【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百五十一時限目 佐竹義信は……


 ガチか──俺は呆然自失になりながら部屋を見渡した。

 マジか──割と普通にマジ過ぎる状況なだけに、冷や汗が頬を撫でる。

「牛乳一本じゃ割に合わねえって……」

 卓袱台を端に寄せて壁に立て掛けて、布団や、予備の座布団、枕などを押入れから取り出した──まではよかった。

 だが、俺は気がついてしまったのだ。

 散らかった部屋の中心で、これらをどうやって対処するべきか、と──。

「大体、恋莉がこの部屋に来なくたって俺には実質無害じゃねぇか……」

 幽霊が怖いという理由は百歩譲って呑みこんでやらなくもない。だが、恋莉がこの部屋に来たい理由は、優志が寝泊まりする部屋だからに決まっている。

 俺と恋莉は曲がりにも恋のライバル的な立ち位置にいるわけで、そんな相手の命令を実行するなんてお人好しにも程があるだろ。

 ──俺、めっちゃいいヤツじゃん!

 と、心の中で自分を鼓舞しないとやってらんねえって、ガチで。

「ガチでもマジでもどっちでもいいけどよ……」

 安請け合いした俺が悪い、そんなことは百も承知だ。

 百も承知なんだけどよ──。

 押入れの奥まったところに、如何にも最近張り替えましたと言わんばかりの真新しい色をした板があり、俺は興味本位でそれに触れてしまった。どうやらその板ははめ込み式だったらしく、ちょっと強めに触れると容易くガコッと外れて落下したのだ。まあ、手を伸ばせば取れなくもない──。

 収集が付かないという状況は、これまでに何度も経験してきた。

 その大半が姉貴のせいなんだが、それでもどうにかなっていたし、この前のバレンタインデーだって、まあまあ、丸く収められたと思う──けれど、今回だけはどうも駄目だ。

 割とガチで、普通に洒落になってねえ。

 外れた板の奥にはちょっとした空洞のような隙間があって、板を取るついでに携帯端末のライトで覗いてみた。すると、隙間の更に奥まった場所にが貼りつけてあって──ビビった。「へあっ」と変な声が出た。それを『ウルトラマンかよ』なんて冷静にツッコミができてしまったのは、多分、脳内で『見なかったことにしよう』という働きがあったからかもしれない。

 それから暫くの間、散らかった部屋の中心で今起きたこと──見てはならない禁忌に触れてしまったようなヤバい物をどうするか考えているうちに、普通ならテンパるであろう状況にも関わらず、どうやって片付ければいいんだ? と、考え始めていた。

 きっと、現実逃避に近い行為なんだと思う。

「……剥がしたらヤベぇよなぁ」

 どうして剥がそうなんて思った?

 剥がしてどうするんだよ、ゴミ箱にでも捨てる気か? 

 お札が貼り付けてあるってことは、そこに『よくないモノがある』ってことだ。

 それを剥がす行為とは、即ち、『よくないモノを解放する』ってことになる。

 じゃあ、フロントに連絡すればいい──と、大抵の人なら考える。俺だってそう思った。

 別に、優志がそう言っていたからじゃない。

 普通ならそうするだろうし、「こんな部屋をあてがうんじゃねえよ!」とクレームくらい入れるはずだ。それが普通の反応だけど、俺は、そうしたらもっと最悪な事態になるんじゃねえか……? と怖くて、フロントに電話できないでいた。

 決してダイヤル式の黒電話の使い方がわからないとか、そういう理由じゃない。

 仮にフロントに電話をしたとして、見たまんまを伝えたとする。

『他の部屋にしますか? ──他の部屋にも貼ってありますけど』

 なんて事実を知ったら、俺は発狂するだろう。

 知らぬが仏ってことわざに倣うのなら、見てしまった事実をそっ閉じして運に任せるべきだ。

 お札が貼ってある事実を知っていたとしても、それのせいで霊感が上がるわけじゃない。そんなマジックアイテム的な物なら、この部屋に入った瞬間、頭の中に『力ガ欲シイカ?』と語りかけてくるはずだろう? 十万石まんじゅうのCMみたいに。

 お札は物体であって、霊体ではない。だから見ても大丈夫、そう、自分に言い訊かせた。

 お札自体に霊力はあるんだろうけど、そんなもん、普通の高校生である俺には無関係なんだから、俺には関係ない。ああそうだ、俺には関係ないんだ──関係、ないよなぁ!?

「恋莉には絶対に報告できねぇ。楓ならワンチ──いや、楓に報告した時点で恋莉にもバレる。つか、今頃二人は温泉だから繋がるもんも綱がらねぇよ……」

 ──なら、優志に相談するべきだ。

 ジーンズの後ろポケットから携帯端末を取り出して、通話ボタンを押す。

 優志の鞄が場違いな電子音を奏でた──否、鞄の中にしまってある携帯端末が、俺を嘲笑うかのように演奏している。

「持ち歩けよ!? 何のための携帯端末だよ!」

 楓に連絡できない、優志とも連絡が取れない。こういう状況を人は『詰み』って言うんだろうな。でもって、俺に『罪』は無いよな? 発見してはいけない物を、発見してしまっただけだもんな?

 そうだ、俺は普通に何も悪くない。ガチで。

 何も悪くない俺は、引け目を感じることもないんだ。

 ああそうだ、よかった──ってなるか!

「姉貴に相談してみるか……」

 いや、駄目だ。

 そんなことをしてみろ、あの姉貴は大爆笑しながら『頑張れー』と言って、俺を散々馬鹿にしまくった挙句、『自分でなんとかすれば?』と電話を切るに決まっている。

 何を頑張ればいいんだよ──。

 散らかった部屋のお片付けか? 物理的にも、精神的にも、既に収集付かねぇ状況になってるんだが?

 ああ、ガチで面倒事になってきた。




 散らかっていた部屋も、どうにか最初の状態にまで戻すことができた。

 お札は一応、証拠になると思って携帯端末のカメラで撮影してある。ただ、上手く撮影できたかと言うと、お世辞にも上手く撮れてるとは言い難い。暗いままだとよく見ないが、フラッシュを焚くと光が反射してもっと見えない。おまけに、動揺が手元を狂わせてブレブレだ。お札が上下左右に高速移動しながら『残像だ』と、邪眼の力的なあのキャラクターばりに動いている。

 どうやら俺は、カメラマンには向いていないらしい。その事実を知れただけでも、まあまあ、と思う。

 湯呑み茶碗に『そば茶』と書かれたティーパックを垂らしてお湯を注ぐ。

 こぽこぽと注がれるお湯がティーパックの中にある茶葉を濡らして、乾燥させた茶葉が次第に解れていった。

 蕎麦のいい匂いが湯気と一緒にふわっと香る。

 妙に落ち着くんだよな、この香り。

 暢気に構えているが、この部屋の壁の更の奥の壁には、得体の知らない〈何か〉を封印しているかのように、一枚のお札が貼り付けられているのだ。

 俺は考えた。

 そもそもお札は『悪霊退散』的な用途に使われる物だ。つまりこの部屋は、あのお札によって守られている、とも言えるじゃないか。

 そう考えてみれば、お札が貼ってあるこの部屋はラッキーなんじゃね? と思えてくるもの──なんて、思えるはずがないんだよなぁ。

 俺は撮影したブレブレのお札の写真を眺めながら、部屋で一人、そば茶で一服して気を落ち着かせる。

 お札は七夕の短冊くらいの大きさで、梵字のような文字が黒い墨で描かれていた。

 梵字ということはインドか。

 インドといえば激辛カレー大国だ。

 そういえば、三蔵法師は天竺を求めて旅をしていたけど、本当はインドを目指していたとか、そんなことを昔、姉貴が自慢げに話していた。

 インドってたしか、ヒンドゥー教だよな。

 インド雑貨屋に行くと梵字が刻印されているネックレスや指輪が売ってて、わからないながらに「かっけー」とか思った記憶がある。

 今でもちょっと欲しいとか思ってしまうけど、やっぱり意味を知ってから購入したい。

 だから未だに手を出していなかったりするのだが、こんなことになるならあのときもっと興味を持って、梵字について調べておけばよかったわ。ガチで。









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