【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百六十五時限目 佐竹義信は論ずる


 佐竹は僕の隣に腰を下ろして、開いた左右の足の膝に両手を置いた。左手は突っ張るように、右手は肘をついている。肩幅くらい開いた足元には、空になった牛乳の空き瓶が二本。こういうところで飲む牛乳は、どうしてかとても美味しいもんな。二本飲みたくなる気持ちはわかるけれど、僕はスポドリを飲み切ってしまったので牛乳が入る余地は無い。

「本当は全員がいる場で発表しようと思ったんだけどさ」

 随分と勿体振る。そこまで確信に至ったとでも言うのだろうか。いや、あの佐竹だぞ? 考えるとは言っていたけど、昨日今日で佐竹の頭が急成長を遂げるなんてことはない──それにしてもこの男、どれだけここの瓶牛乳が気に入ったんだろう。佐竹の横にはコーヒー牛乳が半分くらい残っている状態で、律儀に蓋を閉めて置いてあった。

「先ずは優志に話して、お前の意見と擦り合わせしながら修正しようと思ってな」

「僕は赤ペン先生じゃないんだけど」

「進研ゼミか、俺もやってたわ」

 それでも備わることのなかった語彙。佐竹のことだろうから、どうせ付録目当てだったんだろう。宝の持ち腐れとはよく言ったものだ。優秀な教材なのに、どうしてそれを生かそうとしないのか、僕には到底理解できそうもない。

 そういう教材に頼らなくても、勉強は工夫次第でどうにでもなるものだ。

 苦手意識を克服できれば。

 学ぶことの楽しさを見出すことができれば。

 それが容易くないことこそ問題であり、学生諸君を苦しめているのだ。僕には関係ないですね! と構えたいとこではあるけれど、テスト間近になると『勉強教えて乞食』がお菓子を持参して机に寄って来る。まあまあ、つまらない物ですがと差し出されたお菓子がうまい棒だったときは、さすがの僕も怒ったけどね。どうしてサラミ味を持って来なかったんだ、僕の体は
定番のサラダ味じゃ満足できないんだぞ──と。当然、なに言ってるんだお前……みたいな眼で見られて、自分にザキを唱えたい衝動に駆られたのはげんたない。

「俺さ、望遠鏡が欲しかったんだわ。そんで、届いた望遠鏡の見ずらさに、普通に萎えてよ」

 まだその話をするのか、佐竹。

 その話は絶対に広がらないし、広げたところで本題とはかけ離れてしまうことに気がついてくれ。そう思いながら話題を断ち切る。

「もういいって……それよりも、幽霊の正体がわかったって話を訊きたい」

 ああ、そうだったなと、佐竹は横に置いたコーヒー牛乳の蓋を開けてぐいっと飲み干した。床に瓶が一本増える。瓶の底には薄っすらと、三日月状にコーヒー牛乳の跡が残っていた。

「お前は知ってるか? この世界とは違うもう一つの世界、ってのがあることを」

 なんだ……それ。

 パラソルって、海水浴とかで日差しから身を守るアレのことだよね……傘はアンブレラだし。

「もしかして、パラワールドのことを言ってるの?」

「あ、それだそれ」

 佐竹は胸の前辺りで手を叩いた。

 パラレルとパラソルを言い間違えることなんてあるか? エリック・クラプトンを『エリック・プランクトン』と間違えて覚えて、手頃なティアーズがあったらイン・ヘブンしたくなるようなものだが、きっと佐竹はその口だろう。おそらく、まんぎょんぼん号という名前も覚えられず、「昔、話題になった北朝鮮の船の名前は?」と質問したら『まんごん、まんぎょんぎょん……』と繰り返すに違いない。この時点で佐竹の説を信用できるのかは置いておくとして、僕はもう一度、佐竹の言葉に耳を傾けた。

「……続けてどうぞ」

 ちょっと間違えただけだろ!? と、佐竹は唇を尖らせて、わざとらしく咳払いを二回した。誤魔化したつもりだろうか? 指摘を受けた佐竹の耳が、気恥ずかしさで真っ赤になっていたので、これ以上のツッコミは止めておくことにしよう。

「俺たちはどっかのタイミングで、そのパラソ……パラリン……パソコンワールドに入ったんじゃねぇかって思うんだ」

 パソコンワールド、つまりそれはマトリックス。物理演算を超越したヒーローが世界を作り変える話かな? ブリッジして銃弾を避けるシーンが有名だけど、敵のエージェント・スミスのほうが人気なのは皮肉だ。そうは言っても、さすがにパソコンワールドと言い間違えるのはおかしい。

「佐竹、わざと間違えたでしょ」 

「バレたか」

 真面目に訊いている僕が阿呆らしく思えてきた。

「ふざけるなら、もうこの話はおしまいね?」

 悪かったって、そう目くじら立てるなよ──。

「そんでな? 俺たちは知らずのうちに、パラレルワールドと現実世界を行き来してんじゃねぇかって思うんだわ」

 地球をを小さな箱と考えて、僕らを観察しながら実験としている管理者がいるという考えかたをしている学者が、少なからず存在しているのは事実だ。

 これを『動物園仮説』と言う。

 然し、この説は立証もできなければ否定もできないSF映画のような、陰謀論に近い考えかタクスゼイアンで、それを佐竹が説いていると言うのであるならば、僕らは秘密の扉を開いちゃったってことなんだよね。フリーメーソン!

 まあまあ、馬鹿馬鹿しいと跳ね除けるのは簡単だが、それでは議論が進まない。進める価値も無さそうではあるけれども、佐竹は確信があるかのような眼を僕に向けていた。

「自信を持ってそう言い切るってことは、根拠があるんだよね?」

「お札だ」

「お札?」

 僕らと月ノ宮さんたちが宿泊した部屋に貼ってあったアレが、パラレルワールドとどう関係しているんだろう?

 お札で入口を封印しているとか?

 それ、陰陽道と科学の融合的なあのアニメの影響かい? 

 姉の影響あってか、佐竹も割とアニメに詳しかったりする。

 琴美さんは自分の部屋ではなくて、リビングのテーブルで作業しているから、作業BGM代わりに流していたアニメを傍観していて、結果、話題になったアニメは覚えているだろう。リゼロとか、オバロとか、幼戦とか──いや、このアニメはタイトルが短いから、略称を作る必要は無い。パラレルワールドというワードが出てくるならば、それらより、タイムマシンが出てくるあっちだろうな。

「あのお札には、あちら側とこちら側を結ぶゲートになってんだよ。ガチで」

 ふむふむ。

「それで?」

「俺の部屋とあいつらの部屋、二つの部屋にあるお札の位置は同じ可能性が高い。そこから線を引っ張ったところにゲートが発生してるんだ」

 徒競走のゴール紐みたいにな──と、佐竹はドヤ顔をして悦に浸っている。

「俺たちが部屋に向かうと現実に戻り、部屋を出るとパラレルワールドに入る。これなら他の客と出くわさない理由になるだろ? パラレルワールドなんだから、他の客が見当たらないのも合点がいく」

 とんでもないこじつけ理論だ……。

「じゃあ、仮に佐竹のいうことが正しいとして、僕らがこの旅館から出るとパラレルワールドに向かうことになるじゃん? それについてはどう説明するの?」

「あ」

「佐竹の言う幽霊の正体って、つまりはパラレルワールドに住む住人のことを示唆していたんでしょ? パラレルワールドにだって住人はいるかもしれない。そこを先ず立証しなければ、佐竹の説は肯定できないね。はい論破」

 クッソ……いい線行ってると思ったんだけどな──と、佐竹は悔しがりながら立ち上がり、床に置いていた空き瓶を回収ボックスに入れた。








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 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

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 これからも──

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 by 瀬野 或

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