【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一十六時限目 少しは人間らしく[後]


 佐竹と月ノ宮さんは、ビジネスパートナーに近いし、月ノ宮さんに関しては言えば、クライアントという認識である。

 ──おい、楓。明日は雨に混じって雪が降るぞ。

 ──それはみぞれという自然現象です。

 ──うるせえな、比喩ってやつだよ!

「なんの話をしてるのさ……」

 この二人、もう付き合っちゃえばいいんじゃない? 然すれば丸く収まって、全てがFにもなるんじゃないかしらん?

「優志さん、ご説明を求めます」

 求められてもなあ……。

「それ以上でも以下でもないよ」

 天野さんと友だちになったのも、先方の勘違いなんだけどねえ……、そこから始まる異世界生活、なんてタイトルのラノベが頭に浮かんだ──なんだそのクソつまらなそうなラノベは。ゼロから始まったほうが絶対に面白いじゃないか。怠惰ですねえ!?

「正体がバレた──ではないですよね?」

「多分、バレてはいないと思う。でも、少し怪しまれている気もするかな」

「慎重に行動するべきですね」

「楓がそれを言うのかよ……」

 佐竹がそれにツッコミを入れても、特大ブーメランなんだよなあ……。

「なんだか楽しそうだね」

 作業が一段落した照史さんが、エプロン姿のままで、僕らの座っている席にやってきた。

「照史さん、コーヒー美味いっス!」

「ありがとう。珈琲も食事も、だれかと一緒に楽しんだほうが美味しいと感じるものだよ」

「さすがはお兄様です……楓は感服致しました」

「師匠……前任のマスターの受け売りだよ」

 大袈裟だな、と照史さんは微苦笑を浮かべて月ノ宮さんの頭を撫でる。その仕草がとても自然な流れに思えるのは、普段もこうしてスキンシップを取っているからだろう。おいおい、兄妹の禁断の愛とかじゃないよね? って心配になるくらいには親しげだ。

 ふっと、佐竹にも琴美さんという姉がいるよなと思い出した。

 佐竹とことさんの関係は、照史さんたちの関係とは真逆に感じる。佐竹姉がアレだもんな……、仲睦まじい関係というよりは、女帝と下僕みたいな間柄と見えなくもない。ただ、共通点が一つだけある。それは、どちらも美男美女ってことだ。

 この、圧倒的な敗北感はなんだ?

 一人っ子だっていいじゃないか、気楽だもの。

 部屋だって自由に使えるし、ゲームやテレビのリモコンを奪い合って喧嘩するのも無いんだぞ。音楽をかけて「うるせえよ!」って怒鳴られる心配も無いし、兄弟に気を遣う必要だって無いのだから、一人っ子最強とまで言える。

 だけど、まあ……羨ましいって思ったことが無いわけじゃない。

 父さんと母さんは仕事が忙しくて、相手にして貰えない日もあった。そういうときに兄弟がいたら、暇潰し相手にはなった……いや、どうだろうな。案外、そうでもないかも知れない。仮に兄弟がいたとしても、スペックを比較してしまうんだろうな。遅かれ早かれ、僕はこの性格を形成していただろう。笑える。

 なにはともあれ、これで全員分の珈琲が行き届いた。それを皮切りに月ノ宮さんが場を取り仕切る。

 ご自慢顔で、私の出番だと言わんばかりに。

「では、作戦会議を始めます」

 作戦会議なんて大層ご立派な言い回しをしなくてもいいのになあ。どこか楽しげな彼女を見て、所在無いとしている自分に喝を入れた。

「決行予定日は明後日の日曜です」

 ──時間はいつ頃がいいと思いますか?

「無難に昼頃じゃね?」

 ──飯どきが一番都合いいだろ。

「お店はどうしますか?」

 ──私の基準では、金銭的に厳しいでしょうから。

「嫌味かよ、ガチで」

 ──ファミレスでよくね? 普通に。

「却下します」

「はあ!? 手頃じゃねえか!」

「優志さんはどうでしょうか?」

 僕、か。

 別に、どこでも構わないけど……寿司とか、お高い高級レストランじゃなければね。

 しかしいっかなこれまたどうして、月ノ宮さんはこの問いを僕にぶつけたのだろう?

 だれかと昼食を取るなんて行為を、僕がしていると思いますう?

 お弁当を食べるときでさえ、だれとも関わらないように外で食べてるような人間ですよお?

 月ノ宮さんは鬼畜かなあ?

 ドSなお嬢様は需要ありますもんねえ?

 一回だけでいいので『オホホ』って笑ってみてもらえますかあ?

 語尾に『ザマス』がついたら尚のことよし……なんて言えるはずもなく、言われるがままにのう漿しょうを絞る。

「……ダンデライオン、とか」 

 佐竹は以前、天野さんと月ノ宮さんを引き合わせるのを『ノリで』と言っていた。その場の勢いに乗じるなら、不自然な場所は極力避けたほうがいい。そう考えると、この店は御誂え向きと言えよう。月ノ宮さんのお兄さんが経営している店だから、妹が出入りしてても不思議じゃない。照史さんと口裏合わせてをしておけば下地は完璧と断言できる。残る懸念材料は佐竹自身なのだけれど、よっぽどの大根役者じゃなければ問題無いはずだ。……問題無いよな?

「ここですか。……なるほど」

 僕の意図を察して、強く首肯した。

「飯は決まったけどよ、肝心のデートはどうするんだ?」

 あ、すっかり忘れてた。

 だってほら、大人になると遊びが『酒飲み』になりがちだろ? 居酒屋に集まって飲んで、はいさようならって明日を迎えるのが一連の流れまである。まあ、僕らは未成年だから、お酒飲んだらいけないんだけどね! 暇潰しに『#酒なう』で検索すると、酒を飲んでる自分かっけーがいっぱい釣れて面白いんだよね。沢山のリプが送られてて『は? なんし?』と強がってはいても、そういうときって大体効いてるから余計に笑える……おっと、脱線。

「優志さん。デートに最適な場所の心当たりは御座いますか?」

 だから、それを僕に訊くなって話ですよ。

 だれかと交際したことがあるように見えますかね?

「質問する相手を間違えてない?」

 この話題こそ、佐竹のどくせんじょうだろう。

「それもそうですね」

 なんだろう……、なんか腹立つなあ……。

「はい、佐竹さんどうぞ」

 ──経験を生かすときですよ。

「威張れるほどの経験はねえよ!?」

 ──そうだな、水族館とかどうだ?

「悪くない考えですね」

 ──高校生らしいフレッシュな提案です。

「お前も女子高生じゃねえか。ガチで」

 水族館、か。

 デートに選ばれる興業施設は、映画館と水族館が一、二を占めるだろう。遊園地やテーマパークを初デートにすると破局するってジンクスもあるしな。この噂って、待ち時間に話題が無くて黙るのと、歩き疲れて険悪なムードになるからでしょ? 大変だよな、カップルって。僕だったら気が滅入ってしまいそうだから、やっぱり一人でいいや。そもそも一人だったら興業施設に足を向けないけどね! 精々、カラオケか漫画喫茶くらいだ。……隠キャ過ぎない?

「水族館なら二手に分かれて行動し易いかも知れませんね」

 映画館だったら難しい。

 まあ、やり方が無いわけではないけれど。

 今回企てているダブルデートの真の狙いを考えれば、二人一組に分かれるのが必須条件。天野、月ノ宮ペアを作れれば九割達成と言える。

 これ以上の案は出ないだろう。

「では、決定事項を振り返りますね」

 頷きだけで返事をした。

「決行時刻は〝1ヒト2フタ0マル0マル〟。集合場所はダンデライオン。昼食を取った後、水族館……サンシャイニング水族館でよろしいですか?」

 なぜ、時間の読み方が軍隊式なんだろう? 

「ひとふさ……なんだって?」

 ほら、わかってないのが一名いるじゃないですか。耳元で「十二時だよ」と説明して、ようやく佐竹は納得した。

「サンシャイニング水族館は、ここから電車で十五分くらいだし妥当だと思うよ」

 決定ですね、と珈琲を口に含む。

「デートが終わったら楓はどうするんだ?」

 ──恋莉に告るのか?

「いいえ。今回はあくまでも親交を深めるのが目的です。それに、今回のデートだけで天野さんを落とせるはずがありませんから」

 そうだよな、と佐竹は珈琲を飲み干した。

 ちょっとやそっと一緒に過ごしたくらいで、他人の心が揺れ動くとは考え難い。

 天野さん関係の話題に触れると目の色が変わる月ノ宮さんだけど、冷静に分析もしているようだ。

「当日、私は早めに現地入りしますので、なにかあったら連絡をください」

 わかった、と返事をして珈琲を……入ってなかった。

「ほかになにかありますか? 無ければこれで解散となります」

 昨日の無駄な会議は何処へやらと言わんばかりに、トントン拍子に内容が決まった。

 議題がしっかりしていれば、無い知恵も絞り易いけど、とんとん拍子で決定していくとは思いもしなかった。

 月ノ宮さんが議長をすると、こうもスムーズに会議が運ぶのか……。これを普段のクラス会議でやったら、大和撫子のイメージは総崩れになるかもしれないけど、仕切りたがり屋な月ノ宮さんが、壇に上がらないはずないんだよなあ……。

「え、なにその顔」

 二人が僕にさいの目を向けている。

「やけに協力的だなと」

「小言の一つや二つ、覚悟していたのです」

 なるほどね。

「今更〝女装が嫌だ〟と言っても、まかり通るはずもないし、どの道、僕に選択の余地は無いじゃん」

 反抗したって利益が生じないのなら、なるべく端的に、最短ルートで終わらせるのが得策だろう。無駄な努力にくたびれ儲け、では大損もいいところだ。

「俺も優志も、楓には逆らえないしな。ガチで」

「その通りです」

 吐き捨てるように吐いた台詞を、月ノ宮さんは嬉々として受け取った。




 * * *




「それじゃ、僕は帰るよ」

 二人を店内に残して、僕は自分の分の珈琲代をテーブルに置いて店を出ていった。

 明日は土曜日、なにもない休日。

 映画でも借りようか、それとも本屋に寄って本を漁ってから帰ろうかって考えながら歩いていると、すれ違う──過去の知人。

 相手は僕のことなんて忘れている様子で見向きもせず、僕も内心では気づきながら知らぬ振りして通り過ぎた。

 人の縁なんて、一度途切れてしまえばそんなもんなんだろう。

 彼は新たなスタートを切り、いまを全力で楽しんでいる。

 僕はどうだろうか?

 胸を張って楽しんでいると言えるだろうか?

 言えるはずもない。

 でも、少しだけ僕も成長している気がする。

 それが勘違いだとしても、勘違いは勘違いのままでいいだろう。

 他人に厳しい世の中だから、自分くらい大目に見たって罰は当たらない。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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