【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百八十八時限目 綺麗な華には毒がある
流星は「通せ」と言いながらファンクラブの面々を掻き分けて、彼らの懐に入っていった。
数秒後、モーゼの十戒かのように一本の道が出来て、流星が楓を先導しながら私の元へ──一体どんなマジックを使ったのかしら。
楓の気を引こうとするファンクラブにはクラスメイトの私でさえも梃摺る程に訊きわけがない。佐竹でさえも手を焼くような集団から、楓だけを連れ出すのは至難の業だと言うのに、流星はいとも容易くやってのけた。流星の見た目が功を奏しただけというのは充分考えられる要素ではあるけれど──彼をよく知らない人が初見で抱く感想は、ヤンキー以外の何者でもないもの──それ以上に、流星の後ろを満遍の笑みで歩く楓も妙ね。
流星と楓はあまり接点が無いはずで、優志君繋がりで話すようになったのは私も同じだ。
私と流星はそれ以前から交流があったけど、顔を合わせれば面白い顔をしないので、私から積極的に声をかけるなんてこともなかった。それが、いまでは友だちみたいな関係にある──向こうはそう思ってないかも知れないけど。
「連れてきたぞ」
「あ、うん。……ありがと」
流星はそう言って、どこかへふらっと行ってしまった。
流星のバイト先〈らぶらどぉる〉に行く理由を訊けずにいるのは消化不良だわ──けれど、楓を連れてきてくれたんだから約束は守らなきゃよね。はあ、気が進まないなあ……。
「恋莉さん、お話があるというのは、どういった内容でしょうか?」
あー、ええと……うん。
「ちょっとここは人が多いから、場所を移してもいいかしら」
「わかりました、少々お待ち下さい」
楓がファンクラブの面々に、自分が席を離れることを告げると、彼、彼女たちは散開する。然し、そうなった理由を鑑みれば私であり、アイドルを取り上げられたファンの面々は、矢を射るような眼で私を睥睨しながら教室を出ていった。
楓の人気は衰えるところを知らない。
私、夜道で刺されたりしないかしら? さすがにそこまで狂信的じゃないと思うけど……一応、用心だけはしておかなければと、鞄の中に入れてある防犯ブザーを確認した。水色の雫型で、フォルムだけを見れば携帯型電子ペット育成ゲームに似ている。丸みを帯びいた形状の先端部分に付いている紐を引っ張ると、けたたましくアラートが鳴り響く。
中学一年生の頃に購入した物だけど、一度だけしか作動させていない。一度の作動は購入した日に、部屋で動作確認をするため。動作は確認できたものの、どうすれば鳴り止むのかわからず、紐のプラグ部分を本体に取り付ければ鳴り止むことに気が付かず五分くらい悪戦苦闘したのは鮮明に覚えていた。
最近の防犯ブザーは携帯端末と連動出来る物がある。ブザーが鳴ると専用のアプリが連動して通知が届くという仕組みだ。私が購入した防犯ブザーは音が鳴るだけの代物で、そういったハイテクな技術を施されていない。最近は物騒な世の中になったから、催涙スプレーも持参するか検討しようかしら……用心するに越したことはないもの。
「お待たせしました。どちらへ? このまま愛の逃避行でも構いませんが」
「冗談、よね?」
「ええ、午後の授業もありますし」
この子が言うと冗談に訊こえないのよね。目が本気だし、専用ジェットでハワイまでひとっ飛びしそうだわ。……持ってるのかしら、専用ジェット機。結構なんでも有りなご実家だから、ジェット機の一台や二台は持っていそうだけど、生憎、私は国外に出たことはないからパスポートを持っていなかった。
私は女子トイレに楓を連れ込んだ。
楓も、愛の逃避行先が近くの女子トイレとは思ってもいなかったはず──トイレから始まるラブロマンスなんて見たくもないわ──こんな場所でするような話じゃないし、頼みごとに適した場所でもないのはわかってる。でも、ここ以外に適した場所は、優志君が昼食を取っているグラウンドの隅にあるベンチくらいしか思い至らない。もう一年はこの学校に滞在しているはずなのに、適当な場所も知らないのは大問題ね。今度、時間があったら学校内を隈なく散策してみようと思う。
薄暗い女子トイレは陰湿な空気が漂っている。
外は小春日和だというのに、窓が天井ギリギリにあるので陽射しが入るタイミングが限られているからだ。
六つある個室の一つは掃除用具入れで、残りの扉は開け放たれている。
奥から三番目の扉を三回ノックして「花子さん、遊びましょ」と言うと、便器の中から手が出てくる……なんてのは小学校のときに訊いた学校の七不思議の一つ。この話を初めて訊いたときは、一ヶ月くらい学校のトイレを使えなかったっけ。
楓は洗面台を背にして、私が口を開くのを待っていた。
鏡に映る彼女の黒く長い美しいストレートヘアは、楓が『大和撫子』と呼ばれる所以にもなっている。いつ見ても惚れ惚れとしてしまう艶やかな髪は、揺れる度に甘い香りを放つ。どんなシャンプーとリンスを使ってるのかしら? 高級な物だったら手が出せないけれど、今度、この件が落ち着いたら質問してみようかな。その向こう側にいる私の顔ときたら、随分と気まずそうに眉を曇らしていた。いけないいけない、しっかりしなきゃ。
「あの、恋莉さん。こんな場所に呼び出してなにをしようと……」
「へ、変なことはしないから!」
「へんなこと? ふふっ、恋莉さんにもそういう一面があって嬉しいです」
「そういう一面って……あ、ち、違うわよ!? そういうことを言ったわけじゃないからね!」
──私はいつでも心の準備は出来てますよ?
──本当に楓ってブレないわね。
ある意味、関心してしまいそうになる。
彼女のこういう一面を知っているのは、多分、私たちだけだろう。
イベントごとには月ノ宮家の頭角を表す楓だけれど、普段は大人しいお嬢様のそれだ。
春先の河原に咲く曼珠沙華のように可憐だけれど、毒を密かに隠しているのを私は知っている。
そんな彼女が好意を抱いているのが私……どうして私なんだろう。
「あまり時間が無いから、本題に入らせてもらうわね」
「ええ。どうぞ」
気持ちを切り替えて楓の眼を見つめると、大きな黒目が私を吸い込まんと捉えていた。口元には微笑みを湛えているけれど、目は真剣そのものだ。思わず怯みそうになる自分を鼓舞しながら、なんとか持ち堪える。
「楓をここに呼んだのは──」
「優志さんに協力を要請されたから、ですよね」
私の言葉を待たずに、楓はきっぱりと言い当ててみせた。有無を言わさないとする迫力は、さすが月ノ宮家の人間だと言わざるを得ない。
イベントごとでは率先して先頭に立ち、陣頭指揮をしていた彼女だけれど、優志君が立ち向かう問題に対しての回答は出せていないという印象だ。
だから、私と楓を隔てる壁はそう高くないと思っていたのに──それはとんでもない勘違いだと改めて思い知らされた。
優志君には予め、楓に協力を要請したけど断られたという話は訊かされていたから想定の範囲内ではあったけれど、いざ、彼女とこうして対面すると、嫌でも感じ取ってしまう。絶対的な自信と、それを体現するようなオーラ。
付け焼き刃な作戦では……優志君が私に提案した作戦では、彼女は頭を縦に振ってはくれない。きっと、その作戦だって楓は見透かしている。
私と話すときは自分の願望ダダ漏れで、ちょっぴりえっちな女の子──でも、目の前にいる彼女はその面影の欠片も無い。まるで、どこぞの会社の社長さんと対面しているかのような緊張感で喉が締め付けられる。
私がだんまりを決め込んでいると、楓は慈愛を含んだ微笑みを口元に薄っすらと残しながら一歩前に踏み出した。
「時間が限られている状態で口を閉ざすのいけませんよ?」
そして──。
「覚悟を見せて下さい。優志さんに頼るのではなく、アナタの言葉で私を動かして下さいませ」
彼女は凛とした表情で、私に宣戦布告とも捉えられる言葉を投げかけた。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ
【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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