【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百八十七時限目 二人の企みは不自由な自由を満喫する時間に
昼休みを告げるチャイムが、教室前方の壁に取り付けてある灰色の薄汚れたスピーカーから流れて教員が教室から退出した。
我がクラスの面々は、政府の弾圧から解放された民衆のように、わあっと喜びと疲れが入り混じったような声で溢れる。
理数系科目が続くと本当に参るものだ。
文系科目を得意とする僕は、黒板に羅列された数字の数々を見ても興味を惹かれない。最も美しいとされる黄金比の方程式だって、僕が見れば単なる数字である。実に面白くない。
自由を得た烏合の集たちは、一時間満たない不自由を満喫するべくグループを形成。机四つを一組にしたテーブルを作って、各々が持参したお弁当を広げたり、「今日はなに定にすっかなあ」とぼやきつつ〈本日の定食〉について語り合いながら食堂を目指した。僕の座る列の最前列ではカードゲームに興じるグループがいる。彼らの昼食を決まってコンビニで購入した菓子パンやおにぎりだ。五枚入りのカードパックを購入するために食費を浮かせているのだろう。その涙ぐましい節約術に見合った結果は……どうやら得られなかったようだ。落胆と共にそっと鞄に戻し、気を取り直してデュエルスタンバイ! ドロー! オレのターンだぜ! カードを一枚伏せてモンスターカードを裏守備表示で召喚! ターンエンド! このやり取りが教室で堂々と行えるのも、佐竹がクラスを上手くまとめあげている証拠だ。普通ならこうはいかない。オタク、陰キャのレッテルを張られて虐げらるのが運命。
さてさて、僕も行動に移そうか。
佐竹がカードゲームに興じている彼らの横で、「その手札はなかなか厳しいんじゃねえか……ガチで」と心配そうに見守っているのを確認してから席を立つ。椅子が床を引き摺る音が響き、その音を合図にしたかの如く、天野さんがちらりと僕を見た。『本当にいいのね?』そう訊ねられた気がした僕は静かに首肯する。
息を潜めて足音を盗みながら、誰にも悟られぬように、後方のドアから教室を出た。
廊下には温暖な日差しが窓を伝って差し込んでいる。井戸端会議よろしくに会話をしているのは生徒会役員共。なにか問題発生か、一人の生徒と真剣な表情で会話している横を通り抜けて、校舎裏階段を使って一年生たちがキャピっている一階へ。まだあどけなさの残る彼らを見て、あと数ヶ月すれば男子諸君のほぼ全員は声変わりを終えて、クラスの問題に直面するに違いない。それは女子も同様だ。色恋沙汰も増えていくだろう。そうして様々な経験を積んで、逞しく成長して、一刻も早く二年生の補佐を宜しく頼む──我ら二年生はそこそこにポンコツだから、君たちが梅高の柱となれ! 他力本願も程々に、歩き慣れた経路で下駄箱を目指した。
下駄箱を開く瞬間は無駄に胸が騒ぐもので、以前にラブレターなんて代物が入っていたから気が気じゃない。この一件はもう解決しているから、間違ってもラブレターなんか入るはずもないのに……ふう、よかった。
靴に履き替えて外に出ると遠山の緑が深く、肌寒いと感じていた風も温もりを感じる心地よさを覚えた。
中庭にあるビオトープ周辺は草原となり、ところどころから勿忘草が顔を出していた。だが、肝心の池は薄汚れた水が淀んでいる。『生態系の観察』を目的とした一角だが、誰も管理をしていないので荒れ放題だ。ある意味それは〈生態系の観察〉らしいけれど、観察をするのであれば管理をするのも当然で、それを怠っている時点でこの場所の人気の無さが伺える。
体育館と美術棟の間を渡り、雑草が茂る勾配を転ばないように気を付けながら下りると、グラウンドで運動部が昼練をしていた。
梅高の運動部は大きな大会で成績を納めるような功績も無い弱小揃いだけれど、それでも運動が好きな者同士が競技を楽しんでいるんだろう。僕も体力があるなら……自転車通学だけでもしんどいというのに、更に運動を増やすなんて無理ですねえ。
そんな彼らを見渡せるグラウンドの桜並木の辺にあるベンチに座って、手提げ袋からお弁当を取り出して膝の上に広げる。
さあて、いただきます──。
* * *
息の詰まるような数宇の授業が一段落。
ほっとしたのも束の間、合図のような音が教室の隅から訊こえた──正体は優志君が椅子を引き摺る音。わかってるわよ、だからそんなに急かさないで──視線を送ると優志君は静かに頷いて、気配を殺しながら教室の端を辿るように歩いて出て行く。あれで気配を消したつもりなのかしら? 流星が不思議そうにその後ろ姿を目で追っている。そして、大きな欠伸をしてから机に覆い被さるように眠りについた。
教室の中は一年生の頃とは違った雰囲気が漂っている。
それはおそらく、個々に別れたグループの面々が入れ替わったからに他ならない。
私をよく思ってくれて、休み時間になると寄ってくる友だち数人も、佐竹率いるイケイケ軍団に入っているし、オタクっぽい趣味をしている男子も一人増えた……って、なんだ、佐竹じゃない。
二年生にもなると、クラスの女子たちの化粧率が上がる。地味だったあの子が大変身──とまでは言わないけど、これまで目立ったりしていなかった子が男子に注目されるようにもなって、そこら辺から『誰それと誰それが付き合ってる』とか『この前、違うクラスの男子から告白された』みたいな話が訊こえてくる。別に羨ましいとか思ってないし。
私の友人であり台風のような子、クラスでは変人扱いされている関根泉は、早々に教室から出て行った。『今日の日替わり定食は大人気の生姜焼きだから、お先に失礼するよー!』と私に伝えなくてもいいのに……可愛らしいけど。
優志君から頼まれた楓の説得だけど、楓を取り囲む、通称・月ノ宮ファンクラブ──優志君がそう呼んでるから私も真似している──の面々の目を盗んで楓と接触するのは困難を極めそうね、上手い方法はないかしらと考えていたら、私の背中を誰かが突いた。
「ひゃうっ!」
驚いて振り向くと、
「可愛い声を出すもんだな、天野」
眠ったはずの流星が、顰めっ面で私を見下ろしていた。
「寝たんじゃなかったの」
「どうしてオレが寝たって確認したんだ」
──昼休みは大抵寝てるじゃない。
──春は特に眠くなるんだ。
「ふうん……それで、私になにかご用?」
私は彼が……彼女がメイド喫茶で働いていることを知っている。
その姿を〈らぶらどぉる〉で見てもいるから、流星は私にこうして声をかけることも少なかった──けれど、今日に限っては思うところあってかちょっかいを出してきた。
「優志と目配せしたり、オレの動向を監視したり、月ノ宮の様子を窺っていたり──お前らは暇が無い」
「ええ。リア充ですから」
お前の口からそんな言葉が飛び出すとはな、と流星は鼻で笑う。
「もう、なんなのよ。こっちは忙しいんだけど」
「なら、オレにも一枚噛ませろ──いい感じの都合が欲しいだろ」
妙に協力的なのが怖いわね……。でも、今の状態じゃ楓に声をかけられないのもまた事実。ここは流星に任せてみようかしら。
「できるの?」
「できる」
矢継ぎ早に彼は言う。
「その代わり条件がある」
ほらみたことか。
私を毛嫌いしている流星が、条件無しに協力してくれるとは考え難いもの。
「なに、条件って」
「この件が終わったら店にこい。それだけだ」
……は?
「ちょっと、どういうこと?」
私の声は流星の背中を掠めただけで、その内容を訊き出すほどの効果を生み出さなかった。
店って、メイド喫茶よね。
なんだか途轍もなく嫌な予感がするわ……。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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