【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二時限目 大学生の佐竹姉は腐っている[後]
「姉貴を信じろ」
え?
「姉貴は割とガチで普通にヤバいから」
佐竹よ。
キミが言葉を発すれば発する程に、僕の心に不安という暗闇がどす黒く渦巻くことに気づくべきだ。
『割とガチ』
……って言葉が既に意味不明過ぎるのに、
『普通にヤバい』
……ってどうヤバいんだよ、割とガチで。
僕の憂苦なんて琴美さんは一切無視して、僕の顔に下地を塗り始めた。まるで、僕の顔がキャンバスだとでも言うかのように、慣れて手つきで筆を進める。頬や額を筆で触られる感覚は初めての体験だ。こそばゆい感じ。鼻先はやめて、擽ったい。ああ、もう本当に止めてください……。
「──っと、メイクはこんなもんでいいかな。あとはウィッグを付ければ……はい、完成♪」
終わった……のか?
恐る恐る瞼を持ち上げると、鏡には見知らぬ少女が虚ろな表情で座っていた。
だれ?
食い入るようにして鏡に近づくと、鏡の中にいる少女も僕に近づいてくる。そこで初めて、この少女が僕自身なんだと気がついた。
こんな僕は知らない。
受け入れるとか受け入れないとか、そういう次元はとっくに飛び越えている。
シンデレラが魔法をかけて貰ったときのように、魔女が〈女の子になる魔法〉をかけたみたいだ。
化粧をすると変わるって訊くけど、実体験するとよくわかる。鏡に映っている僕と、親の顔より見てきた自分の顔とは違い過ぎて、同じ人間とは思えない。鏡の世界は全てが反対になるらしいけれど、女バージョンの鶴賀優志は、こういう少女なのだろうか?
「つ、鶴賀お前……マジで化けるもんだな。正直に言うとめっちゃタイプだわ」
気持ち悪いことを言わないでくれ。
「だって、あんた好みのメイクにしたから」
背後ではそんな楽しげな会話が繰り広げられていることにも気づかないほど、僕の心は動揺していた。
その動揺が、自分でも信じられない。
凄い、と感じてしまった。
肯定の意味での、ヤバい。
自分なのに自分じゃないような不思議な感覚と、込み上げてくるなにか──それを必死に抑えこんでも脳が『生まれ変わった』と認識を改めてゆく。
もしかすると、僕は──この姿でなら、失ってしまっていた自分を取り戻すことができるかも知れない。
そう勘違いしてしまいたくなるくらいの衝撃が、僕の内側で稲妻のように走った。
青天の霹靂、という言葉がぴったり当てはまる。
「あら、満更でもない顔ね? もしかして気に入っちゃった?」
「正直に言うと、ちょっとだけ」
そう、本当にちょっとだけ。先っちょだけ。なんなら痛くしないからまである──なんの話をしているんだろう、僕は。動揺し過ぎて脳がバグってしまったようだ。
「それじゃあ、これからもっと優梨ちゃんになれるように特訓しないと!」
とっくん……?
途轍もなく嫌な予感しかしない。
「姉貴、まだコイツになにかするのか?」
佐竹君が小首を傾げながら、僕の気持ちを代弁するかのように訊ねた。
「あんたのことだから、どうせ女の子を振ったときに〝俺には絶世の美女の彼女がいる〟とか言って断ろうとしたけど、その女の子に〝じゃあ、その彼女を紹介しろ〟って言われたんでしょ?」
さすがは佐竹姉。
過激な表現を外せば、ほぼ推察通りなのは驚きを隠せない。
佐竹君も自分に起きたことを的中されて、口をパクパクさせながら「どうしてわかったんだよ」と、驚きの声を漏らした。
「あんたが私に相談する内容なんて、昔からそんなのばかりじゃない」
「そうか……、そうだよな」
なにこれ、やっぱり自慢かな?
とりあえず爆発して貰うとして、琴美さんが言う『特訓』が気になって仕方ない。
佐竹君の恋愛事情なんてどうでもいいから話を進めてくれないだろうか──と、僕が琴美さんを見ていると、それを察したかのようにわざとらしく「コホンッ」と咳払いをした。
「女性になりきるには、容姿だけを整えても意味がないのよ。そんなハリボデは直ぐに見透かされる。だから、内面もしっかり女性にする必要があるの──それが特訓よ」
「もう少し具体的に、わかり易くお願いします」
「そうね。……じゃあ、ひとつ例をあげると、椅子に座るときって、男性は股を開いて座るわね? でも、女の子はそんな座り方はしないの。どうしてだと思う?」
礼儀作法の話だろうか? と訝しみながら「はしたないから?」なんて、有り体の答えを告げた。然し、琴美さんは首を左右に振る。意図を間違ったようで、琴美さんは頭を振った。
「半分正解。それもあるけど、女子の制服をよく思い出してみて?」
梅高の制服、制服……。
僕だけの純情スカート?
それとも、谷川俊太郎の『生きる』だろうか?
どちらにしてもスカートであることに代わりは無い。
はっと気づいたと同時に、琴美さんが「気づいたわね?」と、したり顔で微笑んだ。
「そう。女の子の制服ってスカートなの。スカートを履いて股を開くと前から恥ずかしい場所が見えちゃうわけ。それが教壇に立つ男性教員の目に入るって考えると……どう? 自分のパンツを見て鼻を伸ばす男性教員なんて、気持ち悪くてゾッとするでしょ?」
「た、確かに気持ち悪いですね」
そうか。
女子は毎日男性教員に対してそういう感情を抱いているのか。……不憫だな、男性教員って。
「女の子って、男子が思っている以上に色々と気づいてしまうものなのよ。肩下げバッグの紐で強調された胸をガン見する視線とか、そういういやらしい目線には特に、ね?」
それはほら、不可抗力というか、自然の摂理というか、見たくなくても目に入ってしまうというか──いや、見たくないってわけじゃないけどゲフンゲフン。
「だから優梨ちゃんが、より〝優梨ちゃん〟になる為にも、そういうところをしっかりと学ぶことが必要なのよ。優梨ちゃんは、本物の女の子以上に女の子として振る舞うようにしないと、女子に限らず、男子にも一発で看破されてしまうわ。そうならないように特訓するのよ!」
「いやいや、ちょっと待てよ姉貴」
熱弁を繰り広げていた姉に、佐竹君が止めに入った。
「いま何時だと思ってるんだ? コイツも帰らなきゃならないんだし、今日はこの辺で勘弁して──」
佐竹君らしからぬ常識発言に耳を疑ったが、琴美さんに常識が通用するとは思えない。案の定、「泊まればいいじゃん」と返ってきた
「あ、そうか。よし、鶴賀。家に電話しろ」
「なんで泊まる前提で話が進んでるのさ!?」
「頼むよ、なぁ。友だちだろ?」
友だち? だったら絶縁したい気持ちで胸がいっぱいだよ──なんて、僕が事も無げに言えるはずもない。
「いつ、僕が佐竹君と友だちになったんだ」
不満たらたらに言うのが関の山だった。
「じゃあ、今から友だちな!」
「えぇ……」
げんなりしながら溜め息混じりに呟くと、後ろから陰湿な笑い声が訊こえてきた。
「私的には〝おホモだち〟でもいいわよ?」
「姉貴、バカじゃねぇの……」
満更でもないのか?
佐竹君は不自然に顔を逸らした。
「そこで照れるの、本っ当に、やめて貰っていいですかね?」
結局、僕はこの姉弟に逆らうことが出来ずに、ほぼ徹夜で『女の子になる為の特訓』を、琴美さんから無理矢理伝授させられたのであった。
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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