【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三百一時限目 サンデームーン


 タクシーに乗るのは久し振りだ。

「楓の家に行ったとき以来ね」

「だね」

 本来ならば、バスで行けるはずの道のりだったのに、それを忘れてタクシーを利用したのは佐竹君のせいだ。三人でタクシー代を割り勘したからそこまで財布に影響なかったのが不幸中の幸だけれど、バスで移動したほうが安上がりなのは否めない。うっかりにもほどがない? クラスで見せるイケメンっぷりを、普段から発揮してれば頼りになる男なのに、私たちといるときの彼は、残念イケメンとしか言いようがない。

「普段はこのルートをバスで移動してるのよね?」

「一年も見てるから飽きちゃった」

「私も飽きたなあ」

 代わり映えしないもんねって互いに苦笑いを浮かべて、「だけど」とレンちゃんは続けた。

が毎日一緒だったら、それも悪くないかな……なんてね」

 訊いてる私が恥ずかしくなるんですけど!?

 どうしてって言ったんだろう──隣にいるのが私だから、気を遣ってくれたのかな? 私じゃななくてだったら、レンちゃんは『優志君』って呼ぶはずだもんね。

「気を遣わなくていいよ? いまは私だけど、普段はだから」

「そういう意味じゃないわよ……鈍感なの?」

 怒られてしまった。

「私はどっちも好きだからって言ったの──説明させないでくれるかしら?」

「あはは……ごめんなさい」

 今日は随分とぐいぐい来るんですね……。

「珈琲一杯で許してあげる」

「それくらいなら任せて!」

 元々、誘ったのは私だし──。

 あれ?

 これってデートになってたりする?

 カテゴリはデートに類するやーつ?

 約束を果たすってことに念頭を置いてたからすっかり忘れてたけど、私が誘ったんだからデートになるよね? 二人きりだし、レンちゃんはそのつもりで誘いを受けたはず。だからいつもよりオシャレしてるんだ──ああ、これじゃ本当に鈍感なラノベ主人公じゃん!

「珈琲だけじゃなくてお昼も出すよ。誘ったのは私だし、それくらいの余裕はまだあるから」

「楓じゃないんだから、無理に大人ぶらなくていいわよ。高校生は高校生らしく、自分の分は自分で支払うわ」

 それよりも、と付け加える。

「二人きりなんて機会は少ないから」

 ──今日だけ、恋人気分でいさせて。

 耳元で囁かれた言葉は、私の血液を暴れさせて心臓が悲鳴を上げた。鳩尾部分がぎゅうっと苦しくなって耳が熱くなる。

 二人きりのとき、レンちゃんはいつも大胆な行動を取るから焦ってしまう。適当にあしらうわけにもいかないし、かと言って真っ向から対応するのも違うような──不義理って言われちゃいそうだなあ。私にもっと恋愛の経験があったら違うんだろうけど……は、柔軟に対応できてたのに、私が私であることを意識したあの日から〈優梨という存在〉を上手く扱うことができない。どうしても優志わたしであることを意識しちゃっていけない。

 これこそが、両性として生きる矛盾点なんだろうか。男としての優志と、女としての優梨。それを結合させたのがいまの自分──。優梨の演技をやめた私は、レンちゃんが好きな私なのかなって不安になる。

 それは、佐竹君に対しても言えることだ。

 レンちゃんと佐竹君は、どちらの私も好きになろうって努力してくれている。それなのに、期待に添えることなんか一つもしてないから、いつか飽きられて離れていくんじゃないかって思うと怖くなってしまう。

 弱くなったのかな。

 皆と知り合う前は、こんな暗い感情を抱いたこともなかった。もしも皆が離れていったら、楓ちゃんは恋路を邪魔する者がいなくなるって喜ぶのかな……。

「ユウちゃん、どうしたの?」

「え? あ、ごめん。考えごとしてた」

 嫌な思考を読み取られてないといいけど……。

「私が変なこと言ったからだとしたら、謝るのは私のほうよ……ごめんなさい」

 違う、レンちゃんが悪いわけじゃない。

 ダメだ、集中しないと。

 せっかく楽しい時間を作ろうとしてくれているレンちゃんに失礼だ。それに、もしもを数えたってどうにもならないじゃないか。

 これまで私たちは色々なことを経験して、様々な問題を乗り越えてきた。ちょっとだけ不浄なこともあったけれど、友だちと呼ぶに相応しい経験を積んできたと思う──だったら、大丈夫。

「今日だけなら、いいよ」

 これも経験だよね。

 最終的には佐竹君かレンちゃんのどちらかを選ばなくちゃいけないんだから、私が心地よさを感じられる方を真剣に悩みたい。それに、レンちゃんには、長い時間我慢してもらっていたのもある。一日限りの恋人をしても、佐竹君は許してくれるはずだ。だって、佐竹君も同じことを前にしてたんだから文句は言わせない。 

「本当に?」

「うん。でも、今日だけだからね?」

 私が右手を寄せると、レンちゃんの左手が伸びて絡まる。

 恋人ってどんなことをすれないいんだろう、なんて考えてたら、タクシーが目的地付近の道路の端に停まった。

「ここでよろしいでしょうか?」

 相変わらず素っ気ない対応だ。

 求められた運賃を支払ってタクシーを出た。




 いつもなら曲がる信号を直線に進むと、こんな場所に辿り着くんだなあって関心していると、レンちゃんが私の手を取り「行こうよ」って急かした。

 道路を中心に、右には土砂崩れ防止のコンクリート壁があり、左の遠方に緑の深い山が見えた。教室から見える山と同じかはわからない。名称を知ってれば同じだと断定できるけれど、山の名前なんて一々調べたりしない。

 山が好きなら話は別だけど、特別好きってわけでもないし、山なら家の近所にもある。

 それはそうとして……。

 歩道沿って車を走らせていたら、この店には辿り着くことはできないだろう。目的地のお店は歩道から少し奥にあって、手前にある一軒家が上手い具合に店を隠していた。

 タクシーの運転手は、よくこの店がわかったものだが、もしかすると私たちと同じように、タクシーで来るお客さんもいるのかも知れない。駅からここまで歩くとなると、ちょっとしたハイキングになってしまうもんねえ。

 そういえば、と思い出した。

 昔はスリーデーマーチっていうイベントに参加させられて、延々と歩かされた思い出がある。あれは苦行だった。おそらくは『健康のため』なんだろうけど、子どもだった私は運動場で鬼ごっことかしてたし、わざわざ歩かなくても運動不足じゃない。ならばいまこそ件のイベントに参加するべきでは? と問われても、現在は現在で片道三十分の距離を自転車で走ってるから、有酸素運動は間に合っているし、運動不足ではないはずだ……多分。

 お店の前には四台分の駐車場があるけれど、昼時を少し過ぎたからか二台しか埋まっていない。脇にはロードバイク──競技用の自転車──が一台、壁に立てかけられていた。付近には曼珠沙華で有名な遊歩道もあるから散歩客もいるだろう。然し、曼珠沙華のピークは九月中旬から終わりまでだ。散歩客がいるとしても数人か──なんて推測しながら野面のもせを踏んで進むと、店名の書いてあるブラックボードが目に止まった。

「カフェ、サンデームーン?」

 どこかで見訊きした名前だ。

「ダンデライオンのサンドイッチは、この店で習ったらしいわよ」 

「ああ、だから……」

 ダンデライオンで提供されているメニューのほとんどは、この店で習ったって訊いたことがあった。先代のマスターは料理が下手でねって苦笑いしながら懐かしむ照史さんの顔がふっと頭を過ぎる。

 来る前に言っていた『行けばわかる』って理由はこういうことだったのねと合点して、ログハウスのような店の入り口を抜けた。

 先ず、飛び込んできたのはすいたいの山々が一望できる見晴らしいのいいテラス。奥に進むと、眼下には川が流れていて涼しげな風情だ。テラスの横には小屋があり、屋根にはT字の煙突が伸びていた。この小屋でパンを焼いているようだ。小窓もあり、中を覗くと立派な石窯が置いてある。パンを焼いているところが見てみたいけれど、その時間ではないらしい。テラスは六席。分厚い板を使用したテーブルは、ログハウス調の店とマッチしていていい感じだ。四人席が四つ、二人席が二つ。広い席がいいなと思ったけど、残念。既に来ていたお客さんたちに占領されている。その中の一組、老夫婦のお婆ちゃんと目が合って軽く会釈。なんだかほっこりするなあ……。

 私たちの入店に気がついた店員さんがやってきた。腰に巻いた黒いエプロンのところどころに、小麦粉がついたような跡が残っていた。乾き具合からして、一ヶ月は過ぎているように思う。若い男の子だ。年もそう変わらない気がする。ただ、雰囲気が大人びているのはどうしてだろうと考えて、渋柿色の革製のハンチングがそうさせているんだと納得した。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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