【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百九十五時限目 嫌うためのスタートライン


 * * *



 彼が頑なに受け入れ難いとする理由は、同性間での恋愛が気持ち悪いという主張から起因している。

 ネットでネタ扱いされて嘲笑の対象となっていたり、相手を馬鹿にする言葉として『ホモ』が使われていたりするし、先入観から受け入れまいとしているのかも知れない。

 理解の範囲から外れている道理は誹謗中傷してもいい──なんてルールは無いはずなのに、それが平然と行われているのは遺憾だけれど、『ただのネタだ』と逃げられたらそれでおしまいだ。

 ただのネタで相手を蔑んでいいはずがない。

 そういう煽り文句に我慢できなければ『煽り耐性低いぞ』と返されるけど、そもそもってなんだよ。我慢するのが当たり前みたいに言うな。

 天野さんは『知ることが大切だ』と言った。そうだね、と思う。理解するかしないかは、自分で判断すればいい。

 知りもしないで罵倒することは簡単だ。

 興味が無いと捨ておけば、無駄に頭を使うこともない。

 楽な方へ逃げることは悪いことじゃないけれど、いまは立ち向かうべきところじゃないだろうか。

 多分、柴犬は立ち向かおうとして、心のどこかでは逃げ腰になっている。

 相手を知ってしまえば、簡単に拒絶なんてできない。ましてや、中学から高校までずっと同じ道を歩んできた理解者で、親友と言っても過言ではない相手なら尚のこと。

 信じたいんだろう、きっと。

 明日になったら『俺が悪かった』って謝罪してくれるのは待っている……いや、期待しているんだ。

 でも、残念ながらそんな日は絶対に訪れない。

 柴犬を苦しめる、という選択をした彼とのえにしは切れているのだ。

 いじめから始まる友情や恋愛なんてものは、夢物語もいいところで、御都合主義から成り立つお伽話に他ならず、悲痛な叫びこえは、どう足掻いたって形になりはしない。

 それが真実なんだ。

 僕は、そう思う。



 
 * * *




 客の往来で暇が無い柊屋珈琲店で、氷が溶けて薄くなったコーヒーを飲む。土曜日ともあればこの混雑も当然だ。目立つのは大学生カップルと、その服はどこのブティックで買ったの? と疑問に思ってしまうほど攻めた服装のマダムが数人。

 あの年齢層は、スカーフを首に巻くのがお洒落なんだろうか──なんて思ってしまうくらいのスカーフ率。旦那の悪口で盛り上がって、手を叩きながらゲラゲラ笑っていた。

 勉強会は進まず、平行線を辿っている。このままでいいはずないと思ってるだろう。でも、レンちゃん、楓ちゃん、佐竹君が頭を捻ってもピンときた様子は無い。

 ならば、そろそろ動くべきかと襟を正した。

「ねえ、柴犬」

 隣の席に座って気難しい顔をしている柴犬は、私の顔を捉えて、一瞬、嫌そうに眉を顰めた。

「なんだよ」

「柴犬はまだ、根津君のことを信じてるんだよね?」

「さあ、どうだろうな」

 肩を竦める仕種をして、ここまで苛っとさせる男もそういない。

「諦めたほうがいいよ」

「なにを、だよ」

「柴犬が知っている根津君はいないんだよ」

「は?」

 癇に障る言い方を選んだ。

「柴犬が頑なに知ろうとしない理由、当ててあげる。怖いんでしょ、知ってしまったら後戻りできないから」 

 彼は答えない代わりに、ぎゅっと唇を結んで私を睨みつけた。

 中学生だった頃の私なら、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていただろう。

 でも、いまはあの頃の賀優じゃない。

 幾らかの知識も得た。

 友だちと呼べる人たちもいる。

 傍観することしかできなかった私じゃない。

「柴犬はまだ根津君とやり直して、以前のように笑い合いたいんだよね」

 だけど、それはもう無理だ。

「根津君はきっと、自分が嫌われる覚悟でこんな暴挙に出たんだと思う」

「嫌われる覚悟……」

 うん、と頷いた。

「許すことが全てじゃない──そう言いたいのですね?」 

 楓ちゃんは話が早くて助かるなあ。

「シバっちはもう前へ進んだけど、根津ってヤツはまだ過去に囚われたままってことか」

「佐竹にしては察しがいいじゃない」

「話を訊いてりゃこれくらい……って、話を訊いてないと思ってたのかよ!?」

 ──アンタはそういうキャラでしょ。

 ──いらねえよ、そんな立ち位置!

 佐竹君とレンちゃんは、なるべくこの場を険悪な雰囲気しないように気を遣ってくれているんだろう……多分。

 静かな場所が勉強に最適とは限らない。和やかなムードだからこそ、柔軟な発想が生まれる場合もある。その効果あってか、柴犬の表情も少しは柔らかくなった気がする。

「中学生の頃の柴犬はアレだったけど、いまはそれなりになったと思う。でも、このままじゃ逆戻りだよ? それでもいいの?」

 角が立たないように言葉を選んだつもりだけど、どうだろう──。

「そうだな」

 柴犬は呟いた。

「ここまでして貰ってんのに、〝できません〟は通らないよな……まだ受け入れられるかはわからないけど、善処はする」

 その言葉を訊いて、一番に安堵の溜め息を吐いたのはリンちゃんだった。

「これでようやくスタートラインだね」

 そう、ここからが大変だ。


 

「男同士の恋愛は存在してもいい。それはわかった──んで、だ」

 そこで一度区切り、ぐいっと水の入ったコップを呷る。

「根津が俺の話を訊くのか、が問題だ」

 現状、根津君と柴犬は敵対関係にある。そう易々と、話し合いの場に参じてくれるとは限らない。

「どうやって連れてくるか、ね」

 レンちゃんが流し目で楓ちゃんを見る。

「手紙はどうでしょうか? 朝に、下駄箱に入れておくとか」

 ──ラブレターかよ。

 ──いいえ、果たし状です。

決闘デュエルしてどうすんだ!?」

 ああ、佐竹君も大分あちら側を知ってしまったね。最近、カードゲームに興じている彼らと行動したりしているから当然だと言えば当然だけど……でもね? 決闘を『デュエル』と呼ぶ資格がるのは、闇のゲームを恐れないデュエリストだけだよ──とまで喉から出かかったけれど、我慢してターンエンド。

「拳で語るのは駄目だからね?」

 一応、釘を刺しておく。

「メッセージで伝えるのは?」

 根津君のメールアドレスや、メッセージアプリのIDは知ってるはずだ。

「駄目だ、全部ブロックされてる」

「じゃあ、いまのところ手紙が最有力候補だけど……リンちゃんはどう思う? 手紙を書いたら受け取ってくれると思う?」

 柴犬ではなくて、敢えてリンちゃんに訊いてみる。こういう場合、男子よりも女子のほうが客観的に見ているものだ。

「晒されるのがオチかも」

「ああ……あるあるだな、普通に」

「あるあるね」

「あるある……なんですか?」

 楓ちゃんだけ的を得ず、小首を傾げていた。

 仮に、楓ちゃんが手紙を出して、それを晒そうものなら、それ以上の屈辱を浴びせられそうだもんねえ。なんなら、晒した人物の学生生活を終わらせるまである。そして始まるデストピア……あるあるですね。

「手紙は駄目、メッセージも駄目……おい、これは詰みじゃねえか? ガチで」

 しんと静まり返る。

 たしかに、このままでは詰みだと言える。でも、封じられた手は遠距離からのアプローチだけだ。

 手段は、まだ残されてる。

「直接、伝えればいいんじゃない?」

 遠距離が駄目なら近距離だ。

 魔法が効かない相手に、いくら魔法を放ったところで効果は無い。

 ならば、物理で対抗するのみ。

「根津君が一人のタイミング……そう、例えば下校するとき」

「いや、アイツは友だちと帰るぞ」

「だったら、一人になる瞬間まで尾行すればいい」

 その筋のプロが、ここにはいる。

「──つまり、私の出番ですね」

 誇らしげな表情を湛えているところ、本当に申し訳無いんだけど、褒められたことじゃないんだよなあ。てか、ストーキングは犯罪だから弁えてね? さすがにもうやってないとは思うけど。

「私にかかれば、相手の住所から昨日の夕飯まで、全て筒抜けですから──因みに、恋莉さんの昨日の夕飯はハンバーグです!」

 まだやってたんだ……。

「楓、後で話があるから──事と次第によっては警察に相談するわよ」

「そ、ん、な」

 いやいや、ここまで我慢していたレンちゃんに感謝するべきだよ……。

「な、なあ……本当に大丈夫なのか? 俺はもうはしないぞ……?」

 彼も彼で色々してきたから、楓ちゃんにきつく言えないんだ。ああ、だからイキり行為は黒歴史になると、あれ程SNSで騒がれているというのに。どうして皆、こぞって燃えたがるんだろう。

「目的地が同じだった、それだけのことですよ」

 やっぱり、楓ちゃんはなにがあろうとブレないなあ。あとで、レンちゃんから大目玉を喰らって下さい。はあ、なんまんだぶなんまんだぶ……。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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