【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三十四時限目 ファミレス注文問題[中]
上り電車と下り電車のホームには屋根が掛かかっていて、中央には電車が停止する線路が敷かれている。
屋根と屋根の隙間から照らす太陽光が眩しくて、右手で傘を作った。傍から見れば、遠方を覗き込んでいるように見えなくもないポーズを取り、下り電車の到着を待っていると、軽快なメロディが鳴り響き、『黄色い線の内側までお下がり下さい』の構内アナウンスが流れた。
私を乗せた電車は、ガタゴト揺れながら徐々に速度を上げていく。
たまたま空いてた隅の席に、ゆっくり腰を下ろした。周囲を伺うと、所々に虫食いのような空白がある。座っている人の大半は、死んだ魚のような目をして携帯端末の画面に釘付け。
猫も杓子も暇潰しの大抵がこれで、漫画や小説、音楽やゲームだって、小さな画面の中で全てが完結する。
こんなに手軽で便利な発明はないともあれ、携帯端末に頼りきりはよくない……と思いつつも、気がつけば顰に倣うように握ってるんだから、現代人とは切っても切れない関係だ。
目的地に到着するまでの間、携帯端末に頼りきりではいられないと思い、画面を切って鞄に戻す。
電車に乗る前に刺さった棘は、まだ心臓に突き刺さったまま、しくしくと痛み続けていた。痛みの正体を探らなきゃ、鶴賀君の前で上手く笑えそうにないと思い、瞼を閉じて視覚から得る情報の全てを遮断した。
赤とも黒とも言えない空間を見つめながら、もう一人の自分に語りかけるように、頭の中で言葉を紡ぐ。
彼は、教室で窓の外を見ているか、本を読んでいるか、佐竹に絡まれて迷惑そうな顔をしてる。単独行動が多い。私や楓が訪ねてもいい顔はせず、迷惑そうにそっぽを向くのが常だ。コミュニケーションが苦手という印象だけど、二人でお弁当を食べたときは、話をちゃんと訊いてくれてたし、受け答えに問題もなかった。
本当は、普通にお喋りがしたいのかも。
普通という例え方には違和感覚えるけど、実はお喋りが好きな明るい性格だったとしたら、昔の鶴賀君はどこにいってしまったのかしら。なにがそこまで、鶴賀君を変えてしまったの? そして〈優梨〉という存在こそが本来の鶴賀君だったなら、私はどちらの鶴賀君を好きになったのかわからなくなる。
鶴賀君も、ユウちゃんも、同じ体なのに、どちらかを選ぼうとしているなんて……。
「はあ……」
過度に冷えた電車の中、憂いがぎっしり詰まった溜め息は、瞼の内側で白く濁って見えた気がした。
彼に、なにをしてあげられるだろう。
彼女に、なにを与えられるだろう。
ユウちゃんのことを想うと胸がぎゅうって締め付けられて、甘く切ない感情の波が押しては返すを繰り返す……なんて、少女漫画の主人公みたいな柄じゃない。
漫画の世界はキラキラと輝いて見えるけど、現実はもっと燻んだ色をしている。期待、願望、欲望、嫉妬、それらが混ざり合った色は、黄色と黒を混ぜたような感じで気持悪く映るんだ。
だけど、ユウちゃんだけは違った。異次元的な存在に近い。別格と言っていいほどの可愛さで、いまでも『鶴賀君の女装した姿』ってのが信じら
ずにいる。
ネットで調べたら『男の娘』って結構いて、だれもが女子と見紛うくらい可愛いかった。男子なのに、女子よりも女子らしい。だけどやっぱりユウちゃんは特別だわ! って、どんだけ好きなのよ。
彼女を贔屓目に見ているなら、鶴賀君にだって同じくらいの感情が芽生えてもおかしくない。長い時間を共有すれば、恋愛感情だって……。話題を考えるって行為は、相手にどれだけ興味があるのか考えるのと同じ。なにが好きで、なにが嫌いなのか。どういう考え方で、どうしてその道を選んだのか。
その質問を投げかけることに、恐怖がないわけじゃない。
自分と違う価値観を持つ人と、上手くやってく自信なんかこれっぽっちも持ち合わせてないけど、弱い自分に胡座をかいて現状を見守る、なんて性分でもないし、なにより、私は、彼と彼女について知りたかった。
「……策は浮かばず、ね」
車掌さんの鼻に掛かったアナウンスが訊こえて、私は立ち上がた。
* * *
思いのほか、待ち合わせ場所に早く着いた。
東梅ノ原周辺には、ファミレスがあったり、カラオケがあったり、ファーストフード店が並ぶ。休日の昼間となれば、埼玉の片田舎であっても人の往来は増加する。でも、所詮は田舎。都内のように大勢が参列する店もなければ、目ぼしい観光スポットも無く、所々にシャッターが閉まった店も点在していた。
しかしいっかなこれまたどうして、道行く人の視線が痛い。待ち合わせ時間ぴったりに到着すれば、観衆の視線を浴びることもなかったはずだけど、待ち合わせ時間に間に合わず、「ごめん。待った?」なんて台詞を吐いたら、否が応でも『デート』を意識してしまう。
腕時計で時刻を確認すると、まだ一〇分くらいしか経過してない。体感時間では、既に一時間近く立ち尽くしている気分だ。太陽がじりじりと肌を焼く。日焼け止めクリームを塗ってきて正解だった。もし塗らずに待っていたら、小麦色の肌でレンちゃんを出迎えることになっていたかも知れない。
日焼け止めを使ったのは久しぶりだった。遡ると、中学の修学旅行で沖縄に行った以来だと思う。
以降は、日焼け止めを使う必要すらない夏だった。インドア趣味だから、紫外線対策なんてせずとも問題ない。然し、今年からはそうもいかなくなる予感がする。
夏休み中、だれかしらに呼び出される可能性が高まった。特に、佐竹君なんて宿題そっちのけで、しょっちゅう連絡してきそう。
毎年、宿題と読書とゲーム三昧だった夏休みだったけれども、派手なイベントでカレンダーを塗り潰すのも悪くはないかな。
それにしても、暑い。
先に入って涼んでいいよね? と、店内に入ろうと思った矢先、レンちゃんが小走りで駆け寄ってきた。
「ごめん、遅れちゃった?」
「ううん。五分前だよ」
腕時計をレンちゃんに向けて、遅刻じゃない証明をした。五分前行動なんて社会人みたいだね、と言ったら、レンちゃんは両手を広げてくるりんと一回転した。
「こんな格好の社会人がいて堪るもんですか」
翻ったワンピースのフレアスカートを両手で抑えながら、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ところで、どうしてユウちゃんの姿なの?」
「せっかく会うんだし、この姿のほうがいいと思ったんだけど……ダメ、だった?」
言われてみると、レンちゃんは『鶴賀君に会いたい』を強調していた気がしなくもない。忖度したつもりだったのに、それが返って裏目に出てしまっただろうか……と、不安が過ぎる。
「そんなことないわ。ちょっと、驚いただけよ」
レンちゃんは両手を突き出して、焦ったように訂正した。
「とにかく、中に入らない?」
こうも暑いと気が滅入るわね……、と言いながら、片手を団扇にして扇ぐ。
「うん、いこっか」
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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