【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百三十九時限目 迷探偵の推理
関根さんは瞼を閉じて、大きく深呼吸をした。
自称名探偵の推理ショーが、いま始まろうとしている。
店内に葉巻の香りは無く、あるのは染み込んだ珈琲と仄かに漂うマフィンの匂いだけ。関根さんが解き明かそうとしている謎は『八戸望が恋をしているか』についてだが、とても恋バナをするような雰囲気ではない。そればかりか、緊張感で肌がヒリヒリする。
そもそも、関根さんに推理なんてできるのだろうか? 僕は高校に入ってから他人の悩みごとに首を突っ込む機会が多く、それらを解決とまでは言わないが、妥協点を探すことで答えとしてきたけれども、『犯人はアナタだ!』と突き付けるような謎解きはした覚えがない。真実を見つけるよりも、妥協策を探すほうが楽だからだ。
本気で解決しようとするならば、それこそ膨大な時間を要する。刑事ドラマや探偵ドラマのようにひょひょいっと手掛かりが見つかれば解決も早まるだろう。でも、実際はそうではない。テレビでは『尺の都合』があるけれど、実際に発生した事件に『都合』は無いのだから、犯人がなに食わぬ顔で主人公と同行していたり、たまたま通りかかった主婦の独り言がヒントになることも無い。そういう事件がいままでなかったわけではないが、『都合のいい展開』が起きるのは宝くじで一等を引き当てるくらい運のいい話としていたほうが懸命だろう。
関根さんは、『都合のいい探偵物語』に感化されただけの少女に過ぎない。名探偵だったじっちゃんの孫のIQ200の天才児でもなければ、サッカー大好きな巷で噂の高校生探偵でもないのだ。はっきり言って無謀に過ぎないとは思うものの、彼女がやけに自信満々な態度を取るから、僕も少しばり期待してしまっている。
関根さんは瞼を開くと、唇を湿らせる程度に冷えきったココアを一口飲んだ。牛乳多めのココアが幕を張って、唇にくっ付いたのだろう。舌舐めずりをしてから紙ナプキンで拭き取った。
「犯人はアナタです、八戸望!」
──え?
──は?
僕と天野さんの声が重なり、店内がしんと静まり返った。煩く感じていたジャズは陽気なボサノバに変わり、それが相俟って間抜けに感じた。
「犯人もなにも、自分が恋をしているかを証明するという話だったはずだが……」
八戸先輩も困惑を隠せないようで、ストレートを待っていたのに、どんな軌道を描くかわからないナックルボールを投げられて、内心慌てたキャッチャーのような顔をしていた。
「泉、本当に大丈夫なの……?」
「いまのは掴みだから……。こ、これからが本題です!」
先の一言で確信した。
関根さんの推理力はゼロだ。
おそらく、場の空気に当てられて、調子に乗ってしまったんだろう。わかる。その気持ちはとてもよくわかる。名探偵と煽てられて、気持ちが大きくなってしまっただけだ。
まあ、その、あれだ。関根さんを調子に乗らせたのは僕が原因でもから、名探偵の隣に座っているワトソン君に代わり、助け船を出してやろうとは思う。……とは思うのだけれど、そもそも八戸先輩は恋をしているのだろうか?
違う、『恋をしていた』んだ──。
「名探偵のメモの中身には、ヒントになり得る〝重要な手掛かり〟が書いてあるのでは?」
「あ、そうか」
おいおい、頼むぞホームズ……。
天野さんが心配しながら見守る中、関根さんはメモ帳を開いて隈なく文字を追う。そして、三ページほど目を通してから「なるほど」と呟いた。
「どうだい? なにかわかったかな?」
八戸先輩が悠然とした態度で名探偵に問う。そのさまは『キミにわかるはずがない』と挑発しているようにも見えて、どうしてか、隣に座っている僕が苛っとした。
「ええ、わかりましたとも!」
本当だろうな? 怪しいものだが、いまは探偵の推理に耳を傾けてみるとしよう。もし、途中で破綻しそうになったら、そっと『それは違うよ!』って論破してあげればいい。……論破していいのか?
「事件は一年前に遡ります……」
「遡るのかよ!?」
と、佐竹みたいにツッコんでしまった。
「関根さん。八戸先輩がいま、恋をしているかについてだよ?」
一年前に遡ったら、それは『八戸先輩が一年前に恋をしていたか』の推理になってしまうではないか。おいおい、出鼻からこれでは先が思い遣られるぞ……と心の中で呆れていたが、関根さんは顔色一つ変えずに「そうだよ?」と返した。
「全部繋がってるんだよ、ユウくん」
「繋がってる?」
「まあまあ、鶴賀君。話の腰を折らずに最後まで訊こうじゃないか」
八戸先輩に宥めらたのは釈然としないが、僕の前に座っている天野さんも決意した表情で頷いたので、黙って耳を傾けることにした。
* * *
「全て繋がっているとは、どういう意味かな」
「そのままの意味ですよ」
襟を正して座る彼女には、どこか探偵のオーラが漂い始めている。さっきはあれほど狼狽えていたのに、はっきりとした声で八戸先輩に返した。『覚醒』という文字が浮かんだ。関根さんは探偵として覚醒しようとしているに違いない……多分、知らないけど。
「八戸先輩の恋と、現在起きている生徒会のいざこざは全て繋がっていたんです。八戸先輩が使っている、そのストローのように!」
人差し指をビシッと突き出して、八戸先輩が使っていたアイスコーヒーのストローを指した。
ストローの中身って、空洞だよね。
風通しがいいって意味かな?
それとも筒抜けってこと?
喩えが独特過ぎて推理に集中できないぞ……。
「ほう……、だがな名探偵君。ここのストローはね、曲がるタイプなのだよ!」
八戸先輩も変なスイッチが入ったようで、関根さんに負けずと熱演している。ドヤ顔しながらストローを曲げられても、『だからどうしたんだ』としか言えない。天野さんに至っては、この空間に一緒にいるのが苦痛に感じ始めたようで、俯いたまま顔を上げようとしない。
見守り続けて本当に大丈夫なのか、雲行きが大分怪しくなってきた。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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