【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三十四時限目 ファミレス注文問題[後]
「随分と久しぶりな気がするわ」
店員さんに通された席は、初めて会った日と同じ席だった。
「この席に、運命的なものを感じてしまうわね」
「大袈裟だよー」
と答えながら、メニュー表に手を伸ばして、レンちゃんが読みやすいように広げた。
──私は……。
「え、なに?」
店内に流れるBGMと、周囲の雑談の声で訊き取れず、「もう一度言って?」の意味を込めて訊ねたけれど、レンちゃんは首を左右に振った。
「なんでもないわ。……そんなことより、ユウちゃんはなに食べる?」
そんなこと、で片付けていい話だったのかな。でも、詮索したら気を悪くさせてしまうかも知れないし、単なる独り言だったなら二度も言いたくないよねと結論付けて、メニュー表に目を落とした。
ハンバーグ、ミックスグリル、ステーキなんて素敵ねえ……、なんて下らない駄洒落を胸中に留めて、ご機嫌に添えられた『参考写真』を見やる。
料理名の横に添えられた写真は、どれも湯気が立ち込めて、高級レストランで提供されそうな映り具合だけれど、実物はもっとこう、不景気にリーズナブルをプラスして、更に、人件費やらなんやらを差っ引いた物が出てくるんだろう。アベノミクスだか知らないけれど、ハンバーグの付け合わせに、ベジタブルミックスを添えるのだけはやめて欲しい。
フォークとナイフでベジタブルミックスと対峙したときの絶望感といったら、ゼット戦士全滅くらいの悲壮感すら漂うんだよ? せめてスプーンを下さい。なんならお箸でもいいいから! って懇願したくなる気持ち、だれしも一度は経験してると思う。
お肉のページをさらっと受け流すように捲ったレンちゃんを見て、ふと疑問に思った。
普通の女の子って、なにを注文するのが正解なんだろう……?
女子高生がファミレスで「わあ、ステーキよ! 素敵♪」と注文する姿は想像し難い。私的にはあり寄りのありで、お肉を美味しそうに食べる姿は微笑ましいけれも。じゃあ、無難にミックスグリルはどう?
「ハンバーグ、エビフライ、鶏肉のソテーが一緒になってるなんて、まるでメインディッシュのエレクトリックパレードだわ♪」
……ともならないよね。
難しい、意外に難しいって唸っていると、大切なことを思い出した。
いや、思い出してしまったと言い換えるべき?
私の正体が優志であること、それは、既にバレている。
その事実に気がついて、今更ながら、『レンちゃん』と呼ぶのは馴れ馴れし過ぎるのでは? と、忽ち恥ずかしくなってきた。
「顔赤いけど、どうしたの?」
「あ、ううん。大丈夫!」
一瞬だけ、優志の感覚に戻ってしまった。
「私は決まったけど、ユウちゃんは決まった?」
「え、えっと……」
そうだ。
この際、本物の女子高生に答えを訊ねてみよう。そのほうが手っ取り早いし、間違えることもなくなる。
「変なこと、訊いてもいい?」
「うん?」
「〝普通の女子高生〟って、なにを注文するのが正解なのかな……」
え? と、レンちゃん戸惑いの声を漏らした。
「まだ、女の子がなにを好むのかわからなくて」
「そういうことね」
レンちゃんはぶつぶつと独り言を呪文のように唱えながら、メニュー表を何度も開いては、次のページを開き、あーでもないし、こーでもないしと頭を抱えた。
暫くの間、レンちゃんはメニュー表と睨めっこしていたけれど、はたと顔を上げて私を見た。
「一緒にいる相手にもよるけど、あまりがっつりした男子向きなメニューは頼まないわね」
つまり、お肉系は全滅で、ラーメンはぎりぎり許せる範囲って感じかなあ……?
「気心の知れた間柄でも、ミックスグリルが限界ね」
「どうしてミックスグリルはいいの?」
肉料理が無し寄りの無しなら、ミックスグリルだって例外にはならないはずじゃない? 不躾に訊ねた私を咎めずに、レンちゃんは丁寧な口調で答えた。
「ミックスグリルは、いろんな味が楽しめるからよ。男子は一つの物をお腹いっぱい食べたいと思うけれど、女性は色々な味を少しずつ楽しみたいの」
全ての女性がそうではないわよ? と、注釈を付け足した。
「無難に済ませたいなら、パスタ、ピザ、ドリア辺りがいいとは思うけど」
「けど?」
「私はそういうの気にしないから、食べたい物を注文していいわよ?」
なるほど……。
女子世界において、がっつり系の肉料理を人前で食べることは憚られるということがわかった。
『ねえ見て! あの人、人目を気にしないでステーキなんか食べてるわ! 女性なのに恥ずかしいわねえ……』
なんて思われた日には、人生の終わりを悟る勢いなわけだ……、なにそれ超怖い。
マナー講師が教える『とんでもマナー講座』に近いものを感じた私は、レンちゃんが持ってきてくれた水に口をつけていいものかどうかさえ悩みそうになる。
先方が出したお茶に手をつけるのは、マナー講師的にはマナー違反なんだって。
小学校では、給食を残すことがマナー違反だったのにね? 不思議な話ねえー。
「変な気を回さないでいいわよ?」
「う、うん……。明太子パスタにする」
こんな些細なことにも落とし穴があるなら、この先、あと何回こういう疑問にぶつかるのか。その前に、パスタだけでお腹が満たされるのか? いまはそれだけが心配。
自分の設定をどれだけ注ぎ込んでも、姿を女の子に変えたとしても、胃の大きさまではどうにもならない。
根本的な問題というのは、ちょっとやそっとじゃ変えられたりしないんだ。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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