【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百五時限目 お心当たりは胸の中


 寝る前にカーテンを閉め忘れたらしい。

 窓から差す斜陽のせいで、目が覚めてしまった。太陽サンサンおはようさん。本日は晴天ナリ。寝間着の袖でゴシゴシ擦って瞼を開くと、無機質で見知った天井が寝覚めに広がっている。ベッドに寝転んだままの姿勢で頭だけを回し、こちりこちりと秒針を鳴らす壁掛け時計を見やると、朝な朝なの登校時間を五分ほど過ぎた辺りだった。今日が登校日であれば遅刻確定! ゴッドもハデスもメダルをじゃらじゃら吐き出すけれど、寝惚けた頭だって曜日感覚はある。このまま二度寝を決め込むのも悪くない……と思いながらも、馴染んだ体内時計に従って体を起こし、洗面所へ向かった。

 いつも寝起きは酷い有様の僕だけれど、案外、頭の中はすっきりしていた。

 良質な睡眠だったらしい。

 然し、夢は見た気がする。

 どんな夢だったかなと歯磨きをしながらぼうっと一考してみたが、内容は全く覚えていない。楽しい夢だったら勿体無い気持ちになるし、都合の悪い夢だったらほっとする。まあ、夢は寝て見るものだ。起きているときに見る夢なんて、大概、碌なものじゃない。幻覚、幻聴、呼び方は様々で、そのどれもが『なんちゃら障害』って呼び名がある。白い粉をキメてトリップする方法もあるけれど、それは法的にアウト。じゃあ、規制されてなければやりたいのかと問われたら……別に? と、不貞腐れた女王様気取りで拒絶するけどね。

 昨夜の見た夢を思い出せない代わりに、昨日のデートが脳裏に浮かんだ。

 可もなく、不可もなしといった具合か。

 大きなミスは無く、振り返ってのた打ち回ることも無い。

 ただ、眉を曇らせてしまうような状況は無きにしも非ず、自分を見つめ直すきっかけになった、なんてためごかしを言い張るつもりも毛頭無いのだけれど……やっぱり、寝起きは頭の回転が鈍いな。

 口の中にあるミントがキツくなって、ぐちゅぐちゅぺっと吐き出した。

 昨日のデートで天野さんに対する印象ががらりと変わった気がする……いや、変わったと断言するに足る理由が明確にあった。

 天野さんは、本気でになろうとしてくれていた。

 優梨だけじゃなくて、男であるも受け入れようとしてくれている。

 デートに優梨を指定したのは、自分の気持ちを素直に伝えたかったんじゃないかって僕なりに考察してみたけれど、この考えは間違っていないだろう。

 ばしゃばしゃと顔を洗って、残った眠気を吹き飛ばすと、寝ぼけ眼だった面がシャキッとしたように思える。

 もしも、の話。

 天野さんを彼女に選んだら、僕は優梨を演じなくていいんだろうか。

 演じる、じゃないな。

 優梨も僕の一部であり、女性という心は本物だと思う。

 優梨の部分を意識し始めてからは、それなりにではあるけれど、お洒落も多少は気にするようになった。物の見方も変化したって自覚もある。なんというか、女子高生が使う『可愛い』という表現を『そういうことか』って、感覚として理解したと言えばわかり易いだろう。

 だから、余計に悩んでしまうんだ。

 過去の自分を否定して、新しい自分を受け入れた場合、その僕は天野さんが求めている僕ではないんじゃないかって。ほら、ゲームの融合とかであるだろ? 二つの物を一つにして生み出すあれ。レシピがあれば失敗しないけれど、レシピ無しの状態で融合させると、低ランクのアイテムが出てきたりするじゃん? 損な感じ。

「はあ……本当に飽きないよな」

 毎度も毎度もよく飽きもせず、似たり寄ったりな苦悩をかこつけれど、どう足掻いたって答えは出ないのだから意味が無いって結論に至るってのに、なかなか学習しないものだ。頭も悪いので始末も悪い……佐竹よりかマシだけどね。

 昨日は散々遊んだのだから、今日は真面目に勉強でもしよう。途中でソシャゲのシーズンを走って、気分転換に散歩でもしようかと予定を組みながら、二階に続く階段を上った。




  * * *




 日曜日は平穏に過ごせた。

 だれに呼び出しをされるでもなく、突発的な問題が発生することもなかった。そのおかげで勉強も捗り、ソシャゲのシーズンレースは上位に食い込めそうだ。あまりに平和過ぎて若干の物足りなさを感じたけれど、高校生なんてそんなものだろう。特に、遠い学校に通っているから気軽に遊べる友だちもいないし、誘ってくる人もいない。超久しぶりに自分の時間を堪能できて僕満足! ……だったのに、気分を削ぐような雨雲が、埼玉県上空を覆っていた。

 この場合、自転車を使うか、市営バスと電車を使って梅ノ原駅を目指すかの二択を迫られる。

 自転車で行けば定期券もあるので、無駄な交通費を支払わなくていい。但し、帰りの道中が最悪だ。雨の中を自転車で進むのは視界が悪く、地面が滑り易くもなっていて危ない。余計な荷物──雨具や着替えなど──も増えるから、天気予報の降水確率が50%を目安にして移動手段を選択している。けれど、携帯端末で確認した降水確率は42%となっていた。微妙な数値だ。ここは意を決して、遠回りになるルートを選ぶ! んんー、財布に痛手だねえ……。

 結果論になるけれど、僕の選択は正しかったと言える。

 学校へと向かうバスに乗車して、道中ぼんやりと外を眺めていたら、糸雨が線となって窓を濡らし始めた。余計な散財をして、安全なルートを選べたわけであり、これぞ、肉を切って骨を断つである! ……そうだっけ? まあ、それっぽいからそうしておこう。

 バス停に到着する頃には、アスファルトの地面が濡れて灰色を強調させていた。このバス停は水捌けが悪いので、雨が降ると水溜りが二、三日続く。バス乗り場に段差が無ければ大惨事だけれど、そこだけはしっかり対策を講じているので心配は無い。横降りの雨は防げないが、直下雨ならば、頭上にある波板屋根が防いでくれる……とは言ったものの、ザーザー振りの雨の中、傘を差して斜面を進むにはそれなりに覚悟が必要だ。天気予報を碌に確認してこなかっった生徒たちは、この四阿で立ち往生。だが、僕は違う。鞄に忍ばせておいた折り畳み傘を取り出して、此れ見よ顔で広げた。

 敵は本能寺にあり! ってな具合で勇み足を決め込んでみたものの、坂の途中から息が切れ始めて、昇降口に辿り着くと、いつも以上に息が上がっていた。敵は本能寺にあらず、己の心に在ると知れってか。あとで、筋肉にお願いしておこうっと。

 下駄箱で靴を履き替えて、じめっとした校舎に入る。正面にある購買部はまだ営業時間外で閉まっていた。その横を通り抜けて、階段を上がり、数メートル先にある自分のクラスのドアに手を掛ける。ガラガラっとスライドドアを開ければ、だれもいない教室が……。

「おはようございます、優志さん」

「おはよ」

 僕より先に到着している……だと?

 梅高に最速で到着するのは、梅ノ原駅発のイチバスだ。それから、新・梅ノ原、東梅ノ原のイチバスが続く。つまり、月ノ宮さんは学校の送迎バスを利用せず、駅から出立する市営バスに乗ったか、車で学校まで来たかのどちらかだが、わざわざイチバスより早い市営バスに乗って、校舎裏の山道を登ってきたとは考え難い。

「車で来たの?」

「ええ。丁度、お父様の向かう先と進行が同じだったので、送っていただきました」 

 なるほどねと首肯して、自分の席に向かう。

 月ノ宮さんの席は、教室の丁度中央辺りにあり、僕は迂回するようにして席に到着。机の横にあるフックに鞄を吊り下げて椅子を引くと、月ノ宮さんが僕の名前を呼んだ。

「優志さん」

「はい。なんでしょう?」

「私がこんな早く学校へ赴いたその理由について、お心当たりは御座いませんか?」

 表情こそ穏やかではあるけれど、目が据わっていて恐ろしい。これは、巫山戯た対応をすれば逆鱗に触れるやつだな。然し、お心当たりか……あるかなあ? あるよなあ……ぺるそなあ……アラハバキ! どう言葉を選んだってバッドな選択肢しか存在しない場合、ニュアンスに気を遣いながら、相手の出方を窺うのが得策だ。月ノ宮さんの弱点……アマノサン! はまだ到着していないし、事を荒げないようにしないと。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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