【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百三十六時限目 お誘いのメッセージ


 千葉先輩は切れ端を僕に渡すと、再び作業に戻った。デスクの上に広げられたファイルとノートパソコンの画面を交互に見て、手際よく修正を加えていく。この人の手にかかれば、髪の毛一本すら残らないだろう。さすがは数学の鬼。無駄や余分を剥ぎ取られた部活代表たちは『おか〜さ〜ん。おか、おか、おか〜さ〜ん……』って具合に発狂しそうだ。トラウマにならなければいいな、と他人行儀に祈りながら、席を求めて移動した。

 生徒会室には、千葉先輩がキーボードを叩く音だけ響いていた。黒板の横にある壁掛け時計は、秒針が鳴らない電波式。秒針のこちこち音が邪魔になって集中できない……なんて言い訳はできないな。居眠りするにはもってこいだが、そのための応接室は開かずの間状態である。

 耳を澄ますと、遠方から野球部の掛け声が訊こえる。メジャーな部活動の予算決めは終わっているので、心置きなく練習に集中できるだろう。

 実績がある部活と、活動が曖昧な部活動の落差は、成果主義な大人社会に精通するなにかを感じる。あまり気分のいいものじゃないが、学校は慈善事業ではない。義務教育は中学まで。高校生になれば背負う責任も重くなってくる。責任の重みに慣れる練習をさせるのが、高等学校の目的なのかも知れない。知らんけど。

 生徒会室の窓からは、対面にある空き教室が見えた。窓は締め切り、遮光性の高そうな黒いカーテンが閉じてある。昔の梅高は生徒数がいまよりも多く、一学年に対して八組まであったらしい。現在、空き教室は文化部や選択授業で使用されている。それでもまだまだ使用されていない空き教室があり、年々深刻化する少子高齢化問題と不景気の波は止まることを知らないようだ。

 身近にあったパイプ椅子に座ろうとして手をかけたら、島津会長が颯爽と登場した。片手に年季の入ったファイルを抱えている。僕と目が合うなり、島津先輩は小首を傾げた。

「今日の放課後は、予算決め会議二部だよ?」

「はい。知ってます」

「雑務は巡回が終わったら帰宅でいいって、田中君と大場さんには伝えたんだけど……」

 ええ……?

 二人とも放課後についてはなにも言ってなかったぞ。もしや、田中君は『大場さんが伝えるだろう』と思い、大場さんは『田中君が伝えただろう』って放置した? だとしたら酷い傍観者効果だけど、大場さんに至ってはそもそも伝える気がなかったと思えなくもない。

 島津先輩は議長席に座り、片手に持っていたファイルを広げる。そして、申し訳無さそうな表情を僕に向けた。

「せっかく来てくれたんだけど、金銭に関わる会議は役職の仕事だから、今日は帰ってもらってもいいかな?」

 そういうことならば仕方無い。僕だって会議には参加したくない。先輩方に「お先に失礼します」と挨拶をして生徒会室を出た。

 一先ず教室に戻ろう。そう思って廊下を歩いていると、もっさり天パの七ヶ扇さんが前から歩いてきた。背中には黄緑色のリュックを背負っている。梅高の女子生徒はリュックを好む人が多い。勿論、月ノ宮さんのように鞄を使用している人もいるけれど、大半がリュック登校だ。個性を尊重すると、鞄では少々地味だと判断したからだろう。同調圧力に屈して、リュックを選んだ人もいるはずだ。

 七ヶ扇さんは、そのどちらとも言えない。彼女の性格上、同調圧力なんて気にしなそうだし、『周囲がリュックだから』なんて理由でも選ばなそうだ。機能性を重視した結果リュックを選んだってほうが納得できる。

「やあ、七ヶ扇さん」

「……なんでそっちからくるの?」

 そう言うと、怪訝そうな顔で僕を睨んだ。

 ついさっきの出来事を伝えれば馬鹿にされるだろう。なにか手頃な言い訳はないか? と考えてはみたが、僕に落ち度は無いのでは? と思い返して、ありのままを伝えることにした。

「雑務は会議に参加しなくていいって、知らなかったんだよ」

「朝に会長が伝えてたじゃん」

 なん……だと……。

「もしかして、訊いてなかったー?」

 朝の通例会議で予算決めの会議が放課後に行われるとは訊いていたが、全く関係の無い催しだと決めつけて、『へえ、予算決めかー』くらいにしか訊いてなかった。

 田中君と大場さんは悪くないじゃないか。なにが『傍観者効果』だよ、僕のばかばか! ……ふう、これくらい反省すれば充分だろう。

「二年生なのに会議に出席するなんて大変だね」

 皮肉っぽく言ったつもりだった。

 七ヶ扇さんは僕の皮肉を物ともせずに涼しい顔を浮かべながら、

「べつに、ただ記録してればいいだけだから楽なもんよ。じゃ、さよならー」

 片手をひらひらさせて、僕が歩いてきた道を進んでいった。




 * * *




 教室に戻ると数人の生徒が残っているだけだった。

 佐竹たちの姿は無い。彼らは部活動に所属していないので、残っていてもやることが無いのだ。関根さんがいれば八戸先輩から預かっている伝言を伝えられたが、名探偵もご帰宅中か。教室の後ろから入って自分の席に座る。イチバスはもう出てしまった。ニバスが来るまで手持ち無沙汰になり、久しぶりに読書しようと鞄に手を伸ばしたとき、「ああそうだ、八戸先輩に返信しなきゃ」と思い出した。

 本ではなく携帯端末を取り出して、六桁の暗証番号を入力。パッと画面が明るくなり、初期設定のままの待ち受け画面が広がった。メールが四件──どうせ贔屓にしている飲食店のクーポン付きメールだ──と、ソシャゲの通知が一件届いた後、メッセージアプリの通知が五件も届いた。

 一件目と二件目は、昼頃に送信された八戸先輩の返信催促メッセージだった。

 三件目と四件目は関根さんからで、『アジトで情報を整理する』『他意は無い』と、五分の間隔を開けて送信されている。『他意は無い』なんてわざわざ寄越さなくてもいいのに。

 他意は無い、たいはない、対話無い……駄洒落か!

 既読が付かなかったから、当て付けにでも送信したのだろう。

 五件目は天野さんからだった。

『ダンデライオンに寄ってから帰ります。もし時間があったら優志君も来てね』

 こういうのでいいんだよ、こういうので……。

 奇をてらうより、素直な言葉で書いてくれたほうが気持ちも揺れるってものだ。どっかのだれかさんみたいに『アジトで情報を整理する』とか書くよりも好感が持てる。ましてや、『今日のお昼ご飯は月見そばにしたよ』とか報告しつつ、僕の既読を催促するようなメッセージなんて以ての外だ。

「……アジト?」

 関根さんの言うってどこだ? ……喫茶店〈ダンデライオン〉しかあるまい。ということは、関根さんと天野さんは巧まずして同じ場所へ向かったってわけだ。厄介な話にならなければいいなと思ったとき、再びメッセージアプリの通知がきた。

 ──いま、名探偵とそのお友だちでティータイムしているんだけど、鶴賀君もどうだろう? おいでよ。どうせ今日は予算決めだから、鶴賀君の役目は無いだろうしさ。

『母親は〝こんな日もあるさ〟と教えてくれたが、こんなに沢山あるとは聞いていない』

 不意にマーフィーの法則が脳裏をかすめた。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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