【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百四十二時限目 類は友を呼ぶものである ②


「実は私、可愛いが大好きなんです」

「なるほど……え?」

 私は耳を疑った。

 目の前に座っている、ちょっとばかし、いや、かなり天然呆けが入っている彼女がそんなことを言うはずがない。きっと私の耳が毒されているせいで、『オトコノコ』を『オノマトペ』を訊き間違えただけだ、そうに違いない。私も随分とディープな世界に足を踏み込んでいるから──可愛いオノマトペってなんだろう? と、私は考える。

『みょーん、ふしゅー、ふんふん、がおー!』

 とかだろうか?

『どんどん! すっとこ! だんだん! てけてん!』

 ではないはず。

 子供に人気なオノマトペは『デュクシ』だ。

 とある動画サイトのラジオで『デュクシ』が話題になり、最近の若人にこの『デュクシ』が伝わらないと、一時間くらい尺を取ったことがある。関東圏内では『デュクシ』に対して『わかる』と理解を示すリスナーが多く、圏外になると『わからない』という反応が多かった……と、ここまで話を飛躍させてようやく冷静を取り戻した私は、大きく深呼吸。『オトコノコとオノマトペじゃえらい違いだろ』と自分にツッコミを入れて、オトコノコに焦点を合わせた。

 オトコノコ──つまりはおとこだ。

 奇しくも私は琴美さんが言っていた通り、『立派な男の娘』になったらしい。

「男の子なのに女の子みたいな可愛い〝男の娘〟が大好きなんです」

「そ、そうなんですか」

「優梨ちゃんを一目視たときは衝撃的でした」

「へ、へぇ……」

「綺麗な背中、女性らしいくびれ、私と同じくらいの背丈、中性的な声。そして、たまに見せてくれる女性らしい仕草。どれを取っても私の理想そのものです!」

 わー、言っちゃった! と、両手で顔を隠している文乃ちゃんの耳は真っ赤に染まり、あたふたと身をよじり悶えながら、それでも言えてよかった、みたいな満足感を漂わせている。

 なるほど──。

 どうして流星は私に『優梨の姿で来い』と言ったのか、その理由がようやっとわかった。それは、文乃ちゃんのためだったんだ。流星が文乃ちゃんをどこまで理解しているかはわからない。でも、優梨わたしに対して好意を寄せているとは感じていたんだろう。流星は、私と文乃ちゃんをくっつけたいが為に、あんなまわりくどい方法を選んだんだろうか? 彼の意図がどうにもわからない。

「だからですね……。あの手紙は優志ちゃん宛でもあり、優梨ちゃん宛でもあるんです」

「優志ちゃん……?」

「え? だってですよね?」

「ええ、それはまあ……そうなんでけど」

 優志ちゃんと他人から呼ばれたのは近所のおばちゃん以来だ。

 子供の頃からお世話になっている近所のおばちゃんは、私を優志ちゃんと呼ぶ。それはもう昔からなので抵抗はないけど、今日初めて向き合った人に『優志ちゃん』と呼ばれるとは思ってもみなかった。

 隣に流星がいたら吹き出すに違いない。

 そして、私を『優志ちゃん』と言って揶揄うまでも想像できてしまう。

 アマっち許すまじ──と、この場にいない流星に因縁をつけた。

「そこまで思ってくれるのはありがたいと思うんですが、だったらどうして手紙に名前を書かず、〝探さないでくれ〟と記したんですか?」

 もし、私が本当に手紙の主を探さなければ、今、私たちが向き合って話していることもなかったし、文乃ちゃんのを訊くことだってなかったはずだ。

「それは……叶わない恋だとわかっていたからです」

 どうして? と、私は首を傾げる。

 恋愛というのは、相手に気持ちを伝えなければそれ以上の発展は無い。然し、文乃ちゃんはその一歩だけはきちんと踏み出した。浮かばれない恋だと理解していても、その一歩だけは踏み出したはずなのに、どういうわけか、その場で足踏みをしているかのように留まっている。

「気持ちを伝えても断られる──そう思ったのなら、手紙を書く必要はなかったんじゃないですか?」

「そうですね。私のしていることはエゴだってわかってます。理解した上で、あの手紙を書いたんです」

 文乃ちゃんがしていることは、果たして、本当に『エゴだ』と言い切ってしまっていいのだろうか? 相手を否定することは肯定するより簡単だ。多分、文乃ちゃんは『ズルいこと』をしている。自虐的になって、相手から同情を買うなんて、それは誠意とは言えない。

 でもさ──と、私は今までのことを振り返る。

 相手に気持ちを伝えるという行為自体は、もっと尊むべき行為なんだ。私に拒絶されることを知った上で私の前に座った彼女は、もっと自分に自信を持っていいとさえ思う。だから、エゴなんて言葉で片付けたらいけない。少なくとも私には、彼女が不誠実な振る舞いをしているようには見えないから。

 ああ、そうか──。

 私が父さんにをカミングアウトしたとき、父さんももしかしたら、今の私と似た考えを持ったのかもしれない。頭ごなしに否定するのではなく、どうすれば相手にとっていい方向へ向かわせることができるのかと考えて、『覚悟を示せ』と説いたんだ。だったら私も、あのときの父さんのように、文乃ちゃんといい関係性を築けるように考えるべきだろう。

「エゴだっていいじゃないですか。少なからず私は、あの手紙を貰って嬉しかったです。もちろん驚いたし、どうしたらいいのかわからなかったけど、それでもやっぱり、好きだと言って貰えたのは嬉しいです。──でも、ごめんなさい。私は文乃ちゃんを恋人としては見れないです」

「優梨ちゃん……」

 唇が震えている。

 言葉は掻き消えそうなくらい小さく、それでも声を発しようと、文乃ちゃんは足掻いているように視えた。

「ありがとうございます、ちゃんと、振って、くれて……」

 彼女の瞳から一筋の涙が朝露の如く、葉を伝って零れ落ちるように頬を撫でた。雫は重力に逆らうことなくぽつりとテーブルに落ちて、円を描くように弾ける。

「でも、友だちにはなれます。それ以上の関係にはなれませんが、それでもよかったら、私と友だちになってくれませんか? また一緒に、どこかの喫茶店でお喋りしたいです。きっとこれは、私のエゴなので、無理にとは言いませんが──」

「ほんとに、いいんですか……?」

「もちろんです」

 私は席を立ち、文乃ちゃんの隣に座って、「今日だけ、特別ですよ?」と肩を抱き寄せた。文乃ちゃんは私の中で縮こまりながら声を殺して泣く。

 震える肩、伝わる熱、微かに香るシャンプーの匂い、柔らかな肌、それらを感じていると、私は酷い罪悪感に襲われた。

 相手を振るって、こういうことなんだ──。

 ごめんなさい、文乃ちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい……。

 罪悪感に抗うように、心の中で叫び続けた。




 * * *




「本当にすみませんでした……」

 会計をしているとき、爽やかスマイル従業員さんが、申し訳無さそうに頭を下げた。

「い、いえ。あれは不可抗力というか、どうしようもないと言いますか、……こちらこそすみませんでした」

 私と文乃ちゃんが抱きしめあっているとき、タイミング悪く入ってきた爽やかスマイルさんは、私たちの状況を見て、気まずそうに、そうっとカーテンを閉めたのである。あの一瞬は、私も店員さんも思わず、「あ」と言葉を重ねてしまった。私と文乃ちゃんの関係を、この人はどう思ってるんだろうか? とても怖くて訊けそうにない。そしてこのあと裏で、『個室の様子を見にいったら、女の子二人が抱き合っててさー』なんて噂でもされたら、もうこの店には来れないなぁと残念に思う。

「あ、そうだ。よかったらこれ、どうぞ」

 そう言って差し出されたのは、いちごみるく味の飴玉二つだった。

「気晴らし程度にしかならないとは思いますが、甘いものを食べると幸せな気持ちになるでしょう? よかったら、外で待っていると召し上がってくださいね」

 なん、だと……。

 あの状況を視たにも関わらず、私たちの関係を変な眼で見ずに、しかもフォローまで入れてくれるなんて、この人どんだけイケメンなんだ? さり気無い優しさにころっと魂を持っていかれる女性客も少なくないだろうに──と思っていると、

「聖夜さーん、こっち頼んまーす!」

 と、裏方から声が届いた。

「わかったーって、で呼ぶのはやめてくれって言ってるだろ……」

「源氏名?」

 つい反応すると──

「ああ、すみません。実は昔、ホストクラブで働いていたんです。そのときの源氏名がせいだったんですよ。いやぁ、この源氏名はちょっと恥ずかしいですね。──では、またのご来店、心よりお待ちしております」

 そう言って彼は、「今行きまーす」と、カウンター奥にある扉を開いて、店の奥へと姿を消した。

 会計を済ませた私は、外で待っていた文乃ちゃんに、いちごみるく味の飴玉を渡す。

「ありがと……どうして飴?」

「聖なる夜からのプレゼント、だって」

「聖なる夜? よくわからないけど、ありがと」

 クリスマスから随分遅れたプレゼントだなぁ、と思いながら、私は懐かしの飴玉をぽいっと口の中へと放り投げた。甘いミルクといちごのハーモニーが堪らない。噛み砕きたくなるのを我慢しながら、右へ左へと転がす。

「これからどうしよっか」

 私たちはお互いに、敬語を使わなくなっていた。

 友だちだから──。

 文乃ちゃんが私の腕から離れたとき、私と文乃ちゃんは『友だち』という関係になったのだ。

 これからどうしようか。

 これから先、どうなっていくのかは私にもわからないけれど、小腹が空いてきたことだけは事実のようで、先程からお腹の虫が鳴いている。

「お昼にする? せっかくだから美味しいの食べたいね♪」

「例えば?」

「ううんと……あ、私、パンが好き!」

「それはここじゃなくても食べられるよ」

 あ、そうだよね! と、文乃ちゃんは子供のように笑う。

「取り敢えずそこら辺をぶらついて、美味しそうだと思ったお店に入ろっか」

「うん」

 私たちは裏路地から出て、活気のある通りを目指して歩き出した。

 取り敢えず、か──。

 なんだか最近、どこかで訊いたような言葉だな、なんて思って、私は文乃ちゃんの隣で笑った。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

 世の中の大半を占めているのは、『なんでもないようなこと』なんだろう。それを自分がどう捉えるかで世界は色づき、広がっていくんだ。今日味わった酸味の強い珈琲も、吐き出してしまいたくなるような罪悪感も、いつか私は記憶の片隅に追いやって、無かったことにしてしまうかもしれない。だったら先ずは、自分が自分であることを認められるようになりたいな。そして、覚悟を持ってもう一度、大切だと思う人たちと向き合っていきたい。

 私が今日の出来事を、過去の産物としないように──。










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