【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百二十二時限目 愛してしまえばいいのでは?


 帰り際、関根さんが〈ナナチー〉の番号を教えてくれた。

 入学式の一件以来〈友だち〉になったようで、気まぐれに連絡を取っているらしい。それ、一方的な〈友だち〉じゃないよね……? 自分が友だちだと思っていても、相手は〈知人〉程度の相手としか認識していなかったってオチだったら、僕は即座に『スタートボタン』『セレクトボタン』『Lボタン』と『Rボタン』を同時に押して、オープニングムービーを呆然と眺めながら、そっと電源ボタンを押すレベル。

 外はすっかり夜の色になっていた。

 街灯が照らす道すがらに、居酒屋のアルバイトに励む大学生風の男とすれ違った。やたらとカラフルなイベント法被はっぴは、微かに見覚えがある。どこで見たのかと一考して、ハラカーさんも似たようなイベント法被を着ていたのを思い出した。

 あの日、ハラカーさんが着ていたイベント法被は、目が痛くなるような桃色に、白の水玉が散りばめられていた。だが、大学生風の男が着用しているイベント法被は、古典的な勝色に、北斎画の真似をした白波が描かれている。これはこれで渋いが、夜の闇に紛れてしまって目立たない。声を張って呼び込めば、些かマシにはなるはずだけれど、やる気も無いのか覇気を感じられない声しか届いてこなかった。

 ──探偵だよ! 目の前にいるじゃん! 頑張るからー!

 うちの迷探偵とは大違いだ。関根さんは賑やかな場所が似合う。お祭りや、なんらかのイベント会場とか。去年の学園祭だってそうだ。ちょろちょろ動いてあぶなっかしくて、ついでに邪魔だなって思ったけど、天真爛漫な性格が功を奏して、売り上げにも貢献してくれていた。

 そんな彼女が自ら進んで『頑張る』と、言明したんだ。頼りっきりにはできないものの、及第点は付けられるくらいの成果は、出してくれると信じたい。

 関根さんに依頼したのは、ジブリ先輩の動向。

 いぬかいという名前と、ジブリネタで弄ると怒る以外に情報は無く、顔もわからない状態の先輩。

 ──ポッシボゥルなミッションだけど、名探偵に任せたまえ!

 僕の依頼に快諾した姿は、ちょっとだけ信用してもいいかなって思えた。心強い味方──とは言い難いが──を得たのだから、僕も胡座あぐらをかいたままではいられない。

 腕時計で時刻を確認する。

 梅高から駅へ向かう〈終バス〉が、東梅ノ原駅か、新・梅ノ原に到着する時間帯だ。左手に持っている鞄の中から携帯端末を取り出して、ナナチーさんの番号を呼び出す。あとは、通話ボタンを押すだけの簡単な作業なのに、どうにもいっかなこれまたどうして、昼間のやり取りを思い出してしまい、通話ボタンを押すのを躊躇ってしまった。逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ……。頭の中で繰り返し唱え、「よし」っと意を決してボタンを押した。

 耳に当てている携帯端末のスピーカーから、耳馴染みあるコール音が訊こえる。

 一回、二回、三回、四回目のコール音の途中で回線が繋がり、『……だれ』と訝しむような声が静寂を破った。

「もしもし。鶴賀です。二年の。昼休みに会った生徒会の」

『……だれ?』

 ま、まあ、そうなるよね。

 緊張のせいでたどたどしくなり、自分でもなにを喋ってるのか定かじゃなかった。昼休みに会ったといってもほんの数分。生徒会室では門前払い同様に追い返されたし、僕の存在感の無さも相俟って忘れ去っているのも頷ける。

「コホン。……えっと、八戸先輩の紹介で、生徒会に助っ人として招かれようとしている鶴賀優志です」

『二度言わなくてもわかるわよ』

 はっはっは。この人、殴りたい……。

『それで、なんで女子男子くんが私の番号知ってるの?』

 僕は「関根さんに頼み込んで教えて貰った」と、嘘を吐いた。仮にも、勝手に番号を他人に教えるような人って関根さんが思われては可哀想だ。捜査に協力して貰うのだから、それくらいの気は遣うべきだろう。

『ああ、あの騒がしい人ね』

「友だちだって訊いたからさ」

『友だちってほどじゃないわよ。すれ違ったら挨拶をする程度の関係』

 やっぱり、そうだったか……。

 関根さんは言葉を二、三交わすだけで〈友だち認定〉しちゃうような女子だから、もしかしたらとは思ってたんだよ。まさか、こうも早く言質が取れてしまうとは思いもしなかったけどね!

「そうなんだ……。あの、いま時間ある?」

『は? もしかしてナンパ?』

 だとしたら難破しているにも程があるだろ、とは口にせず、有り体な否定文を返した。

『冗談で言ったんだけど、なんか腹立つ』

「だったら、難解過ぎるクイズを出すの、やめてください……」

『そーれーでー』

 ご用件は? と、殊更に機嫌が悪そうに訊ねられた。

 ここで『生徒会について詳しく知りたい』と言えば、有無を言わさず通話を切られるのは予想がつく。慎重に言葉を選ばなければならないけれど、回答を待たせれば、それはそれで腹の虫を怒らせるだけだ。

 七ヶ扇さんが質問されて、怒らずに興味を持つような、お手頃な言葉はないものか。それこそ、今後、七ヶ扇さんの協力を得られるような質問が望ましい。

 ならば、もうこれしかない。




 * * *




 七ヶ扇さんは〈新・梅ノ原〉にいるようで、込み入った要件があるならと、東梅ノ原駅から新・梅ノ原へ向かう途中にある、ファーストフード店が並ぶ通りのミスドを指定した。

 競歩で向かうこと数分して、ようやく店に到着すると、七ヶ扇さんは店の前で待っていた。先に入って、ドーナツを肴にカフェオレを引っ掛けているとばかり思っていただけに、案外、律儀なところもあるんだなと感心。だが、出会い頭に『アンタの奢りだからね』という言葉によって、数秒前の感心は、夜空の彼方へと飛んで行った。

 七ヶ扇さんは当然かのように、隅に置いてあったプラスチック製のトレーを片手に、トングをカチカチ鳴らしながら、ケースの中にあるドーナツを吟味している。

「鶴賀くんは食べないの?」

「僕はいいや。オレンジジュースでも頼むから」

 そう言うと、七ヶ扇さんはピタリと動きを止めて、エンゼルクリームだけをトレーに乗せるとレジへ向かった。

「一つでいいの?」

「夕飯の前に二つも食べたら太るわよ。……別に、鶴賀くんの財布の中が心配とかじゃないから」

 急にツンデレみたいな台詞を吐いたと思ったら、レジのお姉さんに「あと、オレンジジュースとカフェオレを下さい」って、僕の分まで注文して、自分の財布から千円札を取り出しコイントレーに置く。

「二七〇円くらい、自分で払うよ」

 財布から三〇〇円を取り出そうとすると、「ここはお姉さんに任せなさい」と弾かれた。お姉さんって、同い年で身長も僕と大差ないじゃないか。身長も、僕と大差ないじゃないか……。切ない気分になったから、二回言いました。

 先を行く七ヶ扇さんの後ろをついていくと、左脇に抱える鞄から、犬の耳がついた、赤毛の男子キャラクターのアクリルキーホルダーが、右に左に揺れているのが見えた。

 見覚えのあるフォルムだと思って凝視していると、最近流行りの歌い手グループの一人だって思い出した。丁度、店の有線放送で、彼らの曲〈愛してしまえばいいのでは?〉が流れていたから思い出せたまでであって、メンバーの名前までは知らない。

 主に女子中学生、女子高校生に人気で、最近はアニメの主題歌まで担当している、いま、もっとも勢いがあるネットアイドルと言っても過言ではないだろう。

 なるほど、そういうことか。

 七ヶ扇さんは、彼らの曲が流れたから動きを止めただけで、僕の財布の中を心配したでもなく、急にツンデレたわけでもなかったのだ。

 大好きなアーティストの曲が訊けて気分がよくなり、オレンジジュースを奢ってくれたとするならば筋道がいい。

 僕の推理は、当たらずといえども遠からずって感じではなかろうか? 家に帰ったら一度くらいは、彼らの曲をちゃんと訊いてみよう。

 好む、好まないは別として。

 七ヶ扇さんは手頃にあった窓際の席に腰を下ろして、「座れば?」と目で訴えながら手差しする。

 こくりと首肯して、向かいの椅子に座った。

 トレーに乗ったままのオレンジジュースを手に取り、無言で僕の前に置いて、フンフン♪ と鼻歌を交えながら、スティックシュガーをカフェオレの上でポキっと割り、全部投入してグルグルかき混ぜている。

「いただきます」

「どうぞー」

 音楽は偉大だ。

 あんなに不機嫌丸出しだった七ヶ扇さんが、好きなアーティストの曲を耳にしただけで機嫌が回復したのだから。音楽セラピーって治療法もあるくらいだからな。自律神経に効果をもたらすCDだって販売している。大きな書店なんかで、よく見かけるやつだ。『ジブリの曲をオルゴールにしました』みたいな。

 ジブリ──。

 たった三文字の単語で、現実に引き戻された。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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