【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三十二時限目 雨が降っても地は固まらず[中の下]
楓ちゃんが、ちらり腕時計を見やる。
「そろそろ、話し合いを始めましょうか」
弛緩した空気が再び張り詰めて、私はごくりと息を呑む。
店内に流れていた曲が、メロウなジャズからボサノバに変わった。この曲は、初めてダンデライオンを訪れたときにかかっっていた曲だから覚えてる。『これぞ、カフェのBGM』って雰囲気な、陽気で落ち着いた感じの曲だが、話し合いのBGMとしては似つかわしくない。
話し合いを始める前に、訊かなきゃいけないことがあった。
その話題を切り出すには、ありったけの勇気をふり絞らなければならなくて、拒絶でもされたらどうしようって思うと、内股に閉じた足が震えた。
だけど、言わなきゃなにも始まらない。
ううん、と頭を振る。
終わらせるために、始めなきゃいけないんだ。
* * *
「みんなに訊きたいことがあるんだけど」
緊張で喉が締まり、息苦しさを覚える。
照史さんが用意してくれた水に浮かんでいた氷は溶けて、コップの表面は水滴で濡れていた。手に取ると、コップの底に溜まっていた水が弾け、テーブルに湿り気のある輪っかを残した。
ごくごくっと半分くらい飲んで、輪っかの縁に外れないようにコップを置き、喉の調子を確かめるためにコホンと咳払いをしてみた。
大丈夫、声は震えない。
そう確信してから口を開く。
「みんなは〝優志〟のことを、どう思ってるのかな……?」
言ってしまった──。
発してしまった言葉は、二度と口に戻ってこない。だからこそ、発言は慎重にするべきだ。迂闊に口を滑らせれば、取り返しのつかない大惨事にだってなり得る。
ベルリンの壁が崩壊したのも、だれかが口を滑らせたからだってネット記事で読んだことがあったけど、それは眉唾物の不確かな記事で、信じるか信じないかはアナタ次第みたいな都市伝説かも知れない。
でも、『口は災いの元』ってことわざもあるくらいだ。
発言には責任が伴うって理解しないと、痛い目を見るのは自分自身である。水面に石を投じれば波紋が広がり、その波紋は徐々に勢力を増していくのだ。沖で発生した波が海岸に到達する頃に、大きな波になるのと同じような原理。
小説などで感情を波に例えるのは、そういう理由からだと私は思う。
押しては返す感情の渦って一文には、期待と不安が入り乱れて、二進も三進もいかなくなった心の乱れを表現しているのだけれど、私の心には不安しかない。
「どうって、言われてもなあ……」
「そうねえ……」
「深く考えたことはないのですが……」
ボサノバと、照史さんが明日の仕込みをする物音だけでいっぱいだった店内に、暢気な声が三つほど転がり込んだ。
「友だち、だな」
「友だち、ね」
「恋敵、です」
三人は、きっぱりと断言する。
楓ちゃんだけ『ライバル』と称していたけど、きっと『恋敵』の当て字なんだろうなと予想できて、ふっと笑ってしまった。
「つか、この際だからぶっちゃけるわ」
「え、別にぶっちゃけなくてもいいよ?」
「言わせろ!?」
しんと静まり返ると、佐竹君は居心地悪そうに両手で顔を覆ってごしごしと擦る。
「黙るんじゃねえよ……」
「いいから、話しなさいよ」
レンちゃんに催促されて、佐竹君はすーっと息を吸った。
「俺は優梨のことが好きで、優志は友だちだと思ってる」
うん、と私は頷く。
「優梨が俺を選んでくれるなら、優志とも恋人関係になる覚悟はできた」
「本気で言ってるの?」
「ガチだ」
これが冗談だったら本気で怒るところだけど、佐竹君は精悍な面構えで、とても冗談を言っているようには思えない。
「優梨と優志は二人で一人なんだろ? だったら、俺も覚悟を決めなきゃいけないだろうが」
「はあ……、やっと本気になったわね」
その言葉を聞いた天野さんは、満足そうな笑みを浮かべていた。
「それくらいぶっちゃけてたほうが、アンタらしいわ」
──茶化すなっつの!
──茶化してないわよ?
「それでこそ、佐竹だって思ったんだから」
そして、今度はレンちゃんが私を見る。
「私だって、佐竹と同じ気持ち」
楓ちゃんの視線が痛いんですけど……。
レンちゃんには、あまりぶっちゃけて欲しくないのが私の心境です。
「でも、私は佐竹みたいに割り切れてないの」
「そうだよね……」
「だって、鶴賀君とユウちゃん同一人物だって知ったのはつい最近なのよ?」
それだって、数日前の話じゃない……と、悲しげに俯いた。
「だけど」
レンちゃんは顔を上げて、襟を正した。
「自分の気持ちに、嘘はつきたくない」
その声は力強く、はっきりと耳に届いた。
「鶴賀君はまだ友だちだけど、必ず好きになってみせるわ。……そのための時間が欲しい」
批判的な意見が飛び交うと思ってただけに、動揺を隠し切れずにいたら、さっきまで睨んでいた楓ちゃんが深く深呼吸をして、決意表明でもしそうな勢いで背を伸ばす。
「では、私の順番ですね」
私と佐竹君があわあわしている様子を見て、事情を知らないレンちゃんだけが小首を傾げる。
「二人とも、どうしたの?」
私と佐竹君を交互に見やり、楓ちゃんは『なにも言うな』と目で語った。
「私は、優志さんも、優梨さんにも、特別な感情を抱いてはいません」
「……まあ、それならそれでいいんじゃないかしら」
「私が好きなのは、恋莉さんだからです」
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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