【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百八十一時限目 柴田健とは何者なのか


 帰宅後に携帯端末を開くと、柴犬から連絡が入っていた。

 玄関で読む内容じゃないだろうと、携帯端末を一旦ポケットに突っ込んだ。内容はまだ見ていない。然し、大体の予想はできる。柴犬とハラカーさんへの嫌がらせが過熱したまで言わずもがな、状況は芳しくない方向へ進んでることはたしかだ。柴犬はその全てを報告する旨を僕に伝えていたので、届いたメッセージ内容はそれに準ずる。

 他者から受けた悪意を読み書きするのは気持ちがいいものじゃない。被害を受けている二人は嫌なことを思い出さなければならないのだから、相当にメンタルがやられるだろう。

 読む側の僕だって胸糞の悪い嫌がらせの詳細を待ち望んでいるわけじゃない。報告は無いに越したことはないが、そうもいかないのが現実だ。協力することにした以上は、それらにも向き合う必要がある。

 自室の扉を開くと、ほのかに香る甘い匂い。今更言うのも難ではあるけど、男子高校生の部屋の匂いじゃないな。この匂いの正体はいくつか思い当たるけれど、両親に僕の秘密を打ち明けてしまった以上、隠す必要は無い。以前はなんとか誤魔化そうと、天気が晴れの日は窓を開けて外出したり、芳香剤やお香なんかを焚いていた──なんて涙ぐましい努力なんだ。その努力も、今になってはこの有り様である。

 制服をハンガーに掛けて、動きやすい服に着替えた。肌に馴染む白のパーカーに黒のスウェットパンツ。中学一年の頃から着用しているものだが、どうにも僕の身長はそこで止まってしまったらしい。高校に入学して、自分の中にある性を知ってしまった僕にとって、身長が止まったのは都合がいいけれど、あと二、三センチは欲しかった人生でした。

 キャスター付きの回転椅子の腰を下ろして、悪意に触れる覚悟を決める──よし。心の中で呟いて、制服のポケットから取り出して置いた携帯端末を両手で握り締めた。




 * * *




 今日の報告だ。

 登校時、やっぱ無視は続いていた。俺も凛花も蚊帳の外って感じだ。嫌な疎外感を感じながらも我慢して授業を受けていたが、昼休みになってから今回の騒動を引き起こした張本人が俺に接触してきた。内容はまあ、在り来りな嫌味だな。どうして学校に来るんだ、来ても意味が無いだろう、お前の居場所はもう無いぞ……みたいなやつだ。なんつーか、既視感があったわ。俺も似たようなことを言っていたし、決まり文句にでもなってるんだろう。

 登校前は凛花と適度に距離を置いて、なるべく被害を受けないようにと思ってたんだ。でも、既に凛花もターゲットになっているらしく、離れるのは逆に危険だと判断した。折角考えてくれた案だったのに、昨日の今日で破って悪い。でも、近くにいれば俺が凛花を守れると思ってな。現場判断ってやつだ。

 最後に、今日受けた嫌がらせ行為を纏めておく。なんの参考になるかわからないが気に留めておいてくれ。

 ・クラス全員からシカト。

 ・俺に対する暴言。

 ・凛花への嫌がらせは今のところ無し。

 追伸。

 俺が凛花の傍にいれば、女子は凛花に痛がらせをしないようだ。

 以上。 




 * * *




 柴犬から送られてきたメッセージは六つ分けられて送信されていたが、それにしても長いな……もう少し、要点だけを書いてくれればいいんだけど。佐竹にしても、柴犬にしても、伝えるべき内容だけを選出するのは苦手のようだが、まあ、最悪の事態には陥っていないと一安心。ふうっと胸を撫で下ろした。

 さて、柴犬の報告を踏まえて、僕ができる最善の策は──ふっと、中学一年生の頃の記憶が頭を過ぎった。




 柴田健は当初、クラスのリーダー的ポジションになろうとしていた。いいリーダーではなかったにしろ、過半数は柴犬をリーダーとしていた……が、どのクラスにもカリスマ性を持った人間はいるものだ。

 ある日、柴犬はインフルエンザで一週間くらい学校を休んだ。

 インフルエンザが流行る時期ということもあって、クラスでも数人欠席者が出ていた。

 柴犬もその中の一人だった。

 リーダーを失った我がクラスの面々は、右か左か判断するのに大きく手間取っていた。いつもなら柴犬があの手この手で権力を振りかざして決めていたから、僕らはその指示に従っていた。

 柴犬は強引な男だったけれど、それが全て悪いとも言い難い。彼の強気な態度に任せるのは楽だったし、それで物事が早く片付くのだから時間の節約にもなった。不満が無い者がいなかったわけじゃないけど、実質的な権力を持つ柴犬に物申すなんて、だれもしなかった。

 そんなある日、転機が訪れた。

 休んでいたクラスメイトが復帰して、残すは柴犬のみとなったとき、学園祭の出し物を決めなければならない期日が最終日を迎えたのだ。なるべくクラス全員で話し合うほうがいいだろうと先延ばしにしていたが、こればかりはどうしようもない。

 そこで立ち上がったのが、いまのいままで爪を隠していた男子生徒──名前はたしかこまだったかな。

 皆から『コマ』と呼ばれていた男で、成績は上の中くらい、身体能力も平均だった。そんな彼だったが、ついに頭角を表したのだ。

 冷静な判断力と、放つ言葉の説得力。そして、『柴田君にはボクから話をする。だから期日を守ろう』という言葉が、このクラスに蔓延っていた〈不安〉を一気に解消したのだった──。

 そこからはもう『駒井君かっこいい』みたいな黄色い声援があちらこちらから訊こえてくるような日々が続き、柴犬が復活した頃には形勢逆転。柴犬は『ヒーローの帰還だ』とばかりに胸を高鳴らせていたようだけど、がらりと様変わりしていたクラスを唖然としながら見つめ、取り巻きだった友人を取っ捕まえて状況を訊き出し顔を青ざめていた。

 このときほど、僕は〈革命〉という言葉を意識したことはない。

 学園祭以降、柴犬の立場は『リーダー』から『面倒くさいヤツ』に変わり、柴犬も居心地が悪かったんんだろう。悪い先輩と付き合うようになって、素行の荒さが目立つようになった。




 今にして思えば、柴犬も悪いけれど、早々に駒井君に乗り換えたクラス連中も悪いところがある。僕は員に備わるのみとしていたけど、それだって柴犬を裏切る行為だろう。然りしこうして、柴犬は頂点から中段くらいにランクダウン。現在はそこからも落下して最底辺……いやいや、彼女がいる時点で底辺ではない。ギリギリのところで他人の靴を舐めるような生活を送らずに済んでいるわけだ。

 過去の悪行から考えると、やっぱり柴犬って救えないヤツなんじゃないか? と踏み止まってしまうけれど、まあなんだ。依頼料も貰ってるし? 僕の指示を素直に訊く点は評価しよう。

 ならば、だ──。

 一度頭を縦に振ったら、手の平返しはご法度と言うもの。僕と柴犬のいざこざなんて、豆柴とチワワがキャンキャン吠え合ってるようなもので『今日も元気だドギーマン♪』然らしめる。

 ふむ、またしても脱線してしまった。

 居住まいを正してから、柴犬が送ってきた内容をもう一度確認──まだ暴力まで振るわれていないことから、相手も様子を見ている印象を受けた。これまで仲よし子よしをしていた相手だ。情けもあると推測するが、このまま放置すれば、いずれその均衡も崩れてしまう。

 手を打つのならば早めに越したことはないけれど、これまたいっかな妙案は浮かばず。

 なにかのヒントになればと、佐竹の過去をほじくり返してみたのに、思い返せばあの内容って『俺すげー』じゃなかったか?

 たしかに佐竹が行った行動は非の打ち所がないくらいの偉業だし、英雄譚と言ってもいいだろう。

 でも。

 それとこれが結び付くかと言うと別問題である。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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