【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一十八時限目 突然の告白[後]
「佐竹はきっと勘違いしてるんだよ」
「勘違い?」
おうむ返しして、小首を傾げた。
「僕は男だよ?」
「知ってるぞ」
「優梨になっている僕も男だからね?」
佐竹は無言で、うんと首肯した。
「アソコにはシンボルも付いてるよ?」
「男とか女とか、そういうのはどうでもいいんだ」
よくないでしょー……。
もっとよおーく考えてー……?
「自分に正直になると決めた、それだけだ」
からの、サムズアップ!
って、それだれの真似?
暑苦しいから本当にやめて?
「正直過ぎるのもどうかと思うよ?」
「お前が拒否するのはわかってる。だから、返事は焦らなくていい」
「えええ……」
佐竹は腹に抱えていた蟠りを吐き出せて、ほっと胸を撫で下ろしているけれど、その蟠りは僕に無理矢理投げつけたんだからな? と恨みを込めて睨みつけた。
待って、無理、しんどい。
世の中の腐女子はこの三つの言葉を賛辞に使うらしいんだけど、この状況では、本来の意味で使わせて頂きたい。
これがBLゲームだったらわかるよ?
背景に薔薇が添えられて「もう、我慢できないんだ……いいだろ」とか囁いてるシーンとか、結構簡単に想像できちゃうけど、現実ではそうはいかない。
背景は木造の壁で、誰が描いたのかわからない西洋の街並みの絵が飾られているし、周囲には雑談している奥様や、小刻みに震えながら珈琲を飲んでるお爺ちゃんもいる。
決して、青い薔薇が『キラキラキラーン』と咲くはずがない。
「焦るもなにも、新しい恋を探したほうが懸命だよ……」
──いや、諦めない。
──諦めてよ、無理だから。
「もう決めたんだ」
もう決めたんだマシーンと化した佐竹に、なにを言っても無駄そうだ。
かれこれ一時間くらい「決めた」「無理」の押し問答を繰り返した結果、それでも佐竹の気持ちは変わらないらしいく、とりあえずこのまま『友だち』として、これからも行動することに落ち着いた。
「佐竹ってさ、絶対に馬鹿だよね」
「馬鹿で悪かったな」
「あーあ、折角の珈琲が冷めたじゃないか」
僕と佐竹は冷え切った珈琲をグイッと飲み干して、照史さんにお代わりを注文した。
「なんだか激しい討論を繰り広げていたみたいだけど、大丈夫かい?」
照史さんは心配そうな表情で、出来たての珈琲を持ってきてくれた。でも、その話題について触れて欲しくなかったのもあり、適当に誤魔化してしまった。
「ボクが言えるのは〝後悔しないこと〟だけかな」
「訊こえてたんじゃないっスか」
「あれだけ騒いでたら嫌でも訊こえるよ」
はっと周囲を見渡すと、店に残っているのは僕と佐竹の二人だけだった。
──すみません……。
──さーせんっした。
「次からは静かに頼むね?」
──気をつけます。
──うっす。
照史さんは笑っていたけど、さすがにこれは申し訳が立たないので、僕と佐竹は『サンドイッチ』と『ピタサンド』を追加注文して、黙々と食べて店を出た。
* * *
夕暮れに染まった駅前通りを並んで歩く。
佐竹の左手が僕の右手に触れたのを、気がつかなかった振りをして、代わりにとばかりに、佐竹は、照史さんに叱られた事実を口に出した。
「普通に悪いことしちゃったな」
「あんなことを言い出すからだよ」
「悪いのは俺だけか?」
……いいや。
「僕も悪いね」
草臥れたと歩きながら背伸びをする僕に倣い、佐竹は腕をクロスさせて肘を伸ばす運動を、左右交互に行なっていた。
「なあ、優志」
駅の改札の前で、急に呼び止められて立ち止まる。
振り向くと、佐竹はどこか寂しそうな笑顔を浮かべていた。
「今日は本当に悪かったな……いろんな意味で」
その話はもういいって、という意味を込めて肩を竦めてやると、そっか、と佐竹が苦笑いした。
「明日、楽しみにしてるからな」
「明日……ああ、忘れてた」
忘れるはずがないのにそう言ったのは、佐竹のキレッキレなツッコミを期待したから。
でも、訊こえてなかったみたいだ。
改札を抜けてホームに下り立つと、お互いが乗り込む電車が到着した。
「それじゃ、また明日な」
「はいはい、また明日ね」
この時間、上下線が同時に停車するようだ。
閉まるドアにご注意したその先で、佐竹が名残惜しそうに僕を見ている。やめてくれ、そんな顔をしないでくれと願っても、僕の意思が佐竹に伝わるはずもなく、僕はドア越しに軽く手を振ってから、別の車両へ移動した。
つり革に掴まって、もう見慣れた風景をぼんやりと見つめながら、今日、ダンデライオンでの出来事を思い返す。
佐竹があんな大胆な行動に出るとは思ってなかっただけに、僕は心底驚いた。
実は、佐竹の気持ちには薄々気づいていた。
それを認めてしまったら、佐竹義信という人間と、これからどう向き合えばいいのかわからない。だから、気づかない振りをしていたのに、佐竹は僕に、自分の胸の内をさらけ出してしまった。
発せられた言葉は、二度と口の中には戻らない。
佐竹はバイセクシャルなのだろうか?
単なる気の迷い……じゃないか。
いずれにせよ、僕が佐竹の気持ちに応えることは絶対に有り得ない。
あまり近づかないようにするなんて、それも無理な話だよな。
月ノ宮さんとの契約がある以上、佐竹だけを無視するわけにもいかないし、佐竹が振り絞った勇気を無碍にしたら、それこそ僕はひとでなしだろう。
僕は空気にはなれど、ひとでなしにはなりたくない。この状況を上手く切り抜けるしか方法はないのだが──。
「その方法がわかれば、苦労はしないんだよ」
そもそも僕は、だれかを好きになったことってあったか?
僕がまだ夢の中にいた頃、だれかに恋心を抱いたことがあっただろうか? ……ないな。
現実を突きつけられて、身分を弁えたあの日からは? ……それもない。
どっちにしても、僕が佐竹や月ノ宮さんや天野さんの気持ちをわかるはずもなく、今日もまた、なんとも言えないどんよりとした灰色の世界へと身を投じていった。
世界は広い、琴美さんは言っていた。
たしかに世界は広かったし、僕が知り得ないことのほうが遥かに多いけれど、それが自分にとってプラスになるのかは別の話で、広がり過ぎた世界で迷子になった気分だ。
明日、僕は再び優梨になる。
でも、優梨は僕のなんだろうか。
答えられなかった質問が、いつまでも頭の中で煩く響いた。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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