【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百七十二時限目 彼は一年前と同じように空を見上げる


 賑わいを見せているのは上級生たち。

 彼らは『入学式実行委員会』の面々で、昇降口前に張り出されたクラス割りの前で、「こちらでクラスを確認して下さい」と声を張る。朝から精が出るもんだなあと他人ごとのように訊き流していると、「そこにいるのはユーシーンんじゃまいか!」なんて妙に明るい声が飛び込んできた。てか、ユーシーンってなに? 動悸や息切れに効果をもたらす生薬のこと? それは救心。あと、『じゃないか』を『ジャマイカ』と言い換える人なんて昨今滅多にいないのだが、見慣れたツインテールをぶるんぶるん揺らしながら走り寄ってくる姿には覚えがある。

 自称・名探偵ことせきいずみだ。

 新入生からすれば、どうして同じ一年生が実行委員会に所属しているのかと疑問を浮かべるだろう。だが、彼女は僕と同じクラスの二年生である。腕に実行委員会の腕章が無ければ、同級生と間違えられて「仲よくしてね!」と自己紹介されるのではなかろうか。

「そう言えば関根さんは実行委員だったっけ」

「そうだぞ、頭が高い! 控えおろう!」

「いやいや、ただの実行委員でしょ……なんで偉そうなのさ。あと、ユーシーンってなに」

 細かいことは気にするもんじゃないぜ、旦那──と、右肩を叩かれた。

「それにしても、新入生は初々しくていいですなぁ」

 そういうアナタも、見た目だけ言えば新入生と変わりないんですけどね、なんて言葉は呑み込んで、「そうだね」と適当に返す。

「それではゆうくん! 私はミッションがあるので失礼するよ。また教室で会おう!」

 嵐のように訪れて、嵐のように去っていった彼女は、再びクラス割りのボードの前で大声を張り上げていた。

「アイツ、二年になっても変わらずだよな」

 これまた訊き覚えのある声が、僕の背後から前触れもなく飛び込んできた。然しながら、この声の主は予想外だ。バレンタインの一件以来、僕に近づこうとさえしなかった男であり、同じ仲間内である佐竹を貶めようとした張本人。

 その名は、はら。下の名前は覚えてない。太郎とか、二郎とか、三郎辺りが妥当か。

「……だれ?」

「宇治原しょうだよ!」

 下の名前は将吾というらしい──まあ、五分後には忘れてるだろう。

「知ってるよ、冗談が通じないのは相変わらずだね」

「──クソ、本当にムカつくヤツだな」

 どうして宇治原君は僕に声をかけてきたのだろうか。彼と僕は気安く挨拶を交わすような間柄じゃない。授業のグループ行動で一緒になるときもあったけれど、そのときだって一言も言葉を交わさなかったし、彼は僕の近くを歩こうともしなかった。

 どういう風の吹き回しだろうか。

「二年になったことだし、お前との因縁もチャラにしてやろうと思ったけど、やっぱお前は嫌いだ」

「それはそれは、随分と上から目線でご丁寧にどうも」

 覚えとけよ、いつか絶対に泣かしてやるからな──と、宇治原君は捨て台詞を吐いた。

 そして。

「いつまでも佐竹あいつが守ってくれると思うなよ」

 と、宇治原君にしては僕の痛いところを衝くような言葉を付け加えて、振り返ることなく下駄箱へと向かっていった。

 そんなこと、僕が一番理解している──。

 言い返す言葉を探したけれど、そのどれも彼の忠告のような捨て台詞を打ち消すに値しないような言い訳ばかりで、胸の内側に疼痛が走る。だけど、こんな痛みなんていまに始まったものじゃない。

 ふうっと深呼吸をすれば、内側に蔓延る黒いもやもやも少しは晴れたか。新学期初日に僕だけ曇り空な気分でいたらいけない。感傷にどっぷりと浸ったわけだし、そろそろ新しい教室に向かおうと右足から踏み出した。




 一年の教室と二年の教室は、特にこれと言って変わった物も無く、強いて言うなら窓から見える景色が違う。一年前より空が近い。遠くに見える山は、更に遠くの山を眺められる。カーテンは断熱材を使用したエメラルドグリーン色、ちょっと薄汚れている──それくらいだ。

 席は一年前と同じ場所。席替えをしていないので自動的にそうなっているのだが、自分の指定席は窓際の隅というのがもう体に馴染んでしまっているようで、他の席に座ると落ち着かないだろう。

 担任が来るまで、暫しのご歓談。

 佐竹は宇治原君たちと、月ノ宮さんは月ノ宮ファンクラブの面々と、天野さんは程よい距離感を掴みながら、それぞれの友人たちと会話を弾ませている。

 おやおや、新学期早々にぼっちルートが確定したのは僕だったようですねえ……と思いながら、携帯端末にイヤホンを突っ込んで、春らしい音楽に耳を傾けた。オーバードライブで歪ませたギター、サンズアンプで存在感を放つベース、力任せに叩くスネアドラムとクラッシュシンバルが耳をつんざき、ドブ臭いボーカルの声が『馬鹿野郎』と叫ぶ。久しぶりに訊く青春パンクもいいものだ、なんて思いながら窓の外をぼけっと見つめた。

 快晴。入学式には打って付けの天気と言えるだろう。春の麗の隅田川──隅田川よりも入間川のほうが、埼玉県民は馴染み深い。然し、春の麗の入間川と並べてもぱっとしないのが不思議だ。いやいや、入間川は荒川と合流するのだから、隅田川とか雑魚でしょ。

 ……なんだこの無駄なマウント取り。









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 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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