【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百九十三時限目 柊屋珈琲店
翌朝、昨日の話し合いの続きをするべく待ち合わせ場所まで電車で向かっていた。
休日を返上してまで柴犬に付き合うことになったのは、昨日の話し合いが途中で終わってしまったのと、心構え的なモノを勉強して貰うためでもある。彼に伝えるべきことが山ほどあるのだ。それを伝えずして事に及ぶのはリスクが高過ぎる。
然し、だ。
どうして柴犬のために動かなければいけないんだ──という素直な感想を未だに抱いてしまい、この感情をどこに収めればいいのかわからず、自宅を出てから気鬱な気分が現在まで続いている。
この倦怠感をどうにかしようと、冷蔵庫にあった栄養ドリンクを朝食後に呷ってみた。箱に入っている高そうなヤツで、多分、父さんか母さんが愛飲している物だろう。冷蔵庫の奥に数個ストックしてあり、一つくらい拝借してもわからないよね? と勝手に手を付けたのだが……一般的な栄養ドリンクはエナジードリンクの気が抜けたような味で薬っぽいけれど、箱に入っている物は妙に甘ったるい。例えるなら、炭酸を抜いたルートビアと黒糖を足して二で割ったような味。それがまだ喉仏の裏側に滞在していて、なかなかにグロッキーだ。緑茶を飲んで緩和させようと試みたけど効果はいま一つ。こんな不味い液体を飲まなければ仕事に打ち込めないなんて、大人社会はブラック過ぎるんだよなあ。やってられない。大人になるのが嫌になりにけり──シールタイプの『戦国武将百科事典』が横目にふっと入ってきて、ついつい語尾が戦国武将チックになってしまった。戦国武将チックってどんなチックだよ。
今日は、ダンデライオンが待ち合わせ場所ではない。
『二日続けて同じ店とか飽きるだろ』と言ったのは柴犬。
その言葉を訊いたとき、脳を直接ぶん殴られたかのような衝撃が走った。
連日同じ店に通うのは、柴犬の感覚によると違うらしい。
彼の主張が〈高校生の総意〉だとするなら、特殊な環境に身を置いていることになる。でも、丸の内のOLだって同じカフェチェーン店に寄って『なんちゃらマキアート』を購入してから会社へ向かうだろう? 駅にあるコンビニで煙草を買ってから職場へ向かう部長さんだっているはずだ。つまり、毎回ダンデライオンを選んでしまうのはルーティンであり、なにもおかしいことはない──と主張し返したら、柴犬に『面倒臭えヤツだな』と吐き捨てられた。解せぬ。
指定された駅に到着。
ここからは地下を通り、待ち合わせ場所まで徒歩で向かう。
都会の駅は常に人で溢れているので、平日も休日も大差無い気がする。普段から通学で使っていれば人口密度の違いにも気づけるんだろうけど、埼玉県民が二十三区に用事があるときって、贔屓にしているアーティストのライブがあるとか、最近流行りのメーカーの服を着て周囲にマウントを取りたいとか、美味しいラーメンを食べに行くくらいでしょ? ……違う、のか? 埼玉にだって美味しいラーメン屋はあるんだぞ、とだけは声を大にして伝えたい。
地上に出る階段を上がって、近くにある宝くじ売り場が柴犬との待ち合わせ場所だが、柴犬の姿が見当たらない。まあ、三十分前に到着したのだから無理もない。次発の電車で向かえば五分遅刻になる。それでもいいか、とは思ったけれど、真面目な性格が先んじたらしい。音楽でも訊きながら待っていようとバッグの中をごそごそして、ふっと顔を上げた先にいる男と目が合った。柴犬だった。デニムジャケットの前を開いて、ブイネックの白ティーが露わになっている。下は土器色のチノパン。装飾品は、左腕に青と赤と白色の麻紐で編んだブレスレットらしき物を付けている。美容院の店頭でぐるぐる回っているアレを彷彿とさせるデザインだ。下に垂れる紐の先にあるターコイズブルーの留め石が僅かに揺れていた。
柴犬は徐にジャケットのポケットから携帯端末を取り出すと、ポチポチ文字を打つ。数秒後、バッグの中に入れてある自分の携帯端末が揺れた。
『優志なのか?』
再び柴犬に視線を戻すと、柴犬の口が半開きになっていた。そこそこに間抜け面だ。まあ、こんな格好をしているのだから、わからないのも無理は無い。携帯端末をバッグに戻して柴犬の元へ。
「優志、なんだよな……?」
「そうだよ」
「お前、いつからそういう趣味になったんだ」
随分なご挨拶ではあるけれど、初見リアクションとして当然だろう。
「女装も重要なこと……なんだよな?」
どうなんだろう、自分でもよくわからない。
昨夜、レンちゃんから『ユウちゃんの姿で』とメッセージが送られてきて、激しい眠気に襲われていたときだったから、深く考えずに承諾してしまった。
眠いときって思考が鈍るけれど、最近の疲れは尋常ではない。それもこれも、目の前にいるこの男のせいだ。
「詳しいことは、皆が揃ったときに説明するよ」
私じゃなくて、この格好を指定したご本人が……だけど。
「あ、ああ」
柴犬が居心地悪そうにする中、五分くらい過ぎた頃に、楓ちゃんが大河さんの運転する車で到着した。
大河さんと目が合ったけど、私の正体には気がついていない様子で、楓ちゃんを下ろすと足早に車を発進させた。
その後、春原さん──優梨の姿のときは『リンちゃん』と呼ぶことにしている──レンちゃん、佐竹君の順で到着。
「相変わらずの別人姿で吃驚だよ」
リンちゃんがこの姿を見るのはクリスマス以来だ。
あのときはかなり恥ずかしい格好をさせられたけど、今日はちゃんと、女の子らしい服装で纏めている。
──そう言えばその格好を見るのは久しぶりじゃね? ガチで。
──いつもながら、悔しいほど可愛いらしい姿ですね。
──うん、本当に。
お褒めに預かり光栄ではありますが、駅前で井戸端会議は格好がつかない。
「移動するか」
柴犬の声に同意して、私たちは先頭を歩く柴犬と、隣を歩くリンちゃんの後をついていった。
駅から徒歩五分、大型家電量販店の反対側に目的地がある。柴犬は店の入り口、地下へ続く階段の手前で足を止めた。
「ここでいいだろ」
いいだろ、と言われましても。
お高い雰囲気がひしひしと伝わってくる看板に〈柊屋珈琲店〉と金字で書いてある。
柊はクリスマスによくお目に掛かる刺々しい葉と小粒の赤い実が印象的な植物で、赤い実なんだから赤い花を咲かせると思いきや、実は白い花を咲かせるのだ。
それと珈琲がどう関係するのやら──それを言ったら身も蓋も無い。
大方、代表取締役の名前を使ってるんだと予想するけれど、苗字に『柊』ってずるくない? 格好いいにも限度があるでしょ。
柴犬の「いいだろ」に反論する者はいない。だって、私たちにはここ以外に選択肢が無いのだから。もっとも、私はもう一件だけ心当たりがあるけれど──以前に文乃ちゃんと出向いた店──そこへ行こうと言える雰囲気ではなかった。
地下ということもあり、窓という窓は見当たらず、店内は大正時代のハイカラモダンな作りとなっていた。赤い絨毯が敷かれた床は、珈琲を溢したらさぞ掃除が大変だろうな、なんてお節介を抱いてしまう。
「女性スタッフはメイド服なんだなあ……」
だからと言って〈らぶらどぉる〉のようなサービスをする店じゃない。あくまでも店の雰囲気に合った制服が給仕服だった、だけだ。『萌え萌えキュン♡』を期待しているのだとしたら、いまからでもそちらへどうぞ、と思っていると、席の確認をしていた女性店員さんがやってきて、席へと案内してくれた。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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