【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四十五時限目 佐竹義信は留守だった[後]


「じゃあ、明後日でいいとして……。俺、スーツとか持ってねえよ?」

 あるっちゃあるけど、どこにしまってあるのかわからない。多分、洋服タンスのどこかにあるはずだが、どこの洋服タンスにあるのかが問題だ。姉貴の部屋は絶対に無いとして、親父とお袋の部屋か、それとも倉庫と化している空き部屋かって考え倦んでいると、スピーカー越しから大きな溜息が訊こえた。

『私の家になにをしにくるつもりですか? ドレスコードはありませんので、ラフな格好で構いませんよ』

 さすがにドレスなんて着ねえだろって、笑いながら返答した。

「楓が冗談を言うなんてなあ……」

 無言が耳に刺さる。

「おい、なんの間だよ」

『……いえ、なんでもありません』

 こういう場合の『なんでもない』は、大抵『なにかある』ってことだが気にしても仕方がない。どうせ、いまの流れで俺がなにか変なことを言ったから呆れているんだろうけど。つか、変なことを先に言ったのは楓のほうだよな? なんだよ『ドレスコード』って。男がドレスを着るなんて、そうあるものか。

 優志だったら? まあ、似合うとは思うけど。

「そんで、要件はなんだったよ?」

 日取りは決定したが、一番重要なことを訊いていなかった。

 事と次第によっては、行かないって選択も充分有り得る。喩えば、俺を罠にハメようとしていたりな。姉貴の場合だったら読み易いけど、相手はあの『月ノ宮楓』だ。油断していると、寝首を掻かれ兼ねない。寝首を掻くって意味はあまりわかってないけど、取り敢えず注意しろって感じで合ってるはず。

『要件は、もちろん──』




 * * *




 重厚な作りの門に取り付けられたインターホンのボタンを『押す』。たったそれだけの行為に、ここまで緊張するなんて思ってもいなかった。

 不審者と間違われて通報されたりしないだろうか? 押した瞬間に黒服の男たちが現れて、「両手を上げろ!」と拳銃を突きつけられたりしないだろうか? いやいや、それはさすがに海外ドラマ展開過ぎるだろって。でも、あり得ない話じゃないからインターホンを押せずにいた。

 ポケットから携帯端末を取り出して、楓にコール。

「到着したけど、どうすりゃいいんだ?」

『インターホンがあったと思うのですが……』

「他人の家のインターホンって、押すの躊躇わね?」

『そうですか? ……そうなんですか? ……そうですか』

 いや、そこまで考え込む話でもないだろ……つか、その疑問だけで五七五が完成してっからな? 普通に。
 
「暑くて、ワンチャン、干物になりそうだわ。早く入れてくれ」

『そうですね、ワンちゃんが干物になっても美味しくはないでしょうし。いま、門を開けます。門が開いたらそのまま直進して、玄関まで上がってきてください』

 ワンちゃんが干物? なに言ってんだか。一昨日といい、楓の冗談はピンとこねえなあ。もしかして、『ワンチャン』が『ワンチャンス』の略って知らない口だな? お嬢様だから、庶民が口にする言葉には疎いってんなら俺がみっちり叩き込んでやろう、と思いながら、ギイギイ軋んで開いた門を進む。

 屋敷の玄関まで、赤煉瓦を並べて作り上げたような道が伸びていた。左右を見渡せば、この屋敷が如何に広いのかを確認できる。青々とした芝が冴える庭に、かつて楓が遊んでいたであろう小さめのブランコが風に当てられ揺れていた。その姿が、どこか寂しげに映る。

 幼き頃の楓は、あのブランコで照史さんと遊んでいたんだろうか。

 兄貴が急にいなくなったら、やっぱり寂しいよな──。

 キョロキョロと周りを観察しながら進むと、玄関前に短かい階段があり、その階段をデコレーションする花壇が左右対象に並べられていた。マリーゴールドと、紫陽花と……、カラフルで南国っぽい花も咲いている。

 それにしても、目の前にすると圧巻だ。

 大正レトロとはいったけど、その言葉通りの外観で、『ようこそいらっしゃいました』って、いい感じにしゃがれた声の老執事が出迎えてくれそうな雰囲気がある。横浜にある赤レンガ倉庫をお屋敷仕立てに作りました、みたいな。お屋敷というか、ホテルというか、レストランにも見紛いそうだ。

 年季の入った金色のドアノブに手をかけようとしたら、その手がドアノブに触れる前に内側からゆっくりと開いた。

「いらっしゃいませ」

 そっと顔の覗かせて出迎えた楓の姿は、地中海を連想させるグラデーションのワンピースを着ていた。

「似合ってるな、そのワンピ」

 俺が言うと、意外そうに目を丸くする。

「さすが、女性の扱いには慣れていますね」

「こんなの挨拶だろ。普通に」

「それすらできない殿方も多いんですよ。佐竹さんもその一人かと思っていたのですが、違ったようですね」

 ふふっと、裏を感じさせない微笑みを、迂闊にも「ちょっと可愛いじゃねえか」なんて思ってしまい、ばつが悪くて目を逸らした。

 ……そうだった。

 月ノ宮楓はクラスでも一、二を争う美少女の一人で、惚れた男は数知れず、玉砕した男は星の数なのだ。月ノ宮ファンクラブが結成された背景には、当たって砕けた者たちの涙ぐましい未練がある。『手に入らないなら見守ろう』という謎の決意で団結した集団で、それがいつの間にやら一部の女子さえも巻き込み、隠れファンを含めると、その会員数は未知数。

 無知でいるのは、それはそれで幸せなのかも知れないなあと思っていると、楓がドアをガチャンと閉めた。

「おい、なんで閉めるんだよ!」

「失礼極まりないなことを考えていそうだったので」

 エスパーかよ。

「この顔は生まれつきだっての」

「……ああ、そうでしたね」

 失礼極まりない言動をしているのは、お互い様か。








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 by 瀬野 或

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