【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百九十二時限目 柴犬の決意


 がたがたと窓を打っていた雨はに変わり、傘を差さずに通りを歩く人もちらほらと見受けられる。ここまで小降りになれば、わざわざ遠回りして電車で帰る必要も無さそうだ。大雨の中を自転車で走ると無駄に神経を使うし、体力的にも疲れるし、散々な結果になる。

 この話合いが終わる頃には微雨も止んでくれるといいけれど、その前にこの議論を終わらせなければならない。

 僕が出した結論──それは、柴犬には理解できない解答だったんだろう。「なに言ってるんだお前」と言わんばかりに目を丸くして僕を見つめる。

「どうして俺が根津アイツの彼女に……そもそもどうして俺がなんだ? てか、どうしてそんな答えになったか訊かせろ」

 適当言ってるなら殴るぞ、と眉を顰めた彼を見て、ああ、やっと柴犬らしくなってきたと一安心。

 でも、まだ話は始まったばかりだ。

 ここから、彼女への想いが試される。

「適当なんか言ってないよ。どうしてそんな結論に至ったのか説明するから」

 ふうっと一呼吸。

「質問なんだけど、柴犬は根津君に〝春原さんが好き〟って伝えたことがあった? 佐竹がそんなことを言ってたけど、柴犬には訊ねてなかったからさ──どうなの?」

「ある」

「いつ頃の話?」

 凛花と付き合う前だから、秋の終わり頃だったな、と柴犬は答えた。

「それは、根津君が柴犬をいじめの標的にする前の話だよね」

「ああ……それがなんだって言うんだ」

 重要なことなんだよ、と返した。

「柴犬と根津君って中学時代から現在も同じ学校に通ってるけど、根津君はどうして柴犬と同じ高校に進学することにしたと思う?」

「それは」

 言いかけて、口が止まる。……多分、柴犬本人はその理由を知らない。いや、知ろうとも思わなかったんだろう。そこには『友だちだから』という壁があるからだ。『アイツは俺の友だちだから、同じ高校を選んだ』くらいにしか考えていなかったに違いない。

 そうじゃなければ、こんな事態に陥ることもなかったはずだ。

「柴犬ってさ、中学時代に好きな女子にちょっかい出して嫌われた経験とかない?」

「まあ、そういう時期もあったが……」

「え、ちょっと待って」

 ここぞとばかりにハラカーさんがぐいっと手を挙げた。

「私、全然ちょっかい出されてなくてむしろ放置だったんだけど」

「凛花さん。それはおそらく、柴田さんが恋愛に対して奥手になったからではないでしょうか?」

 月ノ宮さんの発言に、柴犬の眉がぴくりと動いた。

「中学時代に苦い思いをすれば、好意を寄せる相手にアプローチするのを躊躇うでしょう……違いますか?」

 柴犬は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしながら、「そうだ」とだけ返した。ハラカーさんはどうも納得できない様子だけれど、いまは放置して話を戻す。

「インフルエンザ事件は覚えてる?」

 学級閉鎖ギリギリまで追い詰めたインフルエンザのせいで、柴犬はクラスのヒエラルキーをひっくり返された革命とも呼べるあの事件を、柴犬本人が忘れるはずもないが──。

 ──インフルエンザ事件ってなんだ?

 ──いいから、アンタは黙ってなさいよ。

 これは僕と柴犬しか知らないから、佐竹たちはちんぷんかんぷんだろうと、インフルエンザ事件の概要だけを皆に伝える。

「やんちゃしてたんだなあ、シバっち」

「男子ってそういうところあるわよね」

「私はその駒井という殿方が気になりますね──とても腹黒そうです」

 駒井君も、月ノ宮さんを見たら同じ感想を抱くと思うけれど……黙しておこう。

「私は噂で訊いてたから驚かないけど、いまの健とは随分違うから想像できないよね」

 ハラカーさんが苦笑い。

「お前ら言いたい放題だな……んで、それがなんだってんだ」

 柴犬は過去の話をされてご機嫌斜めらしい。ほじくり返されたくない過去は誰にでもあるけれど、この事件がターニングポイントなのだから大目に見て欲しいんだけど……あとで肩パンされそうだなあ。

「この事件で、柴犬とつるんでいた大半はいなくなったよね」

 ──お前はそれ以前から離れたけどな。

 ──だって、僕は万引きで度胸試しとかしたくないもん。

「シバっち、万引きは窃盗罪だぞ。ガチで!」

「ああもう、だから佐竹は黙ってなさいって! ただでさえややこしい話が輪を掛けてややこしくなるでしょ!?」

 天野さんに剣突を食らわされた佐竹は、しょんぼりと肩身を狭くして居心地悪そうに「だって、窃盗は犯罪だろ……」と、ぶつぶつぼやく。

 佐竹の言い分は当たり前なんだけど、佐竹に構っていたら終わる話も終わらないんだよ。てか、この場に佐竹って必要だった? 誰が呼んだの? ……あ、僕だ。佐竹を呼ばないと寝覚めが悪いって天野さんが言うもんで、渋々連れて来たんだった。

「……それは兎も角として、大半が駒井君派に流れたけれど、根津君は柴犬の傍を離れなかったよね」

「ああ。正直、あれは嬉しかった」

 だろうね、と首肯する。

「根津君はね、柴犬以外にはあまり興味が無いんだよ。柴犬がいないと話の輪に入ろうとすらしないんだ」

「そんなわけ無いだろ」

 あるんだよ、これが。

「蚊帳の外からクラスを見てきた僕だからわかる」

「説得力がだわ……ガチで」

 佐竹の言葉に、月ノ宮さんと天野さんがうんうんと激しく頷いた。

 そこまで説得力がある発言だったか!?

 ……だったなあ!?

「と、兎にも角にも、インフルエンザ事件を通して、根津君の意識が変わったのは確かだよ」

「どう変わったんだ」

「〝守る側〟になったんだ」

 ──誰を?

 ──柴犬を、さ。

「馬鹿馬鹿しい。俺は根津に守られているって感じたことは無いぞ!」

「だったらどうして、根津君は柴犬と同じ高校に進学したんだ」

「友だちだから、だろ」

 と、柴犬は声を潜めて呟く。

「それは違うよ!」

 弾丸論破ァ! とばかりに声を振り絞った。やばい、めちゃくちゃ気持ちいい。これは癖になりそうだ。帰りついでにゲオに寄って、一期を全巻借りて夜通し見るまである。

「これまで暴君のように振舞っていた柴犬の弱さを知って、柴犬を守る側になった根津君は、友情以上の気持ちを抱いた。これから先もこういうことがあるかも知れない──だったら、自分が柴犬の傍を離れなければいい」

「あり得るのか、そんなことが……」

 柴犬は信じられないだろう。

 でも、この場にいるメンバーは違う。

 恋愛が男女だけに留まらないことを、彼が、彼女たちが一番理解している。

 恋愛とは、全ての性別に適用されるのだ。

 その事実に不快感を抱く人も多いだろうけれど、マイノリティが迫害されていい理由にはならない。法律や宗教で禁止されている国もあるが、好きになってしまうのは自然の摂理。息をするくらい当然なんだ。

「根津さんが確信に至ったのは、柴田さんと凛花さんが付き合うことになったから、ですね」

「ここまで追ってきたのに、横から掻っ攫われたらたまったもんじゃねえよな。ガチで」

「だからと言って、凛花が悪いわけじゃないからね?」

 天野さんが穏やかな声音でハラカーさんを宥めると、ハラカーさんはゆっくりと、天野さんの言葉を噛み締めるように顎を下げた。

「柴犬は僕よりもできるヤツだから、ここまでの流れで〝どうして根津君がいじめをすることになったのか〟の理由は理解できたよね」

にわかに信じ難いがな……」

「凛花さんにだけ被害が集中したのは、そういう意図があったから──柴田さんと凛花さんを離れさせようとしたんですね」

 ご明察、と僕は目配せをする。

「好きな人にはちょっかいを出したくなる、かあ……」

 天野さんはなにか思うところがあるようで、頻りに納得していた。僕の知らないところでなにかあったのか──まあ、詳しくは訊かないけれど、ちょっとだけ気になる。

「だとしても、だ」

 解決ムードが漂う中、柴犬は空気を裂くように声を大にした。

「俺には凛花がいる。今更そんなことを知っても〝はいそうですか〟って納得できるはずないだろ。それに、俺が根津の彼女になるって? 絶対に御免だ。一日限りでもな!」

 柴犬の言い分は最もだ。

 誰がいじめの主犯格と仲よくしたいと思うだろう。一日限りだとしても、恋人関係になるなんて屈辱以外の何物でもない。そういう関係が成立するのは二次元に限るし、寝言は寝て言え、と鼻で笑いたくもなる。

 けれど、柴犬はあの日、僕にこう言った。

「柴犬は言ったよね。〝自分はどうなってもいいから〟って──いまがその決断をするときじゃないの?」

「それとこれとは別だ!」

「へえ、が、自分の発言に責任を持たないんだ。なーんだ、ちょっとは成長したと思ったんだけど、内面はやっぱり変わらないんだ。雰囲気だけのヒーロー、牙の無い狂犬、虎の威を借りまっくたピーちゃん──全部、柴犬に対して言われていた陰口だよ」

 柴犬は歯を食いしばりながら、腹の底から沸き上がる怒りに肩を震わせている。ここで拳が飛んで来ない辺り、少しは成長したようだ。てか、これは肩パン三回で許して貰えるだろうか……? 最悪、顔じゃなくてボディにして貰おう。

「知ってる」 

「え」

「そう呼ばれていたのは知ってる──根津から訊いた。でもアイツは、そんなことないって……マジかよ、クソッ」

 隣にいるハラカーさんは、そっと柴犬の手を握り締めた。

「無理にしなくていいよ。これくらい自分で解決してみせるから、……大丈夫だよ」

 その言葉を訊いた彼の目が、死んだ魚のようだった失意の眼が、光りを得たように生き返るのがわかった。

「優志……皆、協力してくれ」

 そして、土下座するようにテーブルに額をつけた。

「俺は、どうすればいい」

 全く、単純なヤツはこれだから扱い易い。

 ここからが本番だな。

 誠意には誠意を、悪意には悪意を、が僕のモットーなのだ。

 そして、彼女もまたそうだ。

 どんな手段を用いてでも勝利を掴むとする精神は、僕のモットーと精通するところがある。

 目には目を、歯には歯を。

 受けた屈辱以上の後悔を、彼にプレゼントしようじゃないか──。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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