【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百五十九時限目 明らかになりつつある真相と深まる疑念


「なにか……珈琲でも飲みますか?」

 僕は頭を振った。

「あまり長居はできないから、早めに本題に入りたい」

「そうですね」

 とは言いつつも、月ノ宮さんはブラックコーヒーを二つ購入して、片方を僕に差し出した。彼女の目が『受け取れ』と言っている。それを「どうも」と受け取って一口。嫌な苦味だった。

「結論から申し上げますと、私たちの部屋にお札がありました」

 やっぱりな、と思う。

「こっちの部屋にもあったよ。結構わかり易いところに」

「押入れ、ですか」

 正解、と首肯した。

「この旅館はどうもおかしいと思わない? 温泉設備も悪くないし、料理だって豪華だ。従業員の態度が悪いのかと思ったけどそうじゃない。とても過ごしやすい旅館なのに──」

「宿泊客が見当たらない……ですね」

「うん。いくら幽霊が出ると噂が立っても、ここまで客が寄り付かないのは不自然だ。あと、これは従業員さんから訊いたんだけど」

 ほら、僕らを出迎えたおじいちゃんいたでしょ? と付け加えると、月ノ宮さんは「あの方ですか」と軽く顎を引く程度に理解を示した。

「従業員の方々は〝幽霊なんて見たことがない、どこに出現するのかもわからない〟──なんて言うんだ」

 月ノ宮さんは僕の話を黙って訊きながら、頭の中でどんな可能性があるのかを考えているように、顎に手を当てて眼を閉じた。そして、一つの可能性を見出したように、ぱっと瞼を開く。

「──ということは、私たちの部屋に限らず、全ての部屋にお札があるのかもしれません」

 その可能性には、僕も辿り着いていた。

「ここからは参考程度に訊いて欲しいんだけど──」

 僕の言葉に、月ノ宮さんは頷きだけで返した。




 * * *




 幽霊が出ると噂が立ち、その噂が一人歩きし始めたのを食い止めようと、従業員の誰かが火消し作業を行う。然し、一度広まった噂というのはなかなか消えてはくれない。おまけに、宿泊客が『実際に幽霊を見た』とまで言い出す始末。

 困り果てた旅館のオーナーは、先ず、噂が立ち易いであろうトイレを改築した。いつまでも汲み取り式では時代錯誤だという理由もあったのかも知れない。

 然し、トイレを改築しても噂は後を絶たず、どうしたものかと考えて、それならば苦肉の策だと、各部屋にお札を貼って対策とした。それが逆効果だった。おそらく、トイレの改築や、幽霊騒ぎのせいで経営が悪化してしまい、ちゃんとした工事を業者に依頼できず、自分たちで工事することになったんだろう。

 押入れのベニア板の一部を剥がして窓のように加工。まあ、それだけでもできるのは大したものだが、旅館側はまだ、幽霊騒動なんか直ぐに収まると高を括っていたのかもしれない。

 素人レベルの工作が災いして、容易くお札を発見されてしまった。そのお札を発見した宿泊客は、『やっぱりこの旅館には幽霊が出るんだ』と確信する。お札を発見されたら、旅館も幽霊の存在を認めたと思われても仕方が無い。

 そうした負の連鎖が続き、宿泊客は減少、どうにかしようと値段を下げたが、現在まで閑古鳥が鳴く状態となった──。



 * * *




「……って感じじゃないかな?」

「私も同じ意見です」

 月ノ宮さんも、概ね僕と同じ結論に至ったようだ。

「だとすると、最初に噂を流した方は、この旅館の営業妨害が目的だったのでしょうか?」

 こんなに回りくどい方法で? と、僕は月ノ宮さんに訊ねる。ビジネス関連の話は月ノ宮さんの得意分野だ。彼女の瞳が爛々とするのは、大体、ビジネスに関することを論ずるときか、天野さんのことを考えているときだ。そう考えると、月ノ宮さんも結構単純な思考回路をしていると思うだろう。だが、そうじゃない。能ある鷹は爪を隠すのだ。見識張っているように見せかけて、実は違うことを考えていたりするのが月ノ宮さんの不気味さだと言える。

「妨害方法はいくらでもありますが、一番効果があるのは印象操作でしょう。ネットで悪質な口コミから始まり、偽りの証言。そして、それを拡散する部外者──遠回りな行為だと思うでしょうけれど、タイミングが噛み合えば大打撃を与えられる。それが印象操作の怖いところです」

 なるほど。

 そう言われてみると、テレビや雑誌などで批判された店に行こうとは思わないし、噂とは違う優良店だったとしても、わざわざ真相を確かめに足を運ぼうなんて奇特な人は少ない。

 然しながら、どうしてまたたび屋がその対象になったのだろうか。

 過ごしやすくていい旅館だとは思うけれど、「ここが凄い」と際立ったものは無い。

 料理は美味しかったが、それはどこの旅館だって力を入れているはずだ。

 硫黄温泉だから……という話でもないだろう。

 ここ以外にも硫黄温泉は存在している。

「営業妨害がどうのって話になると、真相は掴めそうにないね」

「それを知るには他の旅館の話を訊いたり、調べたりしなければなりませんが、そこまでするのもどうかと思います。余計なお世話だと怒られてしまう可能性もありますし……」

 ただ──と、月ノ宮さんは言葉を続ける。

「一つだけ明確になったことがあります」

「そうだね」

 この旅館に──。

 僕らの声が重なった。

「あとは、ゆっくりと日がな一日を過ごすだけですね──と言っても、あと数回、トランプで遊べるかどうかという具合ですが」

 負け越しでは不服でしょう? と、月ノ宮さんは挑発するように笑う。

「それもだけど、そろそろ戻らないと天野さんに怪しまれちゃうね」

 月ノ宮さんは頷いて、空になった缶を赤色のゴミ箱に捨てた。かさっとビニールが擦れる音がして、ごとんと缶が底に着いた音がした。

 普段ならなんとも思わない当たり前の音でも、僕には殊更に妙だと思えて仕方がなかった。




 * * *




 部屋に戻ると佐竹は寝ていた。

「ねえ優志君、を部屋に運んでくれないかしら」

 迷惑だと言わんばかりに、天野さんは眉を顰めて言う。

「では、お開きにしましょうか?」

 やっぱり、そうなるよね……ぐぬぬ。

「なんだか初めて優志さんに勝った気がします」

「僕は負けたと思ってないけどね」

 運も実力のうちですよ、と月ノ宮さんに返されて、僕はぐうの音も出すことができなくなった。おのれ佐竹め、あとで額に油性マジックで『佐竹』って書いてやろうか……。定番のバカや肉よりも、佐竹と書いたほうが効果ありそうだ──いや、やめておこう。笑ってしまって佐竹の顔がまともに見れなくなる。

「二人とも、本当に負けず嫌いね……」

 月ノ宮さんは兎も角、僕は、自分がここまで勝敗に拘泥するとは思わなかった。大貧民の腕には自信があったけれど、月ノ宮さんに勝つなんて末恐ろしいことを考えるようになるとは……これも、僕が僕自身を取り戻しつつある結果だろうか? それとも他に違う意味が? 僕はまだまだ僕を知らない。

 起こさなければ明日の朝まで、彼は幸せそうに眠り続けるに違いない。ならば、その幸せ気分のまま、に眠らせてしまおうか──というのは冗談で、僕は佐竹の肩を力一杯揺すった。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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