【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一十二時限目 梅校生徒会はブラックである


 バスは駅を出立して、百貨店がある十字路を右折した。

 学校まで片道約三〇分間の距離で、何度も坂道を駆け上がる。

 梅高は山に囲まれたど田舎にあり、梅ノ原駅から徒歩で向かうと二時間以上は覚悟しなければならない。そう考えるとバスって偉大だなって思う反面、どうして梅ノ原から出発するバスはニバスまでしかないのか不満でならない。サンバスまである東梅ノ原と新・梅ノ原が羨ましいけれど、だからと言って、そこまで定期券の範囲を広げると、五千円くらい値段が跳ね上がってしまう。

 五千円は高校生にとってかなりの大金だ。いくら両親が共働きの社畜で、愛社精神が異常だとしても余分に出して貰うのは気が引けてしまうし、そこまでしようとも思わない。

 まあ、ダンデライオンに通っているから無駄になるわけでもないが、わざわざ一駅分遠い駅に変更するまでもないだろう。

 僕は窓際に、八戸先輩は通路側に座っていた。

 バスの中で詳しい話をすると言っていたのに、八戸先輩はバスに乗ってから一言も口に出していない。ただ、頻りになって携帯端末でだれかとやり取りをしているから、僕に構っている暇が無いというのもあるんだろう。それならそれで構わないんだけどね? 生徒会のいざこざなんて訊いても、僕がどうこうできる問題ではないし、部外者が気軽に口出しするのもおかしな話だ。

 八戸先輩が携帯端末でだれかとやり取りしている間にも、バスはどんどん道なりに進んでいく。やがて、コンビニが近くにある信号で止まった。コンビニの隣にあるのは、ベジタリアン御用達のカフェだ。近年ではヴィーガンがちょっとした騒ぎになっていたけれど、このカフェを利用するベジタリアンやヴィーガンの人々は、過激な活動をするよりも、人生を謳歌したいというライフスタイルだと思う。外国人の利用者も多いから、店内は結構グローバルでユニーバサルでフリーダムかも知れないけれど、一度も入ったことがないからなんとも言えないな。

 美味しいと評判ではあるし、一度くらい寄ってみたいと思うけれど、ここまで来るんだったらサンデームーンを選んでしまうだろうなあ……って、そこでバイトしている八戸先輩をチラリ見やると、八戸先輩は携帯端末を片手に握りしめたまま、僕をじいっと見つめていて目が合った。

「うわ」

 思わず声を洩らすと、八戸先輩は頬を引き攣らせて気まずそうに苦笑いした。

「随分なご挨拶じゃないか」

「すみません」

「まあ、気にしてないよ」

 いや、気にしてくれ。

 隣に座る下級生をまじまじと見つめる先輩とか気持ち悪いから本当に気にして下さいよ、とは言わず、その代わりに「もう終わったんですか」とだけ声をかけた。

「ああ、首尾は整った」

「なんの首尾が整ったんですか」

「キミを生徒会室に招く首尾だよ」

 生徒会室というと赤絨毯が敷かれていて、大層ご立派な机と、棚にはいくつもトロフィーが飾られているイメージだ。そして、謎の権力を保持していたりするが、その全ては漫画やアニメから受けたイメージであり、ごく一般的な生徒会室はそこら辺にある部室と大差ない。折り畳み式の長テーブルとパイプ椅子。部屋の隅には灰白の棚があって、そこにはいくつものファイルが並び、鍵を閉めて管理している……と、まあこんな感じだろう。梅ノ原市民会館の会議室をぎゅっと縮小して圧縮して劣化させたイメージに近い。

 そんな粗末な生徒会室だけれど、生徒会メンバーじゃなければ気軽に近寄ろうとは思わない。近寄り難い雰囲気もあるし、堅苦しいヤツらの集まりって印象が大きいので、生徒会と関わると面倒臭いのだ。

 学校の秩序を守る、というお題目で活動しているけれど、やってることは教師の雑用がメインである。

 梅高には、荷物チェックや服装チェックなどは無い。そういう文化が昔から無い学校なのだ。だから、見回りは結構厳しく行われていたりするんだけれど、その見回りは生徒会が過半数を担っている。僕が梅高に入学してから、煙草を吸って生徒会役員にしょっぴかれた生徒を数人見かけた。まあ、これは学校で煙草を吸うのが馬鹿としか言えないけど、そういう治安維持にも尽力を注いでいるから、生徒会役員が頭の硬い唐変木であっても文句を言えないのが現状である。

 そういうイメージだったからこそ、八戸先輩は生徒会役員らしくない生徒会役員だと思った。

「いままでやり取りしてたのは、生徒会の会長ですか?」

「いいや、経理担当だよ」

「経理担当?」

 ってことは、会計係か。

「部外者を招き入れるなら、普通は会長か副会長に話を通しませんか?」

 それは、生徒会に限った話ではない。

 どの部活動においても、リーダーに話を通すのが筋というものだ。ゲームだってそうだろ? 初めての街に着いたら、その街のおさに話を訊き行く……って考えると、主人公のメンタル凄いな。意識高過ぎてインドに行きそうまである。そして、さり気なく自己啓発系の本を被写体の隅辺りに収めるように撮影して、SNSに投稿してそうだ。もちろん、投稿する際は流行りのカフェでコーヒー以外のドリンクを注文してね!

 僕の意識高い系に対する偏見がエグいな。

 きっと、前世で意識高い系の人物に親を殺されたんだろう。

 同族嫌悪ではない……よね?

「さすがは鶴賀君だ。いい質問をするね」

「え、常識的な質問ですけど」

「問題になっっているのは、会長と副会長なんだ」

 おい、生徒会のツートップが問題を起こしてるって非常事態もいいところだろ。

「どう問題なんですか」

「きっかけは些細な出来ごとだったんだよ」

 ああ、これは超絶に長くなるやつだ。

 梅高に到着するまで、残り數十分と差し迫っているけれど、その間に話は終わるのか……?




 * * *




「梅高の生徒会長は、一年間、生徒会で下積みを詰んだ者が選ばれる仕組みになっている」

 それは理に適った選出方法だって僕も思う。

 右も左もわからない生徒を会長に選んで、一から業務を教えるよりも、一年間、生徒会に属してノウハウを理解していたほうが業務に差し支えないだろう。つまり、生徒会は実力主義ということになるが、ここだけ訊いてもブラック臭がプンプン漂ってくる。

「そして、会長に選出されたのが自分と同学年のしまという女生徒なんだが……」

 知っているよね? と言いたげな視線を送られたので、盛大に首を振っておいた。  

「生徒会長の顔も、名前も知らないのかい!?」

「はい。全く。全然。からっきし」

 一年掛けて、ようやっとクラスメイトの顔を覚えたくらいだ。生徒会長の顔や名前を知っているはずがない。それどころか、生徒会役員が何人いるのかすら把握していないけど、大多数の生徒は生徒会なんて興味無いんじゃないか? と僕は思う。

「生徒会長は始業式や終業式で司会進行などを務めているから、知っているとばかり思っていたよ」

 ぼんやりと始業式を思い出してみるが、半分くらい寝ていたので記憶が曖昧だった。だが、言われてみると、透き通るような耳心地いい女子生徒の声が霞の中で記憶に残っている。その声の主が島津先輩というわけか。だが然し、ううむ……顔は全く覚えがない。

「これはどうも、移動中のバスだけじゃ説明できそうにないな」

 バスはとっくにベジタリアンカフェを通過して、横幅の広い川を渡す橋を越えた。

 このまま更に直進すると、自転車で上るには困難極める長く険しい住宅街の上り坂に突入する。その坂を上り切ると緩く弧を描くようなカーブが続く下り坂になり、下った先にある十字路を右折すれば梅高はもう直ぐそこだ。

「鶴賀君はもう少し、学校に興味を持ったほうがいいと思うよ」

「そうですか。……考えておきます」

 バスが学校に到着するまでの時間、僕は八戸先輩に梅高生徒会について説明を訊いた。

 八戸先輩の説明を超簡略化するならば、梅高生徒会は、生徒会長、副会長、経理、書記、雑務四人で構成された組織らしい。

 生徒会からの知らせは、各クラス代表を通して行われる。無論、教師とも連携を取っているけれど、基本的には生徒間でやり取りするようだ。

 雑務担当が四人もいるのは、生徒会がありとあらゆる行事に干渉するので人手が多いほうがいいらしく、雑務という名の下っ端たちは、毎日のように校舎の中を駆けずり回る羽目になる。

 ほらね、やっぱりブラックじゃないか。

「ってことは、書記って一番楽じゃないですか?」

「そう。一番楽に点数を稼げるんだ」

 やっぱり点数目当てか。

 八戸先輩が『生徒会』に関わる利点が無いと思っていたけれど、これで合点がいった。

「点数を稼ぎたいのに辞めたんですか?」

「もう充分くらい稼がせてもらったから、後輩に席を譲ったんだよ」

 そう言って、八戸先輩はウインクをしてみせた。

 ただの変態かと思ってたけど、なかなかずる賢い性格してるなあ……。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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