【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百九十時限目 主犯格の正体
昼頃から降り始めた雨は放課後になると本降りとなり、ダンデライオンの窓をがたがた打ち付ける。満開に咲いた桜も、この雨に打たれれば一溜まりも無いだろう。結局、桜が開花しても満足に楽しむ時間は少ないのだ。桜雨が美しい桃色の花弁を落として、道路の縁に溜まっているのを、ここまでの道中で何度も見てきた。
「これは……、今日はもうお客様は来なそうだなあ」
苦笑いを浮かべながら、照史さんがうら悲しそうにぼやく。
店内をぐるりと見渡せば、常連さんの姿は無い。いつも通りのダンデライオン。閑古鳥の代わりに、店内のスピーカーからライドベルがカチンと響いた。……本当にこの店の営業は大丈夫なんだろうか? 照史さんの苦笑いを見る度にそう思って止まない。僕が梅高に在学しているまでは保ってくれよ、ダンデライオンッ──! と祈るばかりだが、初めてこの店に訪れてから徐々に客も増えている気がする。
流星も通っているし、どうやら関根さんもお忍びで通っているようだ。
彼女は彼女で、素の自分に戻る時間が必要なんだろうなあと一考すると、普段の奇抜な態度に労いの言葉の一つや二つをかけてやりたくもなるもんだ。まあ、そんな言葉をかけても『なんのことかさっぱりわけわかめ高校ですな』とはぐらかすに違いない。そして僕は、彼女がマサルさんを読んだことがある事実を知って、クリンナップクリンミセス! と敬礼するだろう。しないけど。
僕らがダンデライオンに到着してから、珈琲をお代わりしようかという適時に、小気味好いドアベルの音が──今回の件の依頼人である柴田健と、恋人である春原凛花が入店した。昨夜、天野さんに連絡した後、柴犬とハラカーさんにもダンデライオンに来るように連絡を入れておいたのだ。『これからの作戦を立てるから来てくれ』と伝えると、二人とも二つ返事で承諾してくれていまに至る──。
「随分と人数が増えたな」
柴犬がカウンターから二つ椅子を運びながら、特に気にしていない様子で呟く。ハラカーさんは何度も対面している相手だから、気軽に「おひさー」と手を振り挨拶を交わしているけれど柴犬はこれが二度目だ。心を開くにはまだ時間が必よ──。
「よう、シバっち!」
「おう」
あ、……あれれえ? おかしいぞう?
「二人も、今日はよろしく頼む」
柴犬が頭を下げると……
「力になれるかわかりませんが、善処致します」
「よろしくね、柴田君」
どうしてそんなにフレンドリーなの?
アットホームな職場で社員は家族なの?
できない理由を追求するより、できる理由を探す系ブラック企業かな?
「なんだよ、その顔」
「あ、いや。なんでもない」
僕の常識とはかけ離れた世界に足を踏み込んだ気がして居心地が悪いと思っていたら、柴犬にツッコまれてしまった。──いやいや、だって二回目ですよ? どんな顔して話せばいいのかわからない気まずさで死にたくなるものじゃないの? メンタルどうなってんだよ。グフなの? ザクとは違うのか……。
「照史さん、お久しぶりです。えっと、俺はホットのブラックを。凛花はカフェラテ──お前らは?」
それじゃあ、と僕らも追加オーダーを取る。
なんだこの流れ……。
気が利くにしても限度があるだろ?
あの頃の柴犬はどこに行っちゃったんだ……。
「優志さん。優志さん……訊こえてますか?」
「あ、ごめん。ちょっとフォースの暗黒面に染まりそうになってた」
──そういや、ジェダイって柔道から名前を取ってんだってよ。ガチで。
──ヨーダのモデルは依田義賢だもんな。
──その説は監督が否定してるよ。
「スターウォーズ談義はそこまでにして、本題に入りませんか?」
「男子ってスターウォーズ好きだから止まらないのよね」
その通り。
スターウォーズ好きの男子なら、映画一本分は語れるだろう。子どもの頃のアナキン可愛いとか、オビワンの師匠クワイ=ガン・ジンが噛ませ役過ぎるとか、ルークのメンタル弱過ぎ問題とか──ディスってるわけじゃなくて、人間味が溢れるキャラクターこそ魅力溢れるのだ……という話なのだけれど、たしかによくよく関係の無い話である。
話が段落を落とす頃、照史さんが爽やかスマイルで珈琲を運んできた。そして、「ごゆっくり──フォースと共にあらんことを」と残して、カウンターへと戻って行った。
「作戦を立てるって話だったけど、具体的にはどういった感じ?」
春原さんは柴犬の隣で、カフェオラテを両手で顔の前に持ちながら湯気越しに訊ねた。
「あと、月ノ宮さんと天野さんがいる理由はわかるが、どうして義信もいるんだ?」
「シバっち、俺の扱いが雑になるの早くね!?」
冗談だよ、そういきり立つなって──柴犬がイタズラっぽく笑った。
「佐竹は兎も角、ここに皆を集めたのはより詳しい情報と、より上質な意見を参考にしたいからだよ。僕だけの考えを押し付けるよりも、皆の意見を参考にしたほうが納得できるでしょ」
「そうか──まあ、そうだな」
……そうなのかよ。
柴犬は悩む仕草をしたが、直ぐに納得したようだ。
「凛花はもっと私を頼ってよ」
「あー、ううぅ……ごめん」
そんなやり取りを何度か交わしていると、痺れを切らした月ノ宮さんが咳払いで場を整えて、ちらりと僕を睥睨する。はい、わかってます……司会進行しろって言いたいんだろ。こういうのは適切なタイミングがあるんだよ。
──あ、それがいまか。
「先ずは今日の報告を訊きたいんだけど、柴犬と春原さん、頼めるかな」
二人は顔を見合わせて静かに首肯く。
「俺が見ている範囲では……シカト以外だと、俺たちに誰も寄り付かなくなった。昨日までは嫌味を吐き散らしていたヤツも、まるで俺らを空気扱いだ。それならそれでいいんだけどよ……まるで嵐の前の静けさみたいで薄気味悪さが否めないって感じだ」
なるほど。
「春原さんはどう? 柴犬の目が届かないところでなにかされた?」
「えっと……」
僕の質問に答え難いのか、ハラカーさんは言葉を選ぶように訥々と語り始めた。
「トイレに入ったとき、ドアを開かないように固定されたり、体育着に着替えるときに、その……」
「優志、これ以上は酷だろ。マジで」
ぎろりと佐竹に睨まれてしまった。
「話してくれてありがとう」
どうやら、男子よりも女子のほうが陰湿な行為をしているようだ──予想はしていたけれどいい気分はしない。隣に座っている柴犬を横目に見ると、怒りで肩が震えていた。
誰もが口を閉ざした静寂、月ノ宮さんが「いいですか」と手を上げる。
「今回の主犯格は誰なのでしょうか? そこを知らなければ対策のしようがありません」
「そうだね……柴犬、どうなの?」
柴犬の表情が曇る。
いじめの主犯格なのだから、ソイツのことを考えるだけで苦痛なのは察せられるけれど、それにしたって言葉が詰まるくらい発したくない名前なのか? 柴犬は心を落ち着かせようと、手元にあったカップを取り一口。
「え、あまっ!?」
「それ、私のだよ……」
「悪い」
なにそれ、新手の惚気ですか──いまの動作で酷く動揺しているのがよくわかった。
柴犬はもう一度、自分のコーヒーカップかを確認してから二口三口啜る。はあ……と吐き出した吐息は、重苦しい色をしているようにも感じ取れた。
「主犯格は、優志、お前もよく知ってるヤツだよ」
僕もよく知っている……?
「中学時代、俺の相棒だった」
柴犬の、相棒……。
「──根津俊明だ」
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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