【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一十三時限目 生徒会の内部事情


 送迎バスが学校下のロータリーへ到着した。

 先輩は全員がバスから降りるのを見計らって席を立ち、「どうぞ」と右手を差し出した。振る舞いこそ英国紳士のそれに近いけれど、八戸先輩のことだから、男の娘の手に触れたいとか思ってるんだろうと思うと手を取るか悩んでしまう。

 然し、八戸先輩は強引に僕の手を取ってぐいっと軽く力を入れて引っ張った。

「ありがとうございます」

 謝意を告げると、八戸先輩は照れる素振りすら見せず、簡単に手を離してから「当然のことさ」って演技ぶった口調でキザっぽく決めた。




「この坂道には慣れたかい?」

「慣れませんよ。まったく」

 八戸先輩は急勾配の坂道でも表情を変えず、足を動かしながら訊ねる。余裕そうなのが腹立たしいが、この坂を上がって足掛け三年になる八戸先輩に体力で敵うはずもない。それに、演劇部に所属しているから体力作りもしているだろう。いつも発声が妙にハキハキしているのは、肺活量のみならず、声の出し方も工夫しているに違いない。

「それくらいが丁度いいのかも知れないね」

「なにがですか」

「ちょっとひ弱なほうが、守りたいって本能を擽るんだ」

 だってキミは男の娘なんだからってドヤ顔で持論を持ち出されても、僕はどう反応すればいいのか途方に暮れるばかりだ。

 このままだと、『コトミックス先生の本では』って話が続きそうだから、話題を替えようと言葉を探し、バスの中でしていた話に戻そうと声をかけた。

「さっきの続きなんですけど」

「ああ、生徒会の話が途中だったね」

「生徒会がどういう組織なのかは概ね理解しましたが、には触れてません」

 八戸先輩の歩行速度が、気持ちばかり減少した。

「事の発端は、生徒会長決めだった」

 まあ、そうだろうなとは思っていた。

 会長と副会長が揉めるのに、それ以外の理由は考え難い。『生徒会役員たちの親睦を深めるために桃鉄をプレイした』とならば、それはそれで深い溝ができるけれど、お堅い頭の生徒会役員たちが桃鉄をする絵は想像ができないもんなあ……。逆をいえば、桃鉄は縁を切る絶好のゲームであると証明されてしまうけど、そこんところは『バーイハドソン!』って感じでよろしくどうぞ。

「たしか、生徒会長は〝生徒会の中から選ぶ〟という話ですよね」

 八戸先輩は声に出さず、首を縦に振るだけで返事とした。

「だからこそ、生徒会は閉鎖的とも言える」

 いつでも生徒会に入ることはできるけど、生徒会長を決める会議は一年に一度だから、その会議で選出されなければ来年度まで待たなければならない。

 だが、生徒会長に選ばれるのは〈新三年生〉という暗黙のルールがあり、現三年生は留年でもしない限り次のチャンスは訪れない。

「……っと、ここまで説明したけど質問はあるだろうか」

「いいえ」

 暗黙のルールが他にもありそうだけれど、それをツッコんだらいつまでも本題には入れない。ここは、話の腰を折らないように、訊くに徹したほうがいいと耳を峙てた。

「そして、選ばれたのが島津瑠璃だ」

「現生徒会長ですね」

「でも、瑠璃にはちょっと問題があってね……」

 八戸先輩は言い難そうに苦笑いを浮かべた。

「どんな問題が?」

「瑠璃は一度、生徒会を辞めているんだ」

 生徒会を辞めて復帰した人間には、生徒会長になれないってルールでもあるのだろうか? そんな疑問が浮かんで八戸先輩に訊ねたら、そんなルールはないって否定された。

「じゃあ、それのなにがいけないんですか」

「いま、ルールという話が出たよね?」

 はい、と相槌を打つ。

「たしかに〝一度でも生徒会を辞めたら生徒会長になれない〟なんてルールは存在しなけど、だからと言って、生徒会長になりたかったヤツが納得するとは限らない」

 その気持ちはわからなくはないけど、選ばれなかったのは自己アピールが足りなかったからじゃないか? とも思うんだよなあ……。

「つまり、現副会長のいぬかいが納得していないんだ」

「犬飼……先輩?」

「犬飼……〝〟という名前なんだ」

 お、おお……キラキラネーム。

「犬飼の両親がのファンらしくてね。〝羽宇琉〟って呼ぶと、血相を変えて怒るんだよ」

「そ、それは……」

 せっかく『犬飼』という格好いい苗字なのに、名前がそれでは悪目立ちもするだろう。これまで何度も『カルシファーはどうしたんだー?』って揶揄われてきたのかって思うと、お悔やみ申し上げるとしか言えないけれど、唯一の救いはその作品でよかったってことだ。

 もし『コハク』って名前だったら、『犬飼コハクう……? アンタにゃ勿体無い名前だね。今日から〝犬〟って名乗りな!』と勝手にあだ名を決められて、最終的には『ワンワン』とか呼ばれるようになり、嬉しくなっちゃうなーあ! を、宴会の席でぐるぐるどっかん踊らされる運命まで見えてしまった。

「どうしたんだい、鶴賀君? 顔色が悪いね」

「い、いえ。犬飼先輩が不憫に思えてしまって」

 会ったこともない先輩の将来を心配しても無意味だろと、ワンワンにさよならを告げるように頭を振った。

「で、ワ……犬飼先輩はなんと?」

 危うく『ワンワン先輩』と呼びそうになった。

「生徒会業務をボイコットしているんだよ」

「それじゃあ、犬飼先輩がどうしたいのかもわからないってことですよね」

 察しがよくて助かるよ、と八戸先輩は疲れたような笑顔を見せた。

「犬飼を訪ねても、生徒会役員を見るなりどこかへ行ってしまってね……」

 ──まるで飼われてくれないよ、犬飼なのにね。

「上手いこと言ったみたいにドヤ顔しないで下さい。全然上手くないですから」

「つれないなあ」

 僕が生徒会の力になれることは、そう多くない。

 強いていうなら減った人員の補充くらいで、内職程度の簡単な業務だけだが、急を要するようなイベントでもあるのだろうか。

「問題は犬飼だけじゃないんだよ」

「え」

「瑠璃も瑠璃で、生徒会長の責務を果たそうと躍起になるのはいいんだが、どうも空回りしててさ」

 空回りするほど躍起になれば、ミスもどんどん増えていくだろう。

 島津先輩が『犬飼先輩に認めて欲しい』という理由で動いているなら逆効果で、空回りがしっかりと歯車を噛み合わせ、生徒会が正常に機能してしまうと犬飼先輩の居場所がなくなる。

 そうなってしまったら、犬飼先輩は余計に戻ってこれなくなるだろう……そして、オーバーワークを続けていた島津先輩だって、いずれ体力の限界を迎えて倒れてしまうはずだ。

 このままだとツートップがいなくなって、生徒会が崩壊するかも知れない。

「八戸先輩は僕にどうして欲しいんですか?」

 これが一番の疑問だ。

 僕は生徒会の業務なんて全く知らないし、生徒会役員たちと仲よく連携を取れるはずもない。むしろ、僕という異分子が介入することで、崩壊を助長させてしまう可能性もあるんじゃないだろうか?

 八戸先輩もそこは重々承知の上で僕を誘ったんだとしたら、そうせざるを得ないほどの、やんごとい事情があるに違いない。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

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