【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百二十六時限目 鶴賀優志はラブストーリーに餃子を重ねる


 足早に帰宅した僕は、自室へと続く階段を駆け足で上り、勉強卓に手紙を置いた。

 桃色で長方形の便箋には、封をするシールは無い。糊か、両面テープで止めてあるようだ。もう一度その便箋を手に取り、裏面を確認する。

『鶴賀様へ』

 勘違いではない、やはり僕宛のようだ。

 天井に張り付いている照明に透かせてみたが、内容を確認することはできない。代わりに、剃刀が仕込まれていないことだけはわかった。

 まだ、この手紙をラブレターと決めつけるのは早計だ。桃色の便箋の中に入っている手紙の内容が、僕に対してのクレームという可能性だってあり得る。

 もしそうだとしたら、そのクレーマーは随分とりちものだ。そして、ちょっと乙女な感性を持っているとも言える。

 然し、それだけでは無い。

 この便箋に対して僕が抱いている感情は、嬉しいとか、そういった浮わついたものではなく、少しばかりの狂気のようなものを感じるのだ。それは、便箋の右下にボールペンで記入された『鶴賀様へ』がそうさせている。

 この『鶴賀様へ』は、自分の筆跡を隠すかのように、漢字の一本一角が定規で引かれていた。この時点でもう、どこか犯罪めいたものを感じてならない。これならまだ、『ツンツンメイドエリスたんの殺害予告オムライス♡』のほうがマシ。だってこっちは冗談半分だってわかるからね──半分は本気なのか。

 どうしてこの手紙の主は、筆跡を隠す必要があったんだろうか。

 筆跡を隠すということは、僕も知っている人物である確率が高い。多分、僕はこの『風吹けば名無し』さんの文字を見たことがあって、相手もそれを考慮した結果、定規を器用に使いながら、『鶴賀様へ』と書いたんだろう。文字数が多くて申し訳ないな、と不意に思ってしまった。

「このまま睨めっこしてても仕方が無いか」

 僕には全てを見透かす千里眼は無いし、能力をコピーできる写輪眼も無い。邪眼移植手術もしていないから、邪王炎殺黒龍波も出せない。どうでもいいけど、飛影の妖怪姿は微妙。……どうでもいい話過ぎた。

 大きく深呼吸をしてから「よし」と臍を固めて、便箋の隙間にハサミの刃を入れ、丁寧に封を切る。中にあるのは二つ折りにされた白い紙。その紙はどこにでもありそうなコピー用紙で、そのコピー容姿に包まっている和紙に、内容が記載されてあるようだ。その和紙を広げてみると、春を彷彿とさせるかのように、桜の花びら模様が散りばめられている。可愛いくてお洒落で、ちょっと高級そうな和紙だ、と率直な感想を零した。

 文字は筆ペンを使って書いてあり、送り主はなかなかに達筆だ。やはり、この筆跡から『風吹けば名無し』さんを割り出すのは難しい。

 考察するのは後にして、僕は和紙の上を軽やかに滑る文章に眼を通した。




 * * *


 拝啓──

 突然のお手紙に当惑されていらっしゃるかと存じます。

 大変申し訳御座いません。お許し下さい。

 未だ桜の花弁はその芽を閉じて、厳しい寒さに耐えながらも、やがては誇らしく咲き乱れる姿を待ち侘びる今日この頃では御座いますが、鶴賀様は如何お過ごしでしょうか。春の優しい風がいつぞ吹くかと、わたしのように待ち焦がれているならば嬉しい限りです。

 こうして筆を走らせている理由は、鶴賀様にどうしても、抑えがたいの情に駆られてしまい、押し付けがましいと思いつつも、居ても立っても居られなくなってしまったが故です。

 わたしは、鶴賀様をお慕いしております。

 あの日、あの時、あの場所で、初めて鶴賀様を拝見した時、わたしは鶴賀様から目を背けることができなくなりました。これが一目惚れというものなのですね。初めての感覚に、わたし自身、戸惑いを隠せずにいましたが、日を追っているうちに、この感情こそがれんなのだと確信致しました。

 おそらく、鶴賀様はわたしのことなどお忘れでしょう。それか、日常風景の一部としか思われていないかもしれません。わたしと鶴賀様はそういう立ち位置にあり、そうでなければ出逢うこともありませんでした。鶴賀様に逢えた、それだけでもわたしは幸せだと胸を張れます。

 この手紙は、わたしの我儘であり、私欲を満たすだけの愚かな行為に過ぎません。ですので、わたしの身を明かさずに、このまま幕を引かせて頂きます。どうぞ、わたしの正体を探ろうなどと思いませんよう、お願い申し上げます。

 季節の変わり目ですので、どうぞご自愛下さいませ。

 敬具


 * * * 




 これは、ラブレターというよりも恋文だ──。

 僕の感覚だと、ラブレターとは『好きです、付き合って下さい』というど直球な想いを伝える手紙というイメージで、恋文は正しくこの手紙のように誠実で、儚くも優しいような、川のせせらぎすら感じる印象だ。だから、『この手紙はラブレターではなく恋文だ』と思う。

 然しいっかな、これまたどうして、僕のような甲斐性無しを『好き』だと思ったのだろうか? この手紙には『一目惚れ』と書いてあったが、僕と送り主には、多少なりとも接点があるように仄めかされている──。

 どこだ? どこで会った?

 僕の知り合いで、ここまで懇切丁寧な文章を書ける人は、けだしく、月ノ宮楓をおいて他にはいない。でも、それは絶対にあり得ないだろう。月ノ宮さんは天野さんに夢中であり、気の迷いで僕と付き合おうかと提案はしたけれど、その理由だって天野さんの気を引くためだった。だから、手紙の差出人は、僕の身近にいる人物ではないことがわかる。

 それを明確にする一文は、『わたしと鶴賀様はそういう立ち位置にあり、そうでなければ出逢うこともありませんでした』から読み解くことができた。そして、この一文こそ、『風吹けば名無し』さんの正体を辿る一節だろう。ただ、手紙の締めに『わたしの正体を探ろうなどと思いませんよう、お願い申し上げます』ともある。これは『探して欲しい』という意味にも解読できるけれど、『探されたら迷惑だ』とも受け取れる。

「正体がバレたらまずい理由でもあるのかな……」

 例えば、恥ずかしい、とか──いいや、それは無いだろう。もし恥ずかしいのならば、こんなに自分の想いを僕に伝えようとしない。胸の内に秘めて、そっと閉まっているはずだ。だから、『恥ずかしいから正体を打ち明けたくない』という線は無い。

「じゃあ、正体がバレたら不都合があるってこと……?」

 僕と面識があって、正体を知られたらまずい人──梅高の教職員、とか?

 あり得ない仮説ではないはずだ。ここまでしっかりとした文章を構築できて、筆跡を隠したくて、正体をバラしたくない。『わたし』という一人称と、言葉選びから想定して、相手は女性であることは間違いないだろう。

 女教師と生徒の禁断の恋──なんて、物語の中だけの作り物だと思っていたけれど、そういうケースは割と多いのではないだろうか? だとするならば、全ての辻褄が合う。辻褄は合うけれど、だったら『あの日、あの時、あの場所で』なんて、小田和正のラブストーリーは徒然にを彷彿させる一文を添えるだろうか。

 試しにと、動画サイトで検索をかけて流してみた。

 この人は昔から声が変わらない──そう言われているアーティストだけれど、スピーカーから流れてくる歌声は、まるで少年のような若々しい声だ。今でも充分過ぎるほど声質は高いが、若い頃はもっと高い声だったんだなと、しみじみ感じてしまった。そして、こんなに切ない歌詞を書けるのは、やはり小田和正だけなんだろう。曲の余韻に浸りたいところだが、ビールメーカーのCMが矢継ぎ早に流れて、餃子が焼ける様子に全てを持っていかれた。はながさの餃子が食べたい、そう思った。

 手紙の送り主はこの曲が好きで、だから歌詞を引用したと推測すると、年齢は僕よりも上だろう。またしてもここで、『教師』という線と繋がってしまった。然しながら、小田和正世代となると、一回り以上も離れている。……そういう趣味の女性がいても不思議じゃないし、恋愛に年齢は関係無いとも思うけれど、それにしたって離れ過ぎてやしないだろうか。

「ダメだ、どうもしっくりこない」

 自分の正体を探すなと書いてあるけれど、予想を立てるなとは書いていない。然りしこうして、先程から頭を抱えているけれど、導き出した答えに対して、どうも府に落ちないというか、上手くピースがハマってくれない。

「このままじゃ埒が明かないな。……取り敢えず、格安の温泉宿を探そう」

 僕はパソコンの動画サイトのタブを閉じて、『温泉宿 格安』で検索を開始した──。









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