【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百六十時限目 親しき仲にも礼儀を忘れるべからず


「おい、起きろって。もうホームルーム終わったぞ」

 僕が珍しく荒々しい口調で佐竹を起こすものだから、卓袱台を挟んだ向こう側にいる二人は顔を見合わせて不思議がっている。そういう反応はするだろうな、とは思っていたけれど、僕はどうしてもをしてみたくなったのだ。

 佐竹と初めて会話をした日。寝起きの僕に「彼女になってくれ」と迫った夕暮れの教室が思い浮かぶ──けれども、慣れないことはするもんじゃないな。二人の視線が痛過ぎて、耳が熱を帯びていくのを感じた。だから早いところ起きてくれよ、じゃないと僕は恥ずか死んでしまいそうだ。

 うなじ辺りが二人の視線で焦げるんじゃないかと思い始めた頃、佐竹はようやっと半目を開き、なにを思ったのか勢いよく上半身を起こした。

「ホームルーム!? え、あ、……あれ?」

 暫く周囲をきょろきょろ窺い、なにがどうなってんだ? という顔で僕を見る。こっち見んな。すると、天野さんが呆れ顔で嘲笑した。

「なに寝惚けてんのよ。ここは私たちの部屋で、アンタの部屋は廊下を挟んだ向かいでしょう? さっさと起きて、自分の部屋で寝てくれるかしら」

「へ? 部屋……?」

 どうやら、自分がどういう状態にあるのか理解したようだ。半開きだった両目をぱっと開いて、「あ、そうか」と自己完結させる。彼の頭の中で一体どんな問答がされていたのかまでは思い当たらないけれど、喜劇でも見ているかのような面白さはあった。佐竹はこの部屋を、僕たちが宿泊していくる部屋と一瞬でも錯覚を起こしたに違いない。間取りは瓜二つで、変わったところと言えば縁側の窓から覗く景色くらいだけれど、障子が閉めてあるので見分けはつかないだろう。それが寝起きならば尚のことだ。

「優志ガチかよ! クソ、やられたわあ……」

 悔しそうに後頭部を掻く。まるでエレカシの宮本ひろを彷彿とさせた。でも、佐竹にはあんな大人格好よさは無い。ロックンローラー宮本浩次と、ただのウェーイイケメン佐竹義信が肩を並べるなんて奇跡は起きないだろう。起きてはなるものか。僕が断固として阻止してみせる。じっちゃんの名にかけて真実はそれなりにいつも一つなのだ──これは関根さんの受け売り。

 然しながら、僕は名探偵でもないのでわからないことのほうが多い──『優志ガチ』ってどういう意味なんだろう? 佐竹の相変わらずの語彙力には辟易してしまいそうだ。そろそろ新しい単語を覚えてもいいだろうに……僕だって、最近の若者言葉は覚えたぞ。激おこプンプン丸とか。それも今日日訊かないが、いつかは使えるだろうと頭の中にある『戯言メモ』に書いておいた。もっとも、私の頭の中の消しゴムで消される日も、そう遠くはないだろう、とは思う。

 状況を察した佐竹は、「大貧民はどうなったんだ? まだやるだろ普通に! ガチで!」と、声を大にする。彼の中ではまだ終わっていないらしい。今にも腰に下げた剣を掲げる勢いだが、停戦協定が結ばれた後に、勇者は必要ないんだ。どんまい、イレブンバックの義信──と、労いの意味を込めて肩を叩く。

「佐竹、もうお開きの時間だから……帰ろう、僕らのホームに」

 無事に帰還して、家族に愛してると伝えるんだろ──。

「死亡フラグじゃねえか! 死なねえよ!」

 だよね、と僕は暗黒微笑ダークネス・スマイル──そんな厨二チックな微笑みだっていいじゃないか、高校生だもの。

「……次だ、次やるときはイレブンバック有りで勝負だからな!」

 どうにも諦めきれないご様子で、佐竹はいつ開催されるかもわからない再戦を言い果たす。

「優志、俺を強くしてくれ! 頼む!」

 鷹の目のミホークに剣術指南を頼んだゾロも、きっとこんな感じだったに違いない──空島編まではちゃんと読んだけど、あとは目に止まったときしか読んでいない僕の浅過ぎるワンピース知識。それはつまり、『強くなりたくば喰らえ!』と言い放った範馬勇次郎のあのシーンしか知らないとは一知半解だ、と言われても仕方が無いくらいの無知な様である。

 まあ、そこまで恥を忍んで頭を下がられて、無理と一蹴するのは道理に反するだろう。

「コツくらいなら教えてあげるから……部屋に戻ろうか」

「よし、戻って作戦会議だ!」

 スイッチの切り替えが早い男だ。

 ガチだからな!

 頼むぞ優志!

 マジで! 

 そう息巻いていながらも、冷静に僕らの部屋から持ってきた座椅子を忘れないところが実に佐竹らしい。

 倣い性、というやつだろうか?

 佐竹も苦労してるんだなと、彼の難儀な日常を垣間見た気がした。




 部屋に戻るなり大貧民のコツを訊かれると思っていたが、当本人はそんな素振りを一切見せず、一眠りして気が晴れたのか、事もなげにお茶を飲み始めた。

「……ふう。やっぱり日本人は緑茶だよな」

 普段は炭酸やジュースしか飲んでいないくせによく言ったものだ。

「それで──楓と話したんだろ。俺にも訊かせてくれよ」

「随分と態度が変わるもんだね」

 寝たから頭の中がすっきりしてんだよと、佐竹は息で湯気を揺らしながら答えた。

「まあいいけど……」

 僕は月ノ宮さんたちの部屋にもお札が貼ってあること、この旅館に幽霊はでない理由諸々を、なるべく佐竹にも伝わるように噛み砕きながら説明した。

「──なるほどな。そういうカラクリか」

 カラクリという程のものでもないけどねと言葉を返すと、「雰囲気を壊すこと言うなよ、ガチで」と怒られてしまった。

「じゃあ、俺らもビクビクしないでいいってわけだ」

「最初からビクビクなんてしてないじゃん」

「お札を見たときは、さすがにガチかと思ったぜ?」

 それも気持ち程度のもんだったから、すっかり白けたけどな──と言葉を続ける。

「佐竹、本当に全部偽物だと思う?」

 僕にはどうも腑に落ちない点が、しこりみたいに残っている。

「だって、結論は出たんだろ?」

「そうなんだけど、そう決めつけるには早計かとも思うんだよね」

 ──お前って、本当に疑り深いよな。

 ──慎重なんだよ。

 ──身長は無いのにか?

 ──煩い。

「まあまあ、なんにせよこの時間じゃ、調べようにも調べらんねえだろ?」

 佐竹は湯呑みを空にして、ゆっくりと卓袱台にある受け皿に置いた。

「今日を凌げば明日はさよならだ。そこまで頭を捻ったところで、骨折り損の大貧民になるだけだぞ?」

 上手いこと言ったみたいにドヤ顔を決めているけれど、見る方角をどう工夫したって少しも上手くなどない。なんなら腹が立つ。もし僕が聖飢魔II的なデーモンだったら、佐竹を蝋人形にしてやりたい……だって、そうだろう。フラグが立つにしたって、ここまで都合のいい台詞があるだろうか? 相手を爆弾のようなとうてき武器で攻撃して、「ったか……?」と確認するようなものだ。その場合、ほぼ九割りの確率でっていない。

「佐竹、これ以上口を開いたら嫌な予感しかしないから、大人しく寝よう」

「いや俺、さっき起きたばっかなんだが……」

「じゃあ、佐竹が全ての面倒事を引き受けてくれるんだね。さすが佐竹。今日も相変わらず佐竹だよー。さたけってるさたけってるー。そこまで佐竹になれるには、眠れない日もあっただろー」

 ああもう、わーったよ! と、佐竹は卓袱台を持ち上げて、縁側のほうへ縦にして置いた。 

「くっそ。自分の苗字を呼ばれてるだけなのに、どうしてこうも不快なんだ……」

「ごめん、ちょっと言い過ぎた」

 別に気にしてねーよと佐竹は一笑して、僕の分まで布団を敷いてくれた。佐竹と僕の布団の距離は、気持ち何個分なんだろうか。

「電気消すぞ」

「あ、うん」

 僕はどうしてか、佐竹に対してよく絡んでしまいがちだ。親しき仲にも礼儀ありと、心の中では思っていても、佐竹を相手にするとどうしても皮肉を吐いてしまう。佐竹は笑って許してくれるけど、そのこうに甘えては駄目だろう。

 明かりの消えた部屋は、まだ暗闇に眼が慣れていないせいか余計に暗く感じる。静かだ、と思った。偶に佐竹が寝返りをしているのか、布団の擦れる音がする。寝付けないんだろう。

「ねえ佐竹」

「おう」

「今度、ちゃんと教えるから……大貧民の勝ち方のコツ」

 絶対だからな、言質は取ったぞ。 

 佐竹はそれだけ返した。

「うん。に、ね」

 僕の声は佐竹の耳に届いただろうか。

 今は隣で、すうすうと寝息を立てている──。









【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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