【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百九時限目 八戸望の正体[前]


「そのことは、どうかご内密にお願いします……」

「では、鶴賀君と呼ぶよ」

 首肯すると、八戸先輩はうんと頷き返した。

「鶴賀君はどうして姿を?」 

 答えたくない、というのが本音だ。

 八戸先輩を『信用できる相手』と確定できないは、真実を話すべきではないだろう。

「話せば長くなるんですけど、まあ……趣味、とでも思っておいて下さい」

 これ以上の詮索は迷惑だ、と言ったつもりだったけど、八戸先輩は身を引くどころか、興味津々とばかりに身を乗り出した。

「趣味? コスプレ感覚かな」

「そんな感じです」

 根掘り葉掘り訊かれるのは勘弁願いたいと、顔を顰めても御構い無しだ。

 これだからイケメンは怖い。

 気軽に他人のパーソナルスペースに侵入して、コンピュータウイルスのように領土を犯していく。

 領土の半分を占領されると『八戸先輩は信用足り得る人物だ』って錯覚を起こすのだ。

 なんの疑問も抱かず、漠然とした理由のみで受け入れてしまうのは、『アナタの夢を叶える手伝いがしたいの』って言いながら、ねずみ講に誘ってくる旧友の境地と似ている。

 気をつけたほうがいい。

 アイツら、本当に見境無く沼に引き摺り込もうとしてくるからね?

 そういう意味ではソシャゲのガチャも……?

 深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだって言葉があるけれど、正しくその通りだな。

「つまり、あの姿は趣味の範疇であって、恋愛対象は異性ってことか」

「多分……」

「たぶん?」

 ええい、しつこい!

「どうしてそんなに構うんですか? 僕は静かにお弁当を食べて、早々にここから離れたいんですけど」

 目上の人に対する最低限の敬語を使って拒絶の意思を唱えたが、八戸先輩はあまり気にしていない様子で、好奇の目を向け続けた。

「ごめん。……だけど、意識したのはキミのほうじゃないか?」

「それは」

 たしかに、じろじろ見てたのは僕のほうだ。

「鶴賀君がちらほら見て来なければ、キミのことは気づかずに、そのまま食事して終わったかも知れない」

 それは、嘘だ──。

 八戸先輩は嘘を吐いている。




 * * *




「試した、の間違いでは?」
 
 僕の問いに、八戸先輩は一瞬だけ表情を強張らせた。

 その一瞬を、僕の目は逃さない。

「これはあくまでも推測ですけど、八戸先輩は僕に気がついてましたよね」

「どうして、そう思う?」

 握っていた箸を大皿の隅に置いて、挑発的な眼差しを向けてきた。ホカホカなハンバーグが冷めては美味しさも半減してしまう……なんて思いに駆られて口を開きそうになったが、ぐっと唇を噛み締めて呑み込んだ。

 答えは、八戸先輩が発した言葉の中にある。

 あの発言がなければ八戸先輩の嘘を見抜けなかったし、八戸先輩だって嘘を吐く必要もなかった。

 それとは別の疑問が頭に引っ掛かって仕方ないけれども……ここは一先ず、答え合わせをしておこう。

「八戸先輩は、ちらほら見える空席の中から、どうして僕の隣を選んだんですか?」 

「偶然だよ」

 偶然、ではないだろう。

「偶然ですか……。じゃあ、どうして自己紹介のときに僕のことを〝優梨ちゃん〟と呼んだんですか? 偶然にしては断定的じゃないですかね」

 八戸先輩は「参ったなあ」と、肩を竦めてみせた。 

「降参だ。……鶴賀君の言う通り、食堂でキミの姿を見て確信して、隣に座ったんだ」

 微苦笑を浮かべながら、演技っぽく、ふうっと息を吐き出した。吐き出した息が、先輩の前髪を揺らす。

「推測の続きを訊いてもいいかな?」

 ──え、嫌です。

 ──まあまあ、昼休みはまだあるんだし。

 推測を語るのは、あまり意味の無い行為だと思うけれど、八戸先輩がそれを妥協点としてくれるならば、語るのもいいか……。

 僕はコホンと咳払いしてから、少々の間を空けて「それじゃあ」と切り出した。

「八戸先輩って、もしかすると演劇部に所属してませんか?」

 僕の質問を訊いた八戸先輩は、呆気に取られたように目を点にした。

「へえ、そこまで見抜くのか」

「受け答えが独特と言うか、一言一言がとても訊き取り易かったので、普段から発声練習をしてるんじゃないかなって」

 声を出す部活は数多に存在するけれど、声を売り物にする部活はそう多くない。この時点で僕は、演劇部と軽音部の二つで迷ったのだが、軽音部の連中が発声練習している姿を見聞きしたことがないから演劇部を選んだ。

「演劇に携わっているなら僕の髪がウイッグだってことにも気がついたでしょうし、僕もその……異性の声を出す練習はしてますけど」

 演技を日常的に行なっている人だったら『この声は地声じゃない』って、容易く見抜けるだろう。

「つまり?」

「つまり、僕がサンデームーンにいたあの日、八戸先輩は、僕が女性じゃなくて、男だって見抜いたんじゃないですか?」

 ──すごい洞察力だね。

 ──だれがですか?

 ──鶴賀君だよ。

 ──いえ、それほどでも。

「八戸先輩は僕のウイッグを外した姿を想像して、大体の特徴を掴んだ。多分、それは次に来店したときにリップサービスでもしようと思ったからですよね」

 あの日は天野さんと『また来ようね』って話ていたから、それを小耳に挟んで覚えていたんだろう。そして、次回来店の際に『また足を運んで頂きまして、ありがとうございます』とでも言おうとした。言われた側は悪い気はしないだろうし、それで固定客に繋がる場合もある。個人経営店ならば、そういった地味な努力が後々に響いてきたりするものらしいからね! マグロナルドで働いている庶民派の魔王様が言ってました!








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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