【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百二十五時限目 それはきっかけにもならない
自分にできことを把握している人間は、建設的な思考を持っている場合が多い。
喩えば、場の空気をだれよりも早く察せる人間は、身の置き場所や言動などを、これまでの経験から予測して素早く対応できる。テトリスみたいなパズルゲームも得意そうだ。苦手だって人もいるだろうけれど、経験と予測を積み重ねていない人よりは高得点を叩き出させるはずだ。
逆に、ランダム性と運要素の強いゲームなんかは苦手で、理不尽な状況下では自分の力を半分も発揮できないのではないか? とも思う。これはあくまでも私見であって、だれしもがそうだというわけじゃない。
朝、梅ノ原駅に向かう途中の電車の中で、そんなことを考えていた。
僕はどうなんだ? と自分に問う。
空気を読むならばクラスでも一位、二位を争うくらい空気を読めるって自負している。だからこそ、才能溢れる彼らの邪魔はしないと自分に言い訊かせて生活していた。いまだってその選択が間違いだって思わない。適材適所って言葉もあるんだ。日陰者は日陰の中で、日陰の外を傍観しているのが丁度いい。憧れや嫉妬なんて以ての外だ。自分の身の丈にあった服を着なければ後ろ指をさされるのと同じ。側から見たらどんぐりの背比べであっても、側の世界と自分の世界は違うのだから、価値観だって異なる。
だけど、そう簡単に割り切れる問題じゃないのも確かだ。
他人と異なるを平たく言えば〈異物〉や〈異質〉であり、排除対象となる場合がほとんどだろう。であるならば、常識の範囲内で息を潜めて行動するのが望ましい。
大学生が似たようなコートを着ているのも、排除対象になりたくないのが理由の一つじゃないかと考える。
それは大学生に限った話ではなく、全年齢対象の話ではあるのだが、僕の前に座っていた地味な感じの男子大学生が〈無難〉という言葉で身を包んだような格好をしていたから、手頃だと思って比喩に出しただけだ。別に、大学生に恨みがあるわけじゃない。
もしかすると、性格と服装は似ているのかも知れない。
内向的な性格の人間が暗くて地味な色を選ぶのも、イケイケでオラオラな性格の人間が上下黒のジャージにサングラスを掛けて、ルイヴィトンのサイドバックを片手に持ち、クロムハーツのネックレスを首から下げて風を切るように歩くのも納得だ。
だけど、内向的な自分が嫌で、抜け出したいと思って足掻いてる人もいる。
七ヶ扇さんは、去年の夏休みに八戸先輩を花火大会に誘って告白をしたらしい。同じ陰の者としては「ヤムチャしやがって」としか言えない行いだが、行動に移した原動力は賞賛に値する。……なんで偉そうなんだ?
八戸先輩は七ヶ扇さんを振った。
口では『男の娘が好き』って言っているけれど、恋愛対象とまではどうなんだろう? 僕をデートに誘ったのだって、『実際に男の娘と触れ合いたい』って理由だから、恋愛対象としては考えていない──と、思いたい──はずだ。
七ヶ扇さんを振った理由について、振られた本人の口から語らせるのは酷だと口を挟まずにいたけれども、いまになってもやもやする。なんというか、すっきりしないのだ。
歯と歯の間に挟まったすじ肉が、爪楊枝を使ってもなかなか取れないようなもどかしさ。そして歯茎を傷つけて、爪楊枝の先が赤く染まり、これより先に進むのを拒んでいるような拒絶感もあった。
他人のプライベートに首を突っ込むならば、それ相応の覚悟をするべきだ。
折角、汗水流して手入れをした庭に、スパイクシューズを履いた余所者に乱入されるのは御免被りたい。それでもスパイクシューズで向かうなら、荒らした芝生を整えて帰るように、最後まで責任を持つのが筋だ。
──今更なんだけどさ。
七ヶ扇さんは〈今更〉を、強調していたような気がする。彼女にとって夏の日の出来事は〈過去〉であり、どうにもできない〈事実〉なのだ。僕だって、その過去をどうこうできるとは毛ほども思っちゃいない。
だから、これは余計なお世話だ。
悪く言えば『興味本位』でもあり、野次馬根性だと言われても文句は言えない。でも、興味があった。
『好きでもない相手に告白される心境はどうですか?』
って訊くのは悪意がてんこ盛り過ぎるから、適切な言葉を選ぶつもりだ。勿論、そういう意味に取られても仕方がないし、白い目で見られるのも当然だろう。だれにだって、掘り返したくない過去や、嫌な思い出は必ずある。
そこにメスを入れるのだから、自分が傷つくのを恐れてはならないのだ。
* * *
八戸先輩は、今日も昨日と同じ場所で文庫本を読んでいた。フレームが無いタイプの眼鏡をかけている。どうして? と疑問に思っていたのが顔に出ていたらしく、八戸先輩は僕を見るなり眼鏡をクイっと上げてみせた。
「どうかな?」
「そうですね。屋根裏のゴミにそっくりです」
僕が言っている意味を理解したのか、八戸先輩は文庫本を閉じて横に置き、すっと立ち上がってから臆面もなく「アルセーヌ!」と叫んだ。
「トリックスターって言えなくもない、かな」
掴み所が無いという意味だったけど、目の前で恥ずかしいポージングをしている残念な先輩は、そうは捉えてくれずに得意顔で鼻を鳴らした。
「なかなか決まっているだろう?」
「罪を背負う者としては、ですけどね」
罪と書いてペルソナかい? と八戸先輩は零した。
それを〈罪〉と譬えるのは些か大袈裟か。でも、止むを得ずとはいえ、だれか酷く傷つけたならば〈罪〉と言っても過言じゃないだろう。冗談と受け取った八戸先輩は悪くない。僕だって、七ヶ扇さんのためにと思ってないのだから同罪だ。
僕は八戸先輩が置いた文庫本を手に取って、ぺらぺらと捲ってみた。活字と活字の間に、可愛いイラストが挟まれていた。ライトノベルのようだ。内容がはわからないまま八戸先輩に返して、文庫本があった場所に座った。
「なにかあった?」
「七ヶ扇さんに訊きました。振ったんですね」
「ああ、その話か」
僕の隣に腰を下ろして、鞄から紺色の眼鏡ケースを取り出し丁寧にしまう。あまり触れてほしくない内容だったようだ。さっきまでの笑顔はもうない。
「責めるつもりはありません。単純に、興味本位です」
「どうして彼女を振ったのか、その理由が知りたいんだね」
「はい。参考までに」
「参考、ねえ……」
と、苦々しく呟いた。
「それを知って、鶴賀君はどうするつもりなのかな?」
理由も無いのに答える必要があるのかな? という意味が含まれているように感じた。深い理由なんてなかった。言葉の通り、興味本位とうだけであり、理由がどうであれ、八戸先輩に対する感情は変わらない。
「これまで、そういう経験がなかったので……」
「その容姿でかい!?」
驚かれるような容姿ではないはずだが……。
「あ、いや。勿論、いい意味でだよ?」
「わざわざフォロー入れなくても、わかってますから」
それいま、どうでもいい話だ。
「八戸先輩は、見た目だけで言えばイケメンじゃないですか」
「褒められてはいないよね……?」
「僕は、恋愛がイマイチよくわからなくて」
──だれかを好きになったことがない?
──それもよくわかりません。
「なるほど、それは重症だね」
八戸先輩はそう言うと、腕時計を確認した。
「そろそろイチバスが来る。この話はあとで二人きりのときにでもしよう。それでいいかな?」
僕が頷きだけで返すと八戸先輩はゆっくり立ち上がり、僕に手を差し出した。
「一人で立てますよ」
「そうだろうね。だけど、そうじゃないときだってあるだろう?」
「はあ……。まあ、どうでしょうね」
差し出された手を掴んだらぐいっと引っ張られて、八戸先輩の体にぶつかってしまった。
「……なんのつもりですか」
「恋は、なにが引き金になるのかわからない。この接触がきっかけにだってなり得るんだよ」
「だからって、強引過ぎます」
と言いながら、突き放すようにして離れる。
「ときには強引にならなきゃ始まらない恋だってあるものさ」
どうだか。
少なからず、僕は八戸先輩に恋はしない。愛しさだって微塵にも感じない。
僕は、八戸先輩に恋愛感情を抱くことはないだろう。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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