子高校生』と思われても仕方がないと自分を省みた。
「優梨ちゃんが性欲の権化に……」
そういう反応をされるのは想定していたが、想定していただけで不愉快に思わないかは別の話だ。コホン、と咳払いをして話を続ける。
「誤謬を正したので、続けてもいいですか?」
「訊きましょうか」
意味深に笑って、アフォガートの中に浮かぶバニラアイスをスプーンで掬った。エスプレッソとバニラアイスの相性といったら、バディモノのアニメくらい確固としたものだ。琴美さんがアフォガートを口に運ぶまで凝視していたせいもあって、「食べたいの?」と勘違いされてしまった。
頭を振るう。
「一口くらいならあげるわよ? 私が使ったスプーンでよければ、だけどお?」
「結構です」
ダンデライオンで提供されているメニューの殆どは照史さんが手作りしているもので、アフォガートに使われているバニラアイスもその一つだ。佐竹が言うには、『バニラアイスは普通にヤバい』らしい。語彙力が乏し過ぎて意味がわからない。
「わざと話を逸らしてませんか?」
「そんなことないって」
どうだか、その言葉は信用できない。
「ちょっぴり意地悪だったかしら」
琴美さんはスプーンを置いて、深く座り直した。
「真面目に訊いてあげるから、話してごらんなさいな」
ようやくその気になってくれたようだ。僕は深呼吸をして、脳に酸素を供給した。冷静になるまで数秒もかからなかった。その間、琴美さんは背凭れに寄りかかり、腕を組んで、じいと僕を見ていた。
口を開く。
「優梨という存在がもっと女の子らしくなるには、内側から変えていくしかないと思ったんです」
それで? という口をしながらアンニョイな表情を浮かべた。続きをどうぞ、みたいに右手の平を上にして指先を僕に向ける。僕の話が終わるまで、口を挟まないつもりなのだろう。有り難い限りだ。気障ったらしい態度が鼻につくけれども、琴美さんの横柄さに苛立ってもしかたがないなと呑み込んで続きを話した。
「参考程度に、琴美さんはどうだったのか、琴美さんの周囲にいた女生徒はどうだったのかを訊かせてください」
「訊かせるのはいいけれど」
と、勿体ぶるように前置きを入れてから、
「現役女子高生の二人を差し置いて、どうして私なの?」
「天野さんと月ノ宮さんに相談するのも吝かではないんですけど、あの二人に相談したら返って状況が悪化しそうで。……だから、第三者というか、客観的に僕らを見ている女性の意見が欲しいんです」
というのは建前だ。
本音は、あの二人に相談しても望む答えが返ってきそうになかったから。
天野さんは「優志君らしくいればいいよ」と言ってくれるだろう。
月ノ宮さんは、きっと斜め上の回答をしてくる。
僕を思って試行錯誤してくれるのは嬉しい。だけど、僕が望んでいる答えは〈女の子らしさ〉だ。『僕らしい』だと僕そのものだし、淑女のマナー講座をされても困る。僕が〈優梨〉を演じるにあたって『望まれた姿』を自然にできるようになければいけない。その点、僕の師匠とも呼べる琴美さんは、最も理想的な場所から僕らを見ている。教えを乞うには打って付けの相手と言えるだろう。
「ふむふむなるほど。そういうこと」
琴美さんはアイスが程よく溶けたアフォガートに口を付けて、唇に付着した乳成分を、わざとらしく、官能的に舐めた。婀娜めいた視線の先には僕がいる。
自分の武器を使う相手を間違えてませんかね、という目を向けたら、琴美さんはフッと笑った。
「……五点ってところかしら」
「ごてん?」
「こっちの話だから気にしないで」
僕の質問が五点ってことだろうか? どういう基準でそう判断したのかはさて置き、落第点であることに変わりはない。
「ほんと、優梨ちゃんは可愛いわねえ。……どう? 私の妹になるつもりはない? なんなら義理の妹でもいいわよ?」
義理の妹ってことは、佐竹と結婚しろってことじゃないか。
「ふざけないでください」
──じゃあ、養子縁組は?
──琴美さん。
「ああもう、わかったわよ。優梨ちゃんの堅物」
「優志です」
琴美さんは足を組み替える仕草をしてから、両肘をテーブルに乗せて前のめりの姿勢になった。琴美さんが答えを言う。たったそれだけのことなのに、空気が張り詰めたのを感じた。テスト開始前の緊張感と酷似している。問題を出した側のはずが、いつの間にか挑戦者みたいな立ち位置だ。
「結論から言うと、私はその答えを知ってる。でも、教えない」
それに、と矢継ぎ早に言う。
「それを知ったところで、優梨ちゃんの血肉になるとは思えない」
琴美さんは退屈そうにスプーンでアフォガートを混ぜながら、
「折角の機会だから、アドバイスしてあげる」
と、欠伸混じりに言った。
「質問をするときは、要点を隠さずに伝えなさいな。無知であることを恥じだとするなら、もっと小賢しく立ち回ることね。これではただの喜劇よ? ……いいえ、喜劇とも呼べない。お遊戯会かしら? それよりも悪い。質問者が保身に走ってどうするの?」
なにもかも図星で、返す言葉もなかった。
「優梨ちゃんのことだから小出しにして、ここぞってときに確信を得るような質問をしようと思ったみたいだけれど、そんな面倒なことはせずに、最初から本命を伝えればいい」
時間は有限なんだから、と照史さんに視線を向けた。それに倣うと、照史さんは明日の仕込みを終えて、後片付けもほどほどにしていた。ダンデライオンに残っていた老齢の男性も退店していて、店内に残っている客は僕と琴美さんしかいない。
「あ、ボクのことはお構いなくどうぞ」
僕と琴美さんを交互に見て、なにかを察したような顔をした。
「根を詰め過ぎるのもよくないからね。ここらでちょっと休憩するのはどうかな?」
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