【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百五十三時限目 冗談では済まされないもの


 部屋へ戻ると途中、楽しそうに談笑しながら階段を下りようとしている二人組と鉢合わせした。小脇に、着替えの入った袋、バスタオルを抱えている。いかにも「これから温泉に行きます」という風情だ。浴衣は着ていないけれど、体が温まっていない今、それを着るのは自殺行為に近い。春が近づいて寒さも和らいできたけれど、急激に気温が下がる日も珍しくはないので、まだまだ防寒意識を働かせておく必要がある。

「二人はこれから温泉?」

 楽しげな二人に声をかけると、おそらく、この旅館で一番存在感を放っているであろう黒長髪の女の子がほがらかに微笑んだ。

「ええ。優志さんはまだ入らないのですか?」

「僕はまだ──佐竹を部屋に残したままだからね」

 お札探しを佐竹に一任しているけれど、それもそろそろ終わる頃だ。汗もかいているだろうし、疲れを癒すという意味でも丁度いいタイミングだろう。部屋に戻ったら労いの言葉でもかけてやるか。

「優志君はなにをしてたの?」

 月ノ宮さんの隣にいる天野さんが僕に問いかける。

 なにをしていた、か──。

 実は、この旅館に出ると言われている幽霊について調べていた、なんて話したら、折角の温泉気分を台無しにしてしまうかもしれない。佐竹にお札探しを命令したのは天野さんだし、この旅館を選ぶときに難色を示していたのも天野さんだ。到着前の車の中ですらナーバスになっていた彼女に、今し方、僕が訊いた話やその目的を話すわけにもいかない──ここは慎重に、言葉を選ぶ必要がある。

「どこに何があるかを知っておきたくてさ。自販機はもちろんだけど、卓球台や、レトロゲームセンター、土産物を置いている物販があったりしないかなって」

「そういう旅館ではないので、さすがにゲームセンターのようなコーナーは無さそうですが──どうでしたか?」

「いや、まだ全てを調べたわけじゃないからわからないな」

 そうですか──と、彼女は頷いた。

 月ノ宮さんは、多分、僕がなにをしていたか予測を立てているはずだ。可愛い顔して、『女の直感』みたいな感覚を人一倍働かせているんだろう。それを他人は『アンテナを張っている』と言ったりするが、月ノ宮さんの場合、アンテナはアンテナでも〈パラボラアンテナ〉相当だ。どんなに些細な情報からでも真相に辿り着こうとするその姿勢には頭が下がるけれど、そういう生き方は疲れないんだろうか? 僕なら絶対に耐えられないが、それすらも容易くこなしてしまう彼女はやはり、月ノ宮家の跡取り娘。虎の子もまた虎、ということだ。

「では、引き続き調査をお願いします。もし──があったら教えて下さいね」

 美味しそうな、ねぇ──。

「月ノ宮さんのお眼鏡に叶う物があったらいいけどね」

「優志さんのことですから、それ相応の糸口は掴んでいるのではありませんか?」

 さあ、どうだろうね、と僕は言葉を濁した。

「二人共、一体なんの話をしてるの?」

 日光の特産品を販売してないかと、優志さんに訊ねてるんですよ──そう言って、月ノ宮さんは答えをはぐらかした。

「やっぱり湯葉は外せないよね。豆腐と同じ材料なのに、湯葉はどうして高いんだろう?」

「言われてみればそうね。──どうしてかしら?」

 それは、と月ノ宮さんが口を開く。

「湯葉にも様々な物がありますが、豆腐にも同じことが言えます。使用している大豆やにがり、それらが高級品になればそれだけ値段も上がるというものです。一つ一つ、職人が手作業で作っているのですから尚更ですね」

「石ころとダイアモンドの違い、みたいな感じかしら?」

 平たく言えばそうかもしれませんね、と月ノ宮さんは言う。

 ──たしかに。

 警察が使用しているニューナンブM60と、抜群の貫通力を誇るアンチマテリアルライフルでは威力が違うからなぁ──まあ、さっきの話と全く関係は無いんだけど。どうでもいい話繋がりで言えば、『アンチマテリアルライフル』って名前が全男子の魂を震えさせるよね。アンチマテリアルって言葉の響きがもう格好いい。「このライフルはどんなに強固な魔法障壁をも貫く」的な意味に思えなくもないよね。厨二か。

「湯葉談義はここまでにして、そろそろ向かいませんか?」

「そうね。優志君、私もお土産に湯葉を買ってこうかしら──いい物があったら教えて頂戴?」

「あ、ああ……うん、見つけたらね」

 僕の目的に〈湯葉探し〉が追加されたのだった──。




 * * *




 僕が部屋に戻ると、佐竹が青い顔をしながらそば茶を啜っていた。そんなにティーパックのそば茶が美味しくなかったんだろうか? と、僕は一考する。

 いくらティーパックだからって、そこまで品質が落ちるとは考えて難いが──どうなんだろう。

 佐竹が重度のそば茶好きだったらこの状況にも納得できるけれど、僕の知っている佐竹義信は、そば茶を愛飲するような男ではない。

 主に炭酸飲料、そして僕に引け劣らずの甘党だ。

 そんな男がそば茶を片手に固まっている。

 ただ事ではない──と、瞬時に察知した。

「佐竹、どうしたの? フリーズしたゲームのモブみたいになってるよ」

「あ? ああ、優志か。いや、まあその、……まあな」

「ついに言語までもバグったか」

「バグなら先にデバッグしといてくれよ、ガチで」

 ええ……。

 佐竹のデバッグってほぼ不可能に近くない? 何徹しなきゃいけないのさ。それだったらまだ、ポケモン初代のデバッグをするほうがマシまである。そしてさり気なくデータを改ざんして、通信しなきゃ進化できないポケモンを、レベル進化に変更してやる。そうじゃないとあのゲームは、プレイしていて悲しくなるんだよな──目の前が真っ暗になった、が、そりゃもう絶望的な程に。

 然し、そうじゃないだろう。

「……で、何があったのさ」

「なあ、優志」

 うん。

「世の中には〝知らないほうが幸せ〟ってのが、確かにあるんだな」

「いや、前置きはいいから本題に入ってよ」

 ああ──。

「あのさ」

 その一言を訊くだけで、僕はもう、佐竹が何を言い出すのか見当がついてしまった。だけど、まあまあ、話だけは訊いてやろうではないかと耳を立てる。

「──幽霊って、本当にいると思うか?」

「さあ、どうだろうね。いたらいたで、別にいいんじゃない?」

「じゃあ、現代に陰陽師っているか?」

「真言を扱うような人間はいるだろうけど──」

 オンキリキリなんとかかんとかソワカだよ、と僕は佐竹に真言の説明をした。

「なるほど。ジュゲムジュゲムみたいなやつか」

 佐竹よ、それは有名な落語だ。

 デジャブだろうか、以前もこんな会話をしたような気がする。

「いや、そうじゃなくて……そういうのを依頼するのは、やっぱりお寺か神社か?」

「知らないよ……と言うか、回りくどくてうんざりするから、早いところ本題に入ってくれない?」

「そ、そうだな」

 佐竹は大きく息を吸い込んで鼻から吐き出す。それを三回程繰り返してから、「ビビるなよ」と前置きを入れた。

「お札、あったわ──」

 ……ガチで?

「マジで、普通に」

 それ、やばみが深くない?

「ああ、やべぇ……」

 エモ過ぎるでしょ。

「エモくはねぇよ──つか、さっきから適当に返事してるだろ!?」

 そうか、『エモい』って言葉の意味は違ったか。

 マジ卍、とか言っておけばよかったんだろうけど──でも、最近はその言葉もあまり耳にしなくなってきたな。

 それはつまり、死語を意味する。

 幽霊も、死後になるもんだ──決まったな。

「お前な、これを見てもまだ俺が冗談を言ってるように思うか?」

 そう言って、佐竹は卓袱台に置いていた携帯端末を手に取って、画面を僕に向けて突きつけた。

「……ごめん。僕が悪かった」

 冗談では済まされない物が、そこには映っていた──。









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