【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三百三時限目 やはり彼女は男前である
瞼を開くと頭上よりも少し西に傾いた太陽の光が眩しくって、また瞼を閉じたくなった。
私が座っている位置だと、日差しを遮る木陰とパラソルの隙間を掻い潜って太陽が顔を出す。『小春日和』という言葉が浮かんだけど、その言葉は春に使う言葉じゃないらしい。晩秋から初冬にかけて、暖かく穏やかな晴天を示唆する言葉だ。でも、辞書を引くと『小春の頃の暖かいひより、小六月』ともある。これだけ見たら『小春日和は春に使う言葉だ』って勘違いする人も多いだろう。私もそうだったし。日本語って難しいね。だから世界共通語にはならないのかも知れない。知らないけど。
ピザを焼いたせいか、小屋の屋根から突起しているT字の煙突から灰色の煙が吹き出していた。もくもく。テラスの半分を包み込む煙は、私たちの座る席までは来ない。それでも、焚いた薪の匂いはわかる。焚き火の匂いだって思うと、レンちゃんも同じことを思ったのか、似たような感想を述べた。
「すごい煙ね」
背後で小火騒ぎよろしくな状況になっているにも関わらず、レンちゃんは振り向こうともしない。本当に、凄い煙なんだよ? 広がった世界は、物理的に灰色に包まれていたとさ。
「早く食べちゃいましょ? せっかくのピザが冷めたら勿体無いわ」
「そうだね。……でも、その前に」
私はレンちゃんが注文したマルゲリータを取って「あーん」と運ぶ。
──え、私もやるの?
──仕返しだよーだ。
これでもかってくらいのドヤ顔を決め込んだ。
「もう、負けず嫌いなんだから……あーん」
不意に、鯉の餌やりを思い出してしまったけれど、そんなムードもへったくれも無いことを噯気に出すなんてことはしない。
「美味しい?」
「ええ、とっても」
そして、半分になったほうを口に運ぶ。
「うん。やっぱりマルゲリータは安定した美味しさがある」
レンちゃんを見ると、頬に椛を散らしたように染まってて可愛いかった。
──かんせつ、キス。
──仕返しだって言ったでしょ?
「これでおあいこ様だね」
例の如く、味はよくわからなかったけど、レンちゃんの驚いた顔を見れただけでもやった甲斐があったってもんだ。
「これじゃ形勢逆手じゃない。悔しいわ」
「それじゃあ、食後に腕を組んで珈琲を飲み交わしたりする?」
それはちょっと違うでしょ、とレンちゃんは破顔する。
「ビールならわかるけど」
「お酒は二〇歳になってからだよー?」
炭酸飲料ならそれっぽく見えるかもねって、私たちは哄笑した。
大丈夫、私は優梨をやれている──。
「ユウちゃんには敵わないわ。降参よ」
うん?
「私の理想、そのものなのよ」
「理想って?」
「女の子らしい女の子」
それは違うんじゃない? って否定すると、レンちゃんは寂しげな笑顔を作った。
「不甲斐無いって思うの──私だって女の子なのに」
「レンちゃん……」
「だからかな。ユウちゃんを可愛いなって思う反面、悔しいとも感じてる」
そっか。
レンちゃんはずっと自分の本心を出せなくて苦しんでいたから、こうして心を解放しているような私をどこか羨んでいたのかも知れない。
「だからこそ、ユウちゃんに惹かれるのかも」
「レンちゃんだって負けず嫌いじゃん」
え? と胸を衝かれたように声を漏らした。
「……ふふ。そうね、その通りよ」
──だからこそ。
「佐竹には負けられないわ」
「もう、恥ずかしくて顔から火が出そうだよ。この話はこれでおしまい!」
レンちゃんが私に好意を寄せてくれているのは素直に嬉しいことで、有り難い気持ちでいっぱいだ。……けど、その気持ちに応えてあげられない自分が情けないって思う。
「ほら、食べようよー」
ピザと一緒に、晴れない憂鬱も呑み込めたら、どんなに気が楽になっただろう。
食器が片付けられて、食後の珈琲を店員さんが持ってきてくれた。
馴染みのある色、香り、だけど味は違う。ダンデライオンで扱っている豆と、サンデームーンで使用されている珈琲豆は違う種類なんだろうなって思う。苦味に対して酸味がまろやかだ。ダンデライオンの珈琲は、後からフルーティな香りが鼻を抜けるけれど、サンデームーンの珈琲はそれとも違って、なんだろ……爽やかだ。眠りから覚めて、窓を開けると青空が広がっているような感じの爽やかさ。多分、この空間も相俟ってなんだろうな──とか通ぶってみるけれど、常飲している珈琲がスーパーで売ってるインスタントコーヒーの私がそれを言っても説得力は皆無だろう。
「へえ……」
レンちゃんは白いカップの淵にぷっくりとした唇を添えるように口をつけて、どんなものかと味を確認する。舌に合ったようだ。感慨深かそうに声を漏らして「美味しい」と呟いた。
「コーヒーと言っても味は様々ね。子どもの頃には〝こんなの飲めるはずない〟って思ってたのに、いまじゃブラックでも飲める──これは歳を取ったから、かしら?」
「その感想は、あと一〇年経ったら使うべきじゃない?」
それもそうね、とカップを下ろす。
いつの間にやら、テラス席には私たちしか残ってなくて、カフェスペースでパンを選んでいるのは老夫婦。これがいいんじゃないか、いや、こっちがいいと相談している姿は微笑ましい光景だ。
「席を移る?」
この空き具合なら、我儘を言っても通るかなって提案してみた。
「ううん、ここがいい。ユウちゃんと距離が近いから」
やばい、いまの言葉はくらってきた。
「レンちゃん、きょうはどうしたの?」
「なにが?」
「その……なんていうか、いつもと違う気がする」
「だって、デートだもの。相手を誘惑してなんぼじゃない?」
男前か! ──あ、いや、そういう意味じゃなくて。
「私はたじたじだよお」
「欲しいものは、どんなことをしてでも手に入れる──楓の受け売りだけど、これに関して言えば、私もその通りだと思う。だって、我慢していたら一生手に入らない」
お菓子売り場にあったガムのオマケが欲しくて泣きながら強請る子どもを見て、手に取っていたポテトチップスを売り場に戻した。好きなアーティストのCDが発売されたとき、奏翔が珍しくゲームが欲しいと言っていたから、動画サイトにアップされているミュージックビデオで衝動を堪えた。そうやって自分を誤魔化して手に入ったのは、お利口な自分と強がるだけの可愛気も無い自分。私の部屋にあるのは、いくつかの雑誌と必要最低限の服、漫画、本──あとは勉強道具とか。テレビもあるけど、それは居間のテレビを買い替えるときに貰ったお下がり品。
「だから私は、ユウちゃん……いいえ、アナタだけは諦めたくないの。自分に嘘をついて誤魔化すこともしたくない──嫌いになった?」
「嫌いになるはずないよ」
なれるはずがない──。
ここまで自分を晒け出して、真っ向から感情をぶつけてくれる相手を、嫌いになれるはずがないじゃないか。
自分の本性を相手に晒すのは勇気が要る。『嫌われるかもしれない』って躊躇する人が大半だろう。僕だってそうだ。呑み込んで気持ち悪くなって吐き気に襲われながら、それでもぐっと堪えている。
だけど、天野さんは晒け出すことを選んだ。
僕の気を引くためだったかも知れない。いや、多分そうなんだろう。でも、嫌とは思わないし、すごいなあって他人行儀に感心さえしてしまっている自分がいる。
天野さんの暴露に意識を持っていかれて、つい、優梨であることを忘れてしまった──それくらに衝撃があった。
このまま優梨を演じていていいんだろうか。
天野さんが望むもの。
レンちゃんが欲しいもの。
それが〈鶴賀優志〉という人間であると確信したいま、優梨で有り続ける必要はとはなんだろう。
誠意って、なんだ。
僕は──私は、真正面に座っている女の子に、なにを与えることができるって言うんだ。
「なんだか変な空気になってしまったわね。ごめんなさい」
「謝るのは、私のほうだよ。どうして……そんなに待ってくれるの」
それはね、とレンちゃんは微笑んだ。
「アナタのことが好きだからよ」
「……うん」
「今日だけ、私は我儘になるの。だから、頑張ってついてきて? そしたら、またいくらでも待ってあげるから」
格好いいな。
やっぱり、レンちゃんは男前だよ。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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