【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百四十九時限目 またたび屋の幽霊とは


「そろそろ向かいの部屋にいる楓たちと連絡を取るべ」

 佐竹はポケットから携帯端末を取り出し、それを片手で操作しながら、もう片方の手は卓袱台に肘をついて頬杖をついた。掌が頬を押して、折角のイケメンが残念な顔になっている。

 携帯端末を耳元に当てること数秒の間があって、数コール見送られたあと、通話相手と繋がったらしい。「もしもし、オレオレー」と、オレオレ詐欺の常套句のように応答を求めた。

「そっちはどんな感じだ? ──おう、わかった。鍵開けて待ってるわ」

 向こうもあらかた準備は完了したらしい。

 鍵を開けて待つと佐竹は電話で言っていたので、僕たちが向かうのではなく、女性陣二人がこの部屋を訪ねてくるらしい。

 僕は佐竹の通話が終わると同時に立ち上がりドアの鍵を開けると、タイミングよく誰かがドアを三回ノックする。

 開けたドアの隙間から見えたそのシルエットは、向かいの部屋を選んだ天野さんだった。

「佐竹から連絡があって来たけど、優志君も大丈夫かしら?」

「うん。部屋の確認も済んだし」

 それは『どこになにがあるのかの確認が取れて、あわよくばお茶まで飲んでいた』という意味だったけれど、天野さんはどうも違う意味に捉えたようで、「のね」と、胸を撫で下ろしていた。

「それって、もしかしてのこと?」

「ええ──こっちは楓が隈なく探してくれたわ」

 僕らが話していると、月ノ宮さんが一歩遅れて部屋から出てきた。今まで忙しなく動いていたのか、ほんのりと頬を赤く染めている。

「問題を放置するわけにはいきませんから、屋根裏までライトで照らしながら調べました」

「ああ、そうなんだ……」

 だから少し汗ばんでいるのか。

 天野さんが絡んでくると、この人は一切手を抜かないんだよな。天野さんは帰り際に、月ノ宮さんの持ち物チェックをしたほうがいい。ストーカー癖のある月ノ宮さんは、天野さんが使用したストローなどをジップロックに入れて持ち帰るまであるあ──いやいや、さすがにその一線は越えないか。さすがにね、さすがに……。

「そちらはどうでしたか?」

 月ノ宮さんの問いかけに反応したのは、僕の後ろにいる佐竹だった。

「まだそんなこと言ってんのか? どうせ何も出るわけねえって。ガチで」

 僕が靴を履いて廊下に出ると佐竹も僕に続く。

「──ってことは調べてないのね? 調べるまでそっちの部屋、入らないから」

「大袈裟だな。まあ、それならそれでいいけどよ」

 じゃあ、これからどうすんだ? と、佐竹は演技っぽく両手を返して肩を上げる。『ぱどぅーん?』とでも言いたげな表情に苛っとしたのは天野さんも同じらしい。

 天野さんは佐竹の腹部に右手の人差し指を突き刺すと、それが会心の一撃になったようで、佐竹はひーひー言いながら腹を摩って痛みを誤魔化そうとしている。その姿に気が晴れたのか、天野さんは満足そうに「いい気味よ」と言い放った。デュクシはデュクシでも、天野さんのデュクシは『デュク死』になり得るので、佐竹を反面教師にして、僕も気をつけようと思いました。でも、楽しかったです。まる!

 この旅行は観光を目的としていなかったので、特に予定は決めていなかった。

 大河さんは別の場所で待機してくれているので、電話を入れたら車を回してくれるだろうけれど、まで送って貰って、ついさっき別れたばかりだ。

 まだ時間もそれ程経過していないのに、もう一度呼び出すのは気が引けてしまう。それが彼女の仕事だとしても、休息くらいはさせてあげたい。月ノ宮さんも同様に考えているのか、〈大河さんを呼ぶ〉という選択肢は選ばなかった。

「温泉に入りませんか? 折角の温泉旅館ですから、温泉を存分に楽しみませんと!」

 そうですね。

 温泉を存分に楽しむのであって、天野さんの裸体を楽しむってわけじゃないですよね。

 お嬢様、それはとても慎むべき行為ですからね? という意味を込めて、半分冗談に視線を送ると、月ノ宮さんはキョトン顔で「なんですか?」と、あくまで白を切り、知らぬ存ぜぬを貫き通すつもりのようだ。

「いや、なんでないよ」

「そうですか、おかしな優志さんですね」

 まあいいか、よくないけど。

「目的は温泉だし、早速、温泉にいこうかしら」

 そっちはどうするの? と僕に視線を向けたあと、ギロりと佐竹を睨みつける。

「佐竹は部屋を調べなさい。これは絶対だから」

「げ、マジかよ……だりぃな」

 どんまい佐竹と、肩を叩いてやった。

「え、まさか俺一人でやんのか!?」

「僕はやりたいことがあるから忙しいんだよ、悪いね。代わりに風呂上がりの牛乳奢るからさ」

「それならまあ、いいか」

 ちょろい……いや、現金な男である。

「では、暫く自由行動ということで。何かあれば連絡して下さい」

 二人は再び部屋に戻り、温泉に行く準備を始めるのだろう。

「なあ、優志」

「なに?」

「ガチでお札が見つかったらどうりゃいいんだ?」

「フロントにでも連絡してみたら?」

 しかねえよなぁ……、でもなぁ……と、佐竹はぶつぶつ言いながら部屋に戻っていった。

 ドンマイ・佐竹──まるで芸名みたいだ、なんて僕は思った。



 * * *




 やりたいことがあると、有り体に含蓄のある言葉を言い放って逃れたけれど、いざ一人になって廊下に取り残されると、これから僕がしようとしていることは、それはそれは途轍もなくどうでもいいことなんじゃないか? と思えてしまう。

 そうは思っても、気になったら調べずにはいられない性分な僕は、自分で自分に「不憫な性格だなぁ」と文句を吐きながら足を動かす。

 硫黄の臭いが微かに漂うまたたび屋の廊下。

 ここは二階で、温泉は一階にある渡り廊下を進んだ離れの小屋にある。一度外に出なければならないのは、冬場のこの時期だとちょっと厳しいけれど、硫黄温泉で体が温まったあとは、冷たい風も心地よくなるんだろう。

 この旅館はそこまで大きな施設ではないので、小一時間もあれば全ての場所を網羅できてしまうはずだ。

 佐竹が部屋を調べ終わる頃に、僕も部屋に戻る予定。

 その後に二人で温泉に行けばいいので、今は離れを調べずに旅館内だけに的を絞ったのだが──階段手前まで戻ってきて、僕は違和感を感じて足を止める。

 この旅館は二階建ての建物だったような気がするけれど、どうして三階に通じる階段があるんだろうか。……いやまあ、そういうこともあるかもしれない。三階は物置的な用途で使われているんだろう。二階と三階の中間にある踊り場を上がった奥には、屋上へ通じるドアがある可能性だってある。

 学校の階段とかそんな感じだけど、屋上という可能性は直ぐに捨てた。

 だって、ここの屋根は瓦だぞ?

 学校や病院という施設ならそれも考えられるけれど、瓦屋根の旅館に屋上があるとは考え難い。

 もし仮に、瓦屋根にも関わらず屋上があるとしても、屋上は危険であり、危険を促す必要がある場所だ。

 だが、立ち入り禁止のロープや、張り紙すらも張ってない。

 不自然極まりない話だが、『この階段を上ったところで先へは進めない、だからロープを張る理由も無い』と思って張らなかったのならば、この旅館のリスク管理はさん過ぎるが、まあ、それも考え難いことではある。

 旅館では火事だって起こり得るわけなんだから、細かいリスクに気づかない──なんてことは無いはずだ。『地面がぬかるんでいる場合があるため、足元には充分ご注意下さい』と張り紙をしているのは、この旅館に限った話ではなく、他の温泉施設も同じだ。

 温泉という一番の危険があるのだから、他の危険を見逃していることも無いだろう──とは思う。









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