【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百十一時限目 八戸望からは逃げられない


 携帯端末のアラームが鳴る前に目覚めた僕は、設定してあるアラームを解除してベッドから起床した。

 へきしょくのカーテンが、淡い光を部屋の中に注いでいる。カーテンを取り替える際に、遮光性の高いカーテンを選んで貰ったら、まるで会議室のカーテンのような、シンプルデザインのカーテンを買って寄越された。当時こそ落胆したけど、いまとなってはこのカーテンも悪くないと思う。長年使っていれば愛着も沸く……いや、これは愛着ではなくて『見慣れた』と表現するほうが正しい。

 勉強卓の隣にあるカーテンを開けると、お隣に住む奥さんが玄関の鍵を閉めてパートに向かう姿が目に留まる。僕の視線を感じたのか振り向いて、会釈程度に頭を下げた。顰みに倣うように僕も会釈すると、ごつんって窓に頭突きをお見舞い。自分の寝惚け具合に、つい苦笑いが零れる。

 雨は昨日の夜中に止んだらしい。

 庭を見下ろすと、深緑が冴え渡る葉を付けた木の下で、雀が一羽、土の中にいる虫を啄んでいた。うちの庭にはよく、鳥たちが小腹を空かして飛来する。おかげで、朝から昼にかけて、鳥たちのピーチクパーチク鳴く声がうるさいものだ。これを『爽やかな朝』と表現するのは、都会に住む者だけだろう。田舎民は昔から嫌というほど訊いているから、朝に鳴く鳥のさえずりを訊いてもなんとも思わないまである。

 勉強卓を見やると、昨日の夜に終わらせた課題が隅に重ねて置いてある。終わった時点で鞄に戻せばいいのだが、それよりも読書を優先したかった。

 別に読みたい本があったわけじゃなくて、心を落ち着かせたい気持ちが強く、活字を求めて本棚を漁った結果、積み本になっていたラノベを一冊を読み終えることができた。このラノベを読むと、毎回〈かつどぅーん〉が食べたくなる。

「今晩の夕飯はかつどぅーんにしよう」

 と決めて部屋を出た。




 * * * 




 昨日の昼に八戸先輩と連絡先を交換したけれど、それっきり音沙汰無しだ。親しい間柄でもないので、八戸先輩も遠慮しているのかと一瞬でも思った僕が馬鹿だった。

「おはよう、鶴賀君」

 見覚えがある黒髪が、改札奥のベンチに座りながら片手に漫画を持って、奇遇だねとばかりに声を掛けてきた。

「え、なんで梅ノ原駅にいるんですか」

「なんでと言われても、三年間、ここから通学しているのだが……」

 そう、だったのか……。

「まあ、いつもニバス狙いだけどね」

 なるほど、だから見覚えがなかったのかと合点がいった。

 イチバス狙いだと、それなりに早起きを要求される。朝が弱いと定評のある梅高生徒は、基本的にニバスかサンバス狙いだ。イチバスで登校する生徒は部活動か、よほどの物好きくらいだろう。かくいう僕は後者に当たるのだが、イチバスは結構快適だったりするんだよな。過半数が朝練目的の生徒なので、体力を温存するため眠る人が多く、読書をするにはもってこいだ。ニバス、サンバスになるとこうはならない。お調子者の割合が増えて、所々から奇声が訊こえたりする。だれだって猿の群れの中、人知れず読書をする気分にはならないだろう? だからこそ、僕はイチバスを利用するのだが、八戸先輩は『ニバス狙いだ』と言明した。

「どうして、今日に限ってイチバスなんですか」

 よくぞ訊いてくれた、という感じですっと立ち上がり、まあまあ座りたまえって強制的に隣を推し進められる。致し方なく座ると、八戸先輩は僕と密着させるように距離を詰めて座った。

「さすがに近くないですか」

「照れなくてもいいさ」

 違う、そうじゃない。

 そういうことを言っているわけじゃないんですよ先輩。

 殊更に嫌な顔をしてみせたが、八戸先輩は僕のことなど御構い無しに話を続けた。

「実はね、自分は生徒会役員なんだが」

 嘘だろ……?

 こんなぶっ飛んでる人が生徒会役員だって!?

「もしかして生徒会長だったり?」

「いいや、書記さ」

 ああ……、言われてみると書記っぽい。

 見た目からして『THE・書記』って感じですもんね! わかるわかると納得していたら、書記先輩はコホンと咳払いして「続けても?」と視線だけで訴えてきた。

「自分はもう引退した身だけど、ちょっとトラブルがあったらしいんだよ」

「トラブルですか」

 そうですか、大変ですね。それではそろそろイチバスが到着するのでドロンしますねって立ち上がろうとしたら、元・書記先輩は横から僕の額を指で押さえて立ち上がれなくした。

「まだ話の途中だよ」

「生徒会の揉めごとなんて訊きたくないです」

 昼ドラの牡丹と薔薇くらいドロドロしてそうだしなあ……。個人的に面白かった昼ドラは、再放送でやっていた安達祐実が主役の『娼婦と淑女』だ。椿屋四重奏の『いばらのみち』もストーリーと相俟って素晴らしかったと記憶しているが、いまはよくよく関係ない話ですね! と、現実に戻る。

「そうだ、これもなにかの縁だ。ちょっと協力してはくれないかな」

「なんですか、その軽いノリ……」

 まるで『ちょっと寄ってく?』みたいに、居酒屋に誘う感じで言った八戸先輩に対して、ある種の尊敬さえ抱く。

 梅高生徒会は、かなりの激務だと風の噂で訊いたことがった。生徒主体となって行事を取り仕切る梅高にとって、生徒会の役割はかなり重要な役目を担う。

 例えば学園祭。先ずは実行委員の有志を募るところから始まるのだが、これに至っても生徒会が主導で行われる。そして、集まった有志たちの中から〈実行委員長〉を決める会議が行われるけれど、生徒会役員共は基本的に裏方に回るため立候補できない。

 つまり、率先して行事に取り掛かる佐竹や、月ノ宮さんのようなタイプがいない限り、延々と会議を行わなければならないらしい。

 しかも、生徒会は普段業務も並行して行わなければならないため、生徒の間で『梅高のブラック企業』と名高いが、生徒会に属してメリットが無いわけじゃない。

 そこまでの激務を任されるので、内申点は爆上がりだ。大学の推薦枠を狙いたいなら、自分のメンタルを生贄に捧げて推薦を召喚! という具合である。

 こうして社畜は量産されていくのだろうと思うと、梅高のシステムって、なかなかえげつないよなあ……。

 で、あれば。

 梅高の闇とも言える生徒会に関わると碌なことにはならないので、三十六計逃げるに如かずではあるけれども、一人称が『自分』という奇抜な呼び方の八戸先輩は、僕を逃がさないと額に指を押し付けたまま話を続ける勢いだ。

「逃げないので、指を取って下さい……」

 ああ、すまない、とようやく指を離してくれた。

「僕にできるのは、八戸先輩のお話を訊くくらいですが」

 と、前置きを入れて襟を正した。

「それでもいいなら続きを伺います」

「そうか。では、続きはバスの中で話そう」

 それにしても、だ。

 演劇部と生徒会、そしてアルバイトの三つを掛け持ちしている八戸先輩って何者なんだ……?

 あ、生徒会は引退したらしいから実質二つではあるけど、それにしたってアクティブ過ぎやしませんかね?

 どんな時間配分で生活してらっしゃるのん?

 多重影分身の術でもできるのかしら?

 木の葉隠れの里の者かなにかですかね……。

 梅ノ原駅ロータリーに到着したバスに乗り、適当な椅子を選んで腰を下ろすと、八戸先輩はさも当然のように隣に座る。近い。だから近いんだってばよ……。









【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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