【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
二百五十八時限目 リスクを背負うべきときがある
「お待ちしていました」
向かいの部屋のドアをノックすると、月ノ宮さんが出迎えてくれた。大和撫子と言われるだけあって、浴衣姿が様になっている。まあ、彼女の性質を知ってしまったので、今は大和撫子と言うよりも、食えない人というほうがしっくりとくるだろう。然しいっかな、これまたどうして、彼女の浴衣姿を見ていて安心するのはなぜだろうか。
「優志さん、もしかしてとても失礼なことを考えていませんか?」
「いや、むしろ似合ってるなって思ってたんだけど……」
「え? あ、そ、そうでしたか、ありがとうございます……」
立ち話もなんですからどうぞ中へ、と導かれて部屋の中に移動すると、天野さんは座椅子に座ってお茶を飲んでいた。卓袱台の上にはトランプが置いてある。プラスチック製のやつだ。紙製ではないので、ショットガンシャッフルをしてもカードは痛まないぜ! もう一人の僕の真似はもういいか。
後からやってきた佐竹は、僕らの部屋にあった座椅子を両手に持っていた。おお、佐竹のくせに気が利くじゃないか。だが、こういう気配りができるからこそ佐竹はモテるんだろう。姉がアレなので、自然と身についたのかもしれない。いや、調教だろうか? それも無きにしも非ずという感じか。
どちらにしても、気配りができるのはプラス以外の何物でもない。ほら、合コンでサラダを取り分けたりする人とか、軟骨唐揚げにレモンを絞る前にちゃんと確認する人とか、さり気なく「次はなにを飲みますか?」と、空のグラスを見て判断できる人とか無敵感があるじゃん? 僕は合コンなんて無縁だと思うけれど、佐竹はそういう場にも連れていかれたりしたのではないだろうか。「ねえ、人数足りないからアンタも来なさい」と命令する琴美さんの姿は、想像するに容易い。
卓袱台を挟んで、男子と女子に分かれて座る。僕の前には月ノ宮さん、佐竹は右隣、そして佐竹の前に天野さんが陣取っている。月ノ宮さんはカジノのディーラーさながらに、手慣れた手つきでトランプを箱から取り出してシャッフルした。どこでそんな技を覚えたのだろうか? イカサマされても見抜ける気がしないなと訝しみながら見ていると、月ノ宮さんが不敵な笑みを浮かべた。
「イカサマなんてしませんから、大丈夫ですよ」
心を、読まれただと……?
「楓にそんな才能があったなんて驚きだわ。誰かに習ったの?」
「いえ、独学です。中学生時代に手品を少々齧っていました」
手品部かよ、ガチだわ──と、佐竹は言う。
「いいえ、個人的な趣味です」
「そ、そうだったか……なんかすまん」
月ノ宮さんは多分、やらせればなんでもできてしまうタイプの天才だ。その上、容姿端麗でもあり金持ちでもある。同年代のクラスメイトから疎まれることも少なくなかったのだろう。でも、やられっぱなしは彼女の性分じゃない。目には目を、刃には拳銃を持ち出すのが月ノ宮さんだ。おそらく、彼女を蔑んだ者たちは、徹底的にこてんぱんにされたに違いない。
そう言えば僕は、月ノ宮さんに限らず、佐竹や天野さんの中学時代も知らない。天野さんのことはハラカーさんからたまに訊いたりしているけれど、全てを把握しているわけじゃない。でも、全てを把握する必要も無い……とも思う。僕だって、中学時代のことは、あまり語りたくないな。
「では、始めましょうか──」
月ノ宮さんから時計回りでトランプが配られていく。
「ルール確認はいいのか? イレブンバックとか」
「シンプルルールでいいんじゃないかしら。私、イレブンバックルールは好きじゃないし」
佐竹、どんまい。
「階段、縛り有り、八切り、革命有り、スリーカード有り、スペードの3はジョーカーに勝つ──で、よろしいですか?」
ようござんすか、ようござんすね? と訊ねられているような気がする。
佐竹以外は納得したけれど、佐竹だけはぐぬぬと唸っていた。まあ、そうだろう。仮にも『イレブンバックの義信』なのだから、このルールで彼の本領は発揮できない。もっとも、そのルールが適用されたとしても、佐竹が大富豪にのし上がることは絶対に有り得ない。勝つのはオレだぜ! デュエル! ──だから、もうこの真似はいいだろうって。
勝負は六巡目を迎えた。
現在、大富豪は月ノ宮さん、富豪は僕、貧民は天野さん、大貧民が佐竹となっている。
「さすがですね」
「月ノ宮さんこそ」
僕と月ノ宮さんの腕はほぼ互角と言っていいだろう。けど、三勝二敗で負け越しているのは僕だ。腕前は互角だけれど運の要素で負けている、そんなところだろうか。
「お前ら、レベル高過ぎかよ……ガチ勢かってレベルじゃねえか」
五連敗中の佐竹が情けない声をあげた。
「読み合いで二人に勝つのは至難の技だわ……」
天野さんと佐竹は、共に貧民、大貧民を繰り返している。そろそろ集中力が途切れてもおかしくない頃だ。佐竹はとっくの昔に切れているだろうけれど、天野さんはどうにか食らいついている。足下をすくわれそうになった場面も少なくない。油断をしたら喰われるような攻撃的なプレイングに、僕も月ノ宮さんも対策に追われて火中取栗を余儀無くされた。
佐竹は、と言うと、これまた平凡極まりない無難な手段でプレイする。プレイング自体が悪いわけじゃない。相手が宇治原君たちならば、それで勝てるかもしれないけれど、僕ら相手には通用しないというだけ。カードゲームは、ときにリスクを背負う必要がある。それは、あのソシャゲでも同じだ。固定化されたカードで、如何にして相手の裏を衝くかで勝敗は決する。まあ、天野さんはリスクを背負い過ぎるから、ここぞという盤面でひっくり返す手札が無いとも言えるけれど、それで僕らの度肝を抜かすのだから、場数さえ踏めばどうとでもなるだろう。
「少し休憩を挟みましょうか、ちょっと席を外したいので」
「おう、そうだな」
佐竹がちらりと僕を見る──なるほど、これが合図らしい。
「じゃあ、僕も用を足しにいこうかな」
「手は洗ってこいよ」
「佐竹じゃないんだから」
俺はちゃんと手を洗ってるからな!? と、僕の背後で吠えていた──。
* * *
「合図は伝わったようですね」
まあ、あそこまで露骨にされたら誰だって気がつくだろう。天野さんが大貧民に熱中していたのが幸いだ。あの状況下で天野さんが次の勝負に集中していなければ、ここに天野さんの姿があったかもしれない。
「佐竹は囮ってことでしょ?」
ええ、あれほど目立つ囮はそういませんから──と、彼女は冷笑を浮かべた。
「本当に、月ノ宮さんは敵に回したくないね」
「ふふっ。でも、優志さんは私の敵ですよ? 恋の好敵手として──ですが」
あはは……と誤魔化して本題に入る。
「僕をここに呼び出したってことは」
「ええ……、お察しの通りです」
トイレ前ではなく、ここはトイレ横にある喫煙スペース的な場所だ。五畳くらいの狭い空間に、自販機とベンチ、そしてスタンド灰皿が設置されているが、煙草を吸った形跡は無い。時間的に考えて、片付けた後なのかもしれないけれど、どうだろう……。これまでの状況を鑑みると、そうだとも言い切れない。
旧式の自販機が、ごうんと稼働音を鳴らした。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
【お願い】
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【話数について】
当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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