【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三十八時限目 月ノ宮照史は答えを導かない[後]
「アホガードではなくて、アフォガートね」
彼の発言は冗談なのか、それとも本気で言っているのかわからないときが多々ある。天然なのだろうか。こういう発言は彼の姉を彷彿とさせるが、彼女の場合は揶揄嘲弄の意味合いが強い。
「食べてみるかい?」
「はい! あ、金が……。すんません、代金は店の掃除でもいッスか?」
「ツケにしておくよ」
お姉さんのツケに追加しておこう。キャッシャーの横に貼り付けてあるメモに、バニラアイスとアフォガートの料金をボールペンで付け足した。
* * *
「楓……月ノ宮さんから話は色々と訊いていると思うんスけど、俺、好きなヤツがいるんです」
この後に及んで、ボクが知らないとでも思っていたのか。話の腰を折らないようにしながら、「それで、どうしたんだい?」と続きを促した。
「なんっつーか、アレなんですけど、どうしても踏ん切りがつかなくて」
「〝自分が同性を好きだと認めたくない〟という認識でいいのかな?」
強い言葉にならないように優しく語りかけたつもりだったが、佐竹君はボクの言葉を訊いて目を見開いた。
「そう、なんスすかね? 自分でもよくわからなくて」
戸惑うのも無理はない、か。自分で思っておいて難ではあるけれど、本質はもっと単純で、袋小路に迷い込むほど難解ではない。
「好きになった相手が男で、それでいて女で。片方だけ好きはずるいと思って。アイツはアイツで悩んでるのに俺だけ逃げたら格好つかないし、ずるいじゃないッスか」
「ずるい、か」
真面目で真っ直ぐなところが彼の長所ではあるけれど、真面目で真っ直ぐが通用するのは学生までだ。
社会に出れば、あの手この手で他者を出し抜こうとする輩が増えてくる。そんなとき、彼はいまのままでいられるだろうか。ならば、学生の頃から小賢しいやり方を学んでおくのも一つの手だ。
若いのだから、やり直しは幾らでもできる。
やり直すことを恐れて、同じ場所で延々と足踏みするから隣の芝生が青く見えてしまうのだ。持ち上げた足を前に出すだけで景色が一変する、と彼らは知らない。
知らなければ目的地もわからない。いつか悩むことに辟易して、根を腐らせてしまわないか心配だ。
「ずるい、とはまた違う気がするよ。佐竹君は自信が無いんじゃないかな。選ぶのも、選ばれる自信も無いんだと思うよ」
「かも、しんねッス……」
楓も店に来たときボクに吐露していたけど、この子たちは往々にして自信が無い。
アイツが、あの子が、彼女が──。
枕詞になる台詞は違えど、語る内容は同じだ。
自信を失ったのなら再構築するしかない。されど、設計図を持っていないのだ。だだっ広い草原で、呆然と立ち尽くすしか術を知らない彼らは不安定で、その日の天候に心境を任せてしまうのだろう。
「たまには空を見上げたり、後ろを振り返ってみてもいいんじゃないかな?」
抽象的過ぎるか、と咳払いして打ち消す。
「猛進するのが悪いと言っているわけじゃなくてね。これまで歩いてきた道は、たしかに存在するんだ。佐竹の背後にだってちゃんと道がある」
やっぱり、抽象的過ぎる言い回しになってしまったな、と自嘲気味な笑みが浮かぶ。それでも、ボクが答えを言ってしまったら意味が無い。ボクにできることは、彷徨う主人公にヒントを与える吟遊詩人の役目だけだ。
「俯いているだけじゃ同じ景色しか見えない。だから後ろを、左右を、上をって見てみるのも一つの手じゃないかな」
上を見れば空が広がっている。その空には雲が浮かんでいたり、飛行機が飛んでいたりするかも知れない。左右には山々が悠然と聳えている。山の中は自然の宝庫だ。ありとあらゆる恵みがあり、そして脅威もある。当たり前と感じている事象を突き詰めていけば、新しい発見があるもだ。
「もしかしたら、そこに答えがあるかもね」
「答え……」
この回答がこの子にとって正しい答えではないってことは重々承知だけど、安易に答えを差し出してもいけない。答えは自分で導き出さないといけないのだ。
すっかり溶けてしまった甘いアイスと、苦味の強いエスプレッソが混じり合うように、ボクはその答えを分離したアフォガートの表面に隠した。
「ボクよりもっと適任な相談役がいると思うけどね。似た悩みを抱えているだれかさんとか」
「だれって、楓のことッスか?」
ボクは顎を引く程度に首肯した。
「癖の強い子ではあるけど、あれでも一応ボクの妹だし、似たような悩みを抱えているから〝なにかしらのヒント〟を得られるかもしれないよ?」
──お互いに、ね。
妹を過大評価しているわけじゃない……まあ、優しくて出来のいい子だ。ボクの妹にしているのが勿体ないくらいだけど、癖の強さを無くしたら楓は楓ではない。強い癖も、楓を構築しているひとつの細胞だ。
この子たちがわかってくれていればいいが、はっきり言って自信はない。ボクの妹は父親を尊敬して止まないからな……つい左の頬が引き攣る。
「あの腹黒さなら、たしかに……あ、すみません、つい」
「別にいいよ」
つい口が滑るようなことを、楓はやらかしているんだろうか?
やらかしているんだろうな。
* * *
そろそろ常連さん方が来る時間だ。
電話をかけに行くと席を離れた佐竹君とすれ違うようにして、師匠の親友だったという老齢の男性が入店した。
「いらっしゃいませ。いつもの、でよろしいですか?」
黙って頷きひとつ落とすだけ。
足繁く通って貰えているのは、ボクの珈琲が師匠の淹れた〈匠ブレンド〉と変わらない味を提供できている証拠だ、と勝手に思っている。
「お待たせしました」
珈琲を飲む作法なんて御構いなしに、師匠の旧友はいつ通りズズズっと音を鳴らしながら珈琲を啜る。
「……変わらん味だな。アイツのも、お前のも」
「ありがとうございます」
時代は移ろう。
過ぎ去った日々には戻れない。
だけど、たしかに存在する『当たり前の中にある特別』をこの人は知っている。
あの子たちは気づくことが出来きるだろうか。
それは、もう少し物語をペラペラと読み進めないとわからない。時計の秒針が一周する毎に焦りながら、あのときこうしていればと後悔しながら、あの子たちはいつも不器用で、選択を誤り続けるだろう。
『残ったモノが特別だ』
と、気づけるだろうか?
今日もボクは、ダンデライオンのマスターを務める。特別を探して彷徨っていたボクを快く招きいれてくれた、かつての師匠のように。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。
不都合でなければ感想など、よろしくお願いします。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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