【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一十六時限目 生徒会は混沌を極めている


「全員と打ち解けろ、なんて言わないですよね」

 そんなことをしていたら、一年間という時間があっという間に溶ける。それに、本来の目的が最優先のはずだ。人間関係を構築するのは重要だけど、僕は生徒会活動をするために生徒会へやってきたわけじゃない。

「そうだね。自分もそこまでは望んでいないよ」

 然し、と八戸先輩は訳知り顔で言葉を繋ぐ。

「パイプを繋げておく、それが肝心なんだ」

 千葉先輩はその言葉を訊いて、思い当たる節でもあるのか、「あはは……」と乾いた笑みを零した。

 千葉先輩も僕と同じで、人間関係を築くのが苦手なタイプだと思う。心理学的に言うと、声が小さいのは『自信がない』ことの表れらしい。世の中にいる声が小さい人全員に当てはまるとは思わないが、千葉先輩からは陰湿なオーラみたいなものを感じて止まない。

「八戸……、あまり時間が無い……」

「ああ、そうだね」

 そう指摘された八戸先輩は、会長席の横にある開かずの部屋となってしまった応接室のドアの前に移動した。そして、ドアノブに手をかけて、ガチャガチャと数回捻ってから、「やっぱり開かないか」と、演技っぽく落胆する。

「鍵を盗んだ犯人は、生徒会のだれかだ」

「根拠はあるんですか」

「生徒会が使用する鍵は、全て職員室に預けてある。それを持ち出せるのも、生徒会役員だけだ」

 八戸先輩の話を鵜呑みにするならば、そういうことになる。

 でも、第三者が介入できないわけじゃない。

 例えば、応接室に近づい欲しくないヤツがいて、ソイツと生徒会役員のだれかが手を組んでいる可能性だってあるあ……ないか。

 応接室に近づいて欲しくない、と一番に考えるのは八戸先輩だろう。私物を応接室に隠しているし、が見つかれば大問題に発展し兼ねない。

 鍵を盗んだ犯人として、先ず名前が上がるのが八戸先輩だが、仮に、八戸先輩が犯人だとするなら、「鍵を探してくれ」って、部外者である僕を呼ぶ理由が無いのだ。

 第三者を交えて混乱を生じさせたいなら、それこそ関根さんが適任だろう。迷探偵の彼女なら、いい感じに場を荒らしてくれるはずだ。もちろん、悪い意味で。

 よって、八戸先輩は容疑者から外していい。

「もしかして、自分を疑っていたりするかい?」

「ええ。第一発見者を疑うのは、捜査の基本らしいので」 

「それ……、刑事ドラマで……、言ってた……」

 その通り。

 これは、右京さんの受け売りだ。

「でも、八戸先輩が犯人説は薄いですね」

「八戸は……、そこまで、バカじゃないよ……」

「フォローになっていない気がするが、一応、礼を言っておくよ」

 ──ありがとう、龍之介。

 ──い、いや。……うん。どういたしまして……。

 千葉先輩は頬を薄っすら赤く染めて、後頭部辺りをがしがし掻いた。千葉先輩にはどうやら、照れると後頭部を掻く癖があるようだ。あまり感情が読み取れない人だけど、喜怒哀楽は『後頭部を掻く』みたいな癖で表現しているらしい。

「鶴賀くんは……、ぼくも疑ってる……?」

「あー……」

 めちゃくちゃ疑ってます、なんて正直に言ったら、あとで屋上から飛び降りそうなメンタルっぽいんだよな、千葉先輩って。見た目も根暗を極めし者だし……と思って、当たり障りの無い言葉を選んだ。

「千葉先輩も、違うと思いますよ……?」

「よかったあ……」

「さすがに龍之介は犯人じゃないだろう。頭がいいからね」

 頭がいいから犯人じゃないって言い分は、頭が悪過ぎて賛同できないけど、『数学の鬼』と呼ばれる千葉先輩が犯人だったら、もっと狡猾に犯行を企てるはずだ。それこそ、生徒会役員のだれかにバレるなんてヘマはせず、卒業間近になってから、だれに悟られることなく鍵を戻すまで計算に入れて行動するだろう。

 僕の知り得る『頭がいい』人物ならば、それくらい容易くやってのけるはずだ。

 そうこうしていると、ドアを三回ノックして、ボーイッシュな風貌の女性が「おはよう」と爽やかな笑みを湛えながら入ってきた。高身長で、スラッとした体のラインはパリコレモデルと未紛えてもおかしくない。いや、ここは日本だ。歌劇団の男役って言ったほうが想像に容易い。

「まさか二人に先を越されるとはね……」

 ハスキーな声で、芯が通っているように感じた。

「……そちらの方は?」 

 目が合うと、僕が立っている位置まで近づいてくる。その姿は、レッドカーペットの上を颯爽と歩く舞台役者と重なって、ドッと緊張が押し寄せてきた。

「彼は、二年生の鶴賀優志君だ」

「そう……。生徒会長の島津瑠璃です」

 よろしく、鶴賀君、と手を差し出され、潜みに倣うようにその手を握ると、島津会長の手は雪のように冷たい。

「冷たくてごめんね?」

 島津先輩は微笑みを湛えたけれど、その笑みがどうも作り笑顔のように映った。

「い、いえ……」 

「それで」

 と、僕の手を離してから、島津会長は窓付近にいる八戸先輩の元へ足早に向かった。

「どうしてのぞむがここにいるの?」

 僕と接したときとは打って変わり、高圧的な態度で詰め寄る。いまにも八戸先輩の首根っこを掴んで、廊下に叩き出しそうな勢いだ。

「素晴らしい助っ人を呼んできただけさ。すぐに帰るよ」

「助っ人なんて、頼んでない」

 一触即発な雰囲気の中、この二人を止められるのは千葉先輩だけだが、千葉先輩はデスクに座って知らんりを決め込んでいる。

 ええ……、同級生でしょう……?

 すると、またしてもドアをノックする音が飛び込んできた。

「おはようございます。……あ」

 この状況を見て全てを察した彼女は、「失礼しましたー」とドアを閉めようとする。然し、八戸先輩は彼女に向かって、「おはよう、七ヶ扇ななおうぎ君!」と、助けを求めるように大声で呼びつけた。

「げえ」

 いま、『げえ』って言ったよね?

 七ヶ扇と呼ばれた女の子は、殊更に嫌そうな顔をしながら、泣く泣く生徒会室に入ってきた。

「朝からイチャイチャするの、迷惑なのでやめて欲しいとあれほど言ったじゃないですかー」

 パーマを当てたような癖っ毛の女の子は、七ヶ扇という名前らしい。島津会長のような覇気は無く、どちらかというとうちのクラスの担任、三木原先生と似たタイプのようだ。間延びした語尾も、そこはかとなく三木原先生を彷彿とさせる。

「自分のタイプは可愛いらしい男の娘だから、瑠璃はタイプじゃない」

「わたしだって、望みたいな変態と付き合うなんてあり得ないから」

「息ぴったりなのにー?」

 七ヶ扇さんは、面倒臭そうに会議スペースを迂回して、左手前のデスクに鞄を放り投げるようにドサっと置いた。

「で、アンタだれ?」

「二年の鶴賀、です」

「……だれ?」

 いや、自己紹介したばかりですよね……?

「八戸が連れてきた……、助っ人……」

 と、千葉先輩が説明してくれたけど、声が小さ過ぎて七ヶ扇さんの耳には届かなかったらしい。千葉先輩を無視する形で、七ヶ扇さんは僕を訝るように睨んだ。

「見ての通り、現在は立て込んでるから」

「……から?」

「いや、空気」

「くう、き……?」

 まさか、空気を読みまくるで定評のある僕に、『空気を読め』って指図する人が現れるとは思いもしなかった。

「またのご来店を、生徒会一同、心よりお待ちしてまーす」

 お引き取りください、の意味を込めた右手が出入口へと向けられる。

「八戸先輩、いきましょうか」 

「いや、しかし……」

「訊きたいことが山ほどあるので」

 言葉尻を強くすると、八戸先輩は観念したのか頷いて、「仕方ない、出直そう」と嘆くように呟く。

 僕が先に廊下に出て、八戸先輩が出てくるのを待っていると、後ろから「もう来るな」と、島津会長の声が飛んできた。

 ガチャリとドアが閉まると、八戸先輩は深刻そうに溜め息を吐き、「すまない」と頭を下げて詫びを入れる。

「どういう状況なのか、ちゃんと説明してくれますよね?」

「ああ。そうせざるを得ないね」

 僕らはその場から離れて、食堂に続く道を進んだ。

 そして、食堂前にある階段に腰を下ろす。

「どこから話せばいいかな」

「端折られても困るので、全部話してください」

「全部かい!?」

 僕は無言で頷いた。

「そうなると長くなるから、また昼休みにでもいいかな?」

 腕時計で時刻を確認すると、朝礼の予鈴が鳴るまで三〇分くらいの余裕はあった。

「それまでに、話すべきことを纏めておきたいんだ」

「……わかりました」

 余計な話を三〇分訊かされるよりはいいか、と納得して、僕は階段から立ち上がる。

「それじゃあ、昼に食堂でいいですか」

「ああ、よろしく頼むよ」

 失礼します、と僕がその場を離れても、八戸先輩は物思いにふけるように、その場で片膝を伸ばして座ったまま、ぼうっと空を眺めていた。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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