【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百七十九時限目 佐竹ゾーンが生まれるまで ③


「お待たせ。……どこまで話したっけ?」

 ハンカチで手を拭きながら戻ってきた佐竹は、使い終えたハンカチをポケットの中へ突っ込みコーラを一口。ずるるるという音が訊こえた。佐竹は不満気に紙コップの蓋を開いて、氷をぼりぼり齧る。咀嚼音のオンパレードで、さながらASMRというところか。誰得だよ。

「たしか、クラス連中が休み始めた──辺りじゃないか」

「おお、そうだった。アマっちは記憶力だけはいいな、ガチで」

「数一〇分前のことすら覚えてない鶏頭と一緒にするな」

 流星は「早く続きを話せ」と言葉を続ける。

「端的にね?」

「わ、わかった。……多分」

 端的の意味くらいわかるよね……?

 僕は一抹の不安を抱きながら、佐竹が口を開くのを待った──。




 * * *




 ──よし、続けるぞ。

 ヤンキーグループがいなくなったはいいが、ソイツらの残した爪痕は思いのほか深くてな。嫌がらせをされていたヤツが一人、また一人と学校に来なくなって、それが伝染するかのように他のクラスメイトも休みだしたんだ──もしかしたら、ソイツらの親が学校に行かなくていいと言ったのかも知れないが、その真偽は曖昧だ。

 は? 真偽くらい知ってるっての!

 そこまで馬鹿じゃねえよ!?

 そんでまあ、担任も『いじめを見て見ぬ振りをしていた』として立場が無いだろ? だから代わりの先生が俺たちのクラスを引き継いで、元の担任は休職になったんだ。その代打がまたおかしい教師で、なんだろう……言い表すのであればロボットみたいな感じだ。無機質というか無関心というべきか、淡々と授業をして、終わったらさっさと職員室に戻るような教師だった。

 当然、クラス連中は不満が募るばかりだ。あんな事件があって、クラスメイトも次々と休んでいく状況をどうするのか、今後、どうやって生徒と向き合っていくのか……そういうケアが全く無い。壊れた歯車を取り除いたが、代わりの歯車を用意せずに放置するようなもんだ。そりゃ正常に動くはずもないよな。

 せっかく問題児軍団がいなくなって、これからだってときだぞ? このまま事態が悪化すればクラスが崩壊してしまう──そんな危機感を覚えた。

 どうすればいい方向に風が吹くのか考えたが妙案浮かばず、駄目元で姉貴に訊ねたんだ。嫌だったけどな。どうせ姉貴のことだから、ゲラゲラ笑って俺を馬鹿にする。普通にガチで。

 でも、そうじゃなかった。

 俺の必死な態度が伝わったとは思わないけど、姉貴は姉貴なりに俺の話を訊いて、思うところがあったんだろう。

 先ずは後頭部にチョップを喰らわされた。

 そして、姉貴は眉を顰めながらこう言ったんだ。

『アンタがクラスを崩壊させる一因になったんだから、アンタがどうにかするしかないでしょ。教師に告げ口して〝はいおしまい〟じゃ筋が通らないわ。この事件の当事者であるなら最後までその責任を果たしなさい。それができないのなら、最初から傍観者でいるべきよ。中途半端な優しさなんて、事態を悪化させるだけ。いい? 義信。アンタがしなきゃいけないことは、クラスが崩壊していくのを悲観しながら、誰かの助けを待つことじゃないの。アンタ自身がこの状況を打開すること。それ以外になにがあるの? 全く、この愚弟は……。これを解決したら、二度とこんなことが起きないように、死に物狂いで立ち回りなさい』

 正論過ぎて、返す言葉も無かったわ。

 同人誌を書いてるだけの変態だと思ってたけど、こういうときはどうしようもなく『姉貴』だった。

 俺は姉貴のアドバイスと忠告を頭の中で繰り返しならがら、その日の夜、俺ができることを必死になって考えた。そして、一つの答えを出したんだ。

 クラスを崩壊させる一因になってしまった俺にできることは、矢面に立つくらいなもんだ。だれかがクラスを引っ張っていくしかない。それは教師の役目じゃなくて、俺たちクラスのの役目。

 そのだれかが俺だ。

 翌日、俺は朝のホームルームを使って、まだ登校しているクラス連中に頭を下げた。

 このままでいいはずがない。だけど、俺だけの力じゃどうにもならない。だから、俺に力を貸してくれ。休んでる連中、全員連れ戻すから協力してくれ──ってな。

 それからは怒涛の数ヶ月が続いた。

 ぶっちゃけ苦しかったし、何度も投げ出したくなったけど、ここで俺が逃げたら終わりだって踏ん張った。非協力的なヤツもいたけど、なんとか説得してさ。休んでいる連中が戻ってこれる状態に戻して……。

 本当に、マジでキツかったわ……。

 新学期を迎える頃には、休んでる連中も学校に戻り始めてさ。ああだこうだと動いていたら、いつの間にか俺がクラスのリーダーみたいな立場になってて──それも俺が撒いた種みたいなもんだし、がっむしゃらになって責任を果たしてた。




  * * *




「──それで、高校に入学してもその体質が抜けなかったわけか」

「そうだなぁ……多分、怖いんだ。クラスがどんどん死んでいくのを見るのが」

 臆病者ゆえに、未然に問題を防ぐ。その立ち回りが佐竹をリーダーの器に作り変えたんだろう。そりゃモテるよね……そして、高校一年になり、佐竹が僕に言った言葉、「いまは彼女を作りたくない」というのは、自分がなすべきことするためであり、恋愛に現を抜かしている場合じゃなかったんだと思う。それだけ佐竹の心にも『トラウマ』として刻まれているんだ。馬鹿だからこそ成し遂げられた偉業。佐竹の行動の裏には、そういう事情があったんだ。

 佐竹は見た目イケメンだけど、仮にそうじゃなくてもモテた気がする。それは、姉である琴美さんの教育もあってだ。初めて佐竹の家にお邪魔したとき、琴美さんは佐竹が持ち込んできた悩みを一発で言い当てた。『アンタが私に相談するのは女の子絡みでしょ』と。この言葉の意味は、女の子からモテ過ぎてどうしよう──ではなくて、自分が置かれている立場上、断るしか選択肢が無くて、『どうすれば相手に勘違いさせないように断れるのか』……だったんじゃないだろうか。これは憶測でしかないけど、佐竹の話を訊いて、僕はそう思うに至った。

 宇治原君の件にしても、佐竹には許す以外の選択肢が存在しなかったんだ。もし宇治原君を許さなければ、中学時代の繰り返しになり兼ねない──僕を叱りつけたのは、佐竹が恐れる事態を引き起こしてしまう可能性があったから。

 相当に焦ったんだろう……佐竹には悪いことをした気分になったけど、僕は絶対に宇治原君だけは許さない。

「話はこれで終わりだけど、質問はあるか?」

「質問は無いが不満がある」

 なんだよ、と佐竹は始末が悪そうに声を上げる。

「長い」

「はあ!? いまのでもかなり端折ったんだぞガチで!」

「でも、ちょっとだけ佐竹を見直したよ。あと、琴美さんも」

 ──琴美はあんな感じだろ。

 ──え、アマっち……姉貴のこと好きなのか?

 ──そこに直れ、息の根を止めてやる。

 二人が戯れあっている様を傍目に、僕は佐竹の中学時代と、いまの柴犬の状況を重ねていた。

 もし、柴犬のクラスに佐竹のような役割を担っている人がいれば、柴犬と春原さんは守られるだろうけど、そんな都合のいい人物はいない。 

 考えろ、鶴賀優志──。

 僕が彼らにできる最善と、納得できる妥協点がどこにあるのかを。









【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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