【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二百五時限目 彼と彼女は問題無しと示し合わせるかのように頷く


 メイド喫茶〈らぶらどぉる〉店内は、上着を脱いだら丁度いいくらいに温度設定されていて、美味しそうな料理の匂いが鼻を擽る。

 この店に来たらやっぱり、この店イチ押しの『エリスたん特製、ツンツンたっぷり脅迫状オムライス』は外せない。

 エリスが作ったオムライスのふわとろ具合といったら、とてもじゃないけど、、とは思えないくらい絶品。……けれど、今日は件のオムライスを作って貰えそうにない。

 私達を出迎えたのは他でもなく、この店で人気急上昇中のメイド、『ツンツンメイド、エリスたん』その人だった。

 金色のウイッグは肩甲骨くらいまでしなやかに垂れ下がり、前髪が眼にかからぬよう、左側に銀色のヘアピンで止めてある。

 身に纏うのは白と黒のコントラストが特徴的なメイド服。エプロンには少しアレンジが加えられていて、肩紐にもフリルが付いていた。

 こうしてまじまじと視るれば視るほどに、雨地流星こと、エリスは美人だと思う。

 鼻筋が通り、切れ長の眼は凛々しくて眼力もある。唇は薄いけれど、透き通るような唇に心を奪われる男性も少なくないはずだ。これで背も高ければパリコレも目指せるのではないか? 性別の不一致が無ければ、それはそれは大層男性にモテただろう──なんて考えていたら、眼前にいるエリスにぎろりと睨まれてしまった。『じろじろ視るな』という忠告だと受け取り、わざとらしく視線を外す。

 店内はお昼時というだけあり賑やかだが、メイドさんとミニゲームを楽しむ声は店の雰囲気と合わない。そのアンバランスさが殊更、『非日常』を印象付けているのかもしれない。

 客層も様々で、私達のように興味本位で立ち寄った人もいれば、この店に通い詰めている常連っぽい客もいる。男女の比率は七対三ナナサンで男性が多め──意外だったのはカップルで利用している人が案外いる事。店の雰囲気がいいのと、フォトジェニックな内装だからデートにぴったりなのかな? 中央に展示されている大きな蓄音機は、かなりSNS映えしそうだもんね……と、そのカップルを観察していると、彼氏がトイレに行っている隙を見計らって、彼女さんが執事さんと仲よくツーショット。お会計の時にバレやしないだろうか? 私がそんな心配をする必要なんてこれっぽっちも無いけど、市原悦子よろしくに、あまり宜しくしない現場を目撃してしまった。

「おかえりなさい、ご主人様。そして、お嬢様」

 私が店内を観察しているのを他所に、エリスが挨拶を披露する。本来のエリスだったらもっと他に気の利いた台詞も用意していただろう。でも、挨拶をする相手が相手だけに、そしてこの状況も相俟ってか、若干棒読みになっていた。

「……」

 流星の変わり果てた姿を視た二人は、絶句アンド沈黙。状況が掴めず、ただただ眼の前で迷惑そうな苦笑いを浮かべているエリスに対して呆然としながら、『これは何の冗談だ?』とでも言いたげに首を傾げる。

 人間という生物は、『現実では考えられないこと、アンビリバボー』な出来事を眼の前にすると言葉を失う。そして、脳が再起動するまでの間、『どうして?』と答えの出ない疑問を往々に繰り返す──そんなループからいち早く抜け出したのは、流星の事情を知っている佐竹君だった。

「何してんだ。アマっち……そんな格好で」

 然しエリスは、その問いには答えず。

「──ご主人様。私の名前は〝エリス〟です、お間違いなく」

 あくまでも、〈メイド〉として応接する姿勢らしい。しらを切り通せるとは思えないけど……。

「でも、流星さん……、ですよね?」 

「お嬢様。何度も言うけど、私の名前はエリス。流星というメイドはこのお屋敷みせにはいないから」

 その反応は正しく、『そのあだ名で呼ぶな殺すぞ』を彷彿とさせる。

 これ以上の問答は無駄だ、と悟った二人はそれより語らずで、エリスに案内されるがまま、テーブルに通された。私もそれに続く。

 席に座ると、エリスから『やたら事務的な態度』で、この店の説明をされて、それが終わるや否や、そそくさと他のテーブルのオーダーを受けに行ってしまった。

 釈然としない──そう口吻を洩らす楓ちゃんは、私と佐竹君を交互に視て、「これはどういう事ですか?」と、ごもっともな疑問を口にする。何も知らない楓ちゃんからすれば、この状況はたんげいすべからざる事態で、困惑するのも当然だ。

「俺に訊かれても……」

 佐竹君は佐竹君で、流星の性別が女性と知ってはいるものの、なぜメイド喫茶で働いているのか? と思案に余るようだ。

 流星がこの店で働く理由は家計を支えるためなのだけれど、普段の流星を想像すれば、『家族のために働いている』なんて答えは絶対に導き出せない。

 二人の疑問に答えられるのは私だけ。でも、無許可で話せる内容でもない。思案投げ首に、時間だけが進んでいく。その間にも、エリスはメイドとしての責務を全うすべく、忙しそうに店内を行ったり来たりしていた。

「優梨さんは何か知ってるんですか? ……流星さんがこうなっている事情を」

 佐竹君が答えられないとあれば、疑問をぶつける相手は私しかいない。

「えっとぉ……、どうだろ」

 楓ちゃんからすれば、『流星が女装して、メイドとして働いている』と考えるだろう。……それはある意味正解なんだけど、私の口からは何とも言えないなぁ。

「歯切れが悪いですね。まあ、ご本人もいる事ですし、直接お訊ねしましょう」

 楓ちゃんは「すみません」と、近くにいるメイドさんを呼びつけた。

「エリスさんをお願いしたいのですが」

 あまり気持ちよくはないだろう楓ちゃんの申し出にも関わらず、呼び出しに応じたメイドさんは嫌な顔一つしないで、「かしこまりました、お嬢様♪」と、明るい声で返事をしてから一礼すると、店の奥にいるエリスを呼びに行った。

 本来、これが適切な対応だ。お客様を威嚇するかのように睨みつけるなんて以ての外だよ? そこの所はどうなんですか? と、エリスを問い詰めてやりたい気持ちもあるけど、状況が状況だけに冗談は通じないか。

「……お呼びでしょうか、

 さっきの天真爛漫な笑顔を湛えていたメイドさんとは打って変わり、エリスはしこたま迷惑そうに、眉間にしわを寄せながら、両手を前に組んで楓ちゃんの横に立つ。待機姿勢だけは立派だ。

「ご迷惑承知でお訊ねしますが、あの、流せ……エリスさんは」

 そこで一度区切り、耳を貸せとばかりに手招き、『殿方ではないのですか?』と、小声でエリスに耳打ちした。

 こしょこしょ話が終わると、エリスは諦めたかのように深呼吸と溜め息の中間くらいの息を吐き出して、

「……仕方無いな。お嬢様、少々お時間をよろしいでしょうか? ──ついて来い」

 もう、敬語も何もあったもんじゃない。おそらくエリスは無理にでも、『メイド喫茶らぶらどぉるのメイド、エリス』として、この場を切り抜けようとしていたんだろう。でも、楓ちゃんや佐竹君の疑惑の眼を鬱陶しく思い諦めた──というように思慮すれば、ぐちゃぐちゃになった言葉使いにも頷ける。

 エリスは楓ちゃんの腕を取り、半ば強引に店の奥へと引き連れて行く。取り残された佐竹君は暫く放心状態で、黙々と、二人が女子トイレへと姿を消したのをしっかり見届けてから、「あのさ」と口を開いた。

「どういう事だよ。お前、知ってただろ? 普通に。ずっと様子がおかしいから〝何かあるんじゃねぇかな〟って思ってたんだわ。マジで」

「知ってたとしても言えるはずないよ。だって、これは──エリスのプライベートな事情だもん」

 他人の個人的な事情を委細構わずべらべらと喋るなんて、そんな下衆い趣味は持ち合わせていない。

「──言葉に余るんだけど、強いて言うなら〝好きでしているわけじゃない〟ってことだけど、それくらいは言わず語らず察してあげてよ」

「それはまあ、ううむ……」

 自分で言っておきながらあれだけど、さすがにそれは酷かもしれない。だって、佐竹君からすれば、『お決まりのイベントが本当に起きた』が、素直に喜べない状況なのだから。

 楓ちゃんとエリスが女子トイレに消えてから数分が経過。戻ってきた楓ちゃんの表情を一言で表すならば〈驚愕〉だった。足取りもどこかたどたどしくて、強い風に当てられたら吹き飛んでしまいそう。脱力したようにどさっと着席して、コップに入っている水をぐいっと呷った。

「お、おい。大丈夫か楓? 一体何があった ︎」

「だ、大丈夫です。……ちょっと目眩めまいがしたくらいなので」

「本当に大丈夫かよ。……何があった?」

「何が? 控えめながら柔らかい、二つの山がありました……。ええ、本当に」

 柔らかい──と表現するに、もしかして? ……いや、それ以上は考えないでおこう。

 ふっと隣に座っている佐竹君を視たら、どうしてか顔を真っ赤にして明後日の方を向いている。

「佐竹君、どうかしたの?」

「は ︎ どうもしてねぇから!」

 え、何で私が怒られてるの……?

「いいえ、きっとあれは鳩胸! そうですよね? ね? 優梨さん!」

「あ、う、うん! 鳩胸だよ鳩胸! ……はとむね?」

 それから二人が平常心を取り戻すまで三〇分かかり、ようやく状況を理解した二人は、『何事もなかったし、何も見なかった。いいな?』と示し合わせるかのように頷いて、赤い重厚な表紙のメニュー表をテーブルに広げた。









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 by 瀬野 或

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