【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百二十四時限目 ドーナツ一つ分の価値


「今更なんだけどさ」

 カフェオレの入ったコップに口をつけた。乾燥した唇を濡らさなけば、その後に続く言葉を上手く語れなかったのかも知れない。『今更』というくらいだから、七ヶ扇さんは、心の中で八戸先輩に対する気持ちに決着をつけたのだろうか。それとも『どうにもならない』って意味を重ねたのかは曖昧だ。

 僕は静かに頷いて、七ヶ扇さんの言葉に耳を傾けた。

「あたしって、ドがつくほど隠キャじゃない?」

 じゃない? って同意を求められても……。見た目だけで言うならば、僕に引けを取らずの隠キャラ風情がある。制服を着崩さず、髪も染めず、化粧もしていない──生徒会所属という立場だからってのもあるだろうけど──から『最近の女子高生』には分類されないだろう。

 キャピキャピしてないって喩えれば一昔前の表現だけど、普通はこんなもんじゃないか? とも思う。

 大体、僕の周りにいる女子が華やか過ぎるんだよ。天野さんにしても、月ノ宮さんにしても、関根さんやハラカーさんだって、当たり前のように化粧して学校に来る。一重に化粧が悪いとは言わないが、『化粧するのが当たり前』みたいな風潮を強要されるのは堅苦しいはずだ。

 まあ、若い頃から化粧に慣れておけば? 社会に出たときの苦労は多少減るだろうけど? 中学や高校から化粧していたら、肌にダメージとかないもんかね? ……とはいっても、中学から大学までは見た目が全てみたいなところがあるし、異性によく思われたいなら、男女問わず着飾ることは悪い行いではない。男子だって化粧水の一本くらいは、洗面台の鏡の裏に置いているような時代だからなあ。

「だから……ってわけじゃないんだろうけど、鶴賀くんの言う通り、告白して振られたわけ。脈が無いってわかってたから、そこまで凹まなかったけどさー」

 冗談っぽく話しる割には、辛そうな顔をする。

「それはいつの話なの?」

 傷口に塩を塗るような質問をしなければいけないなんて損な役回りだ、とか文句を垂れても始末が悪いだけで、七ヶ扇さんの僕に対する評価が上がるはずもない。僕は既に七ヶ扇さんの心を刺しているんだから、それこそ『今更』だろう。

「去年の夏、花火大会に誘って、その場の変な風にでも当てられたのか、勢い任せに告って呆気なく振られたわけよ」

「花火がトラウマになるね……」

「なんなら、帰りの満員電車もトラウマよ」

 ──ダブル役満で点数二倍ってやつですか。

 ──帰宅途中に雨が降ったのも追加してくれる?

 トリプル役満で三倍加点! これは酷い。

 麻雀の知識なんかこれっぽっちも無いけど、ありったけの知ったかぶりを披露していたら、七ヶ扇さんは破顔していた。

「話したらすっきりした気がする。ついさっきまでは殺してやろうかと思ってたけどー」

「僕の命は数百円分くらいの価値なのか」

「興味ないわー」

 左様ですかーって真似したら、割と普通にガチで睨まれた。(佐竹語録)

「……はい、これ」

 そう言って、七ヶ扇さんは僕に携帯端末を突きつけた。画面には、見慣れたデザインのメッセージアプリ。その中央には〈QRコード〉が映し出されている。

「だれのコード?」

「要らないならいいけど」

「冗談です欲しいですください」

 急いで追加すると、名前表示が〈ナナ〉になっていた。

 ──あだ名?

 ──コテハン。

 ああ、ですよねえ……。『刹那』にしてたらどうしようって心配もしたが、さすがにそこまで隠を極めていないようで安心した。

 どこにでもいるからなあ、刹那さん。

 そのおかげで『刹』と『那』と、ついでに『羅』の漢字は習う前より先に覚えたし、親の顔より見たまである。

「どうして教えてくれたの?」

「〝友だちかも〟で、表示されっぱなしにされそうだったから」

「なぜそれを……!?」

 さすがは同じ穴のむじな、よくご存知で。仮に僕が七ヶ扇さんのコテハンを考えるような日がきたら、ムジナって名を授けようと思う。

 それから二、三言葉を交わして、僕らは店の前で別れた。

 ムジナさんは一度たりとも振り向かずに、気怠そうに歩きながら新・梅ノ原方面へと向かっていった。「送ろうか」とも提案したけど、「彼氏でもない人と隣同士で歩きたくない」と断られ、僕の僅かな誠意さえも受け取って貰えなかった。

 だがしかし、メッセージアプリに『友だち登録』をさせたってことは、僕の小悪役っぷりも少しは役に立ったのだろう。

 別れ際に「生徒会のことは、話す気はないから」って念を押されたけど、裏を返せば『それ以外なら答える』ってわけだ。

 個人についての質問であれば、ムジナさんの答えられる範疇で答えてくれるはずであり、敵陣の幹部を買収したと言ってもいい。

 おまけに『ナナ』ときたもんだ。

 スパイで言えば、これほどに適したナンバーもないだろう。

「探偵にスパイか」

 これはいよいよ役者が揃ってきた。頭の中で007のアイキャッチが流れる。僕の生徒会加入に反対していた七ヶ扇さんも、明日にはころっと手の平を返すに違いない。

 ようやく、生徒会室にある応接室の鍵の行方も追える。

 ただ、不安要素が無いわけでもない。鍵を持ち去った犯人がだれなのかの目星は全然掴んでいないし、ジブリ先輩を筆頭に、先輩方の人間関係も複雑になっている。

 僕一人でこれらを解決するのは不可能じゃないか……?

 ──できるできないの話じゃなくて、できる方法を考えるんだ。

 ブラック八戸先輩ならこう言うだろう。こういった人種は無駄に意識高いから、取り扱いが面倒なんだ。インドに自分探しの旅にでも出てくれたら、この問題に頭を抱える必要もなくなるんだが。

 てか、日本で探せよ。日本で探せないのなら、他国に行って見つかるはずないだろ……。異文化コミュニケーションがしたいなら、駅前留学という手段だってあるだろうに。なんだったら、贔屓にしているインドカレー屋を紹介してもいい。

「だれに対して怒ってるんだろう……、疲れてるのかな」

 帰る途中にコンビニに寄って、モンエナでも買ってキメてから寝ようと思いながら駅までの道のりを歩いた。見上げた空に星は無く、暗雲が広がっている。

 襟元に入ってくる風も冷たい気がした。まだ夏は遠い。夏の季節になっても梅雨が邪魔をして、晴れ晴れした気分にはならなそうだ。

 なんだかちょっぴりセンチなのって、ポエムっぽく飾ってみたら、殊更に風が冷たくなった気がした。








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 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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